一週間前
顔色のすぐれない男であった。
瞳に懐疑を宿しながら、けれども他に縋れる場もない。男の態度は斯くもわかりやすく、同時に覚えのある部類の人間であった。
ゆえに特に気分を害されることもなく常の通り話を訊けば、近頃奇妙な夢を見るのだと男は語った。
山奥にある小さな村落。夢の中で男はその村の住人であり、果実の採取や狩りで得た獣肉を糧としている。住人のほとんどが成年に達しているが女は少なく、稚児なぞも片手で勘定できるほどしかいない。
そしてなにより、村の大立者が時折、虚空を見つめて笑み、怒り、喚くことが特に底気味悪いのだと男は言った。
「そんな夢を、もう三週間近く見てるんすよ」
目下の隈と血色の薄い頬を化粧でうまく隠した男は、そう、諦めるように笑った。
実害のない夢。強いて言うのであれば、眠りを妨げるのみの夢。
人に言われて来たという言葉通り、男は一貫して消極的な態度であった。こちらが尋ねれば応じるものの、自ら何かを言うわけでもない。もはやこの男がここに来たことが不思議であった。
「あと十回日が沈んだら、儀式が始まるらしくって」
「……儀式ですか」
村の奥の祠で祀っている神のための儀式。それ以外は男もわからないようだった。
そも、その祠近くは立ち入ることを禁じられているらしく。男も夢の中で一度も見ていないのだと言う。
「でも、やっぱ気になるじゃないすか。だから昨日、村のやつにバレないように見に行ったんすよ。そしたら、」
十秒、二十秒と男が沈黙する。
沈黙を埋めるように、そしたら、と男は再び繰り返した。
「……アイツが。アイツに似た女が泣いてて」
迷子の子どものように揺ら揺らとしたその言葉が、今でも頭に残っている。