02

 次の日。きちんと自分の部屋のベッドで就寝したはずが、気がつけば見慣れない石造りの建物の前で焼き立てらしきパンを抱えて立っていた。
 ぼんやりと記憶している街並みと同じだし、昨日の夢の続きのようなものかもしれない。小麦の香ばしい匂いが空っぽの腹を刺激していた。最近忙しくて何食か抜いてたからな…。

 とりあえず夢であることを免罪符に眼前の扉を開けば、驚いたことに内装が私の家とまったく一緒だった。なるほど、この夢の中における私の家ってわけね。
 時代設定に合わせているのか家具一式は少々古いデザインだが、もはや勝手知ったる我が家である。冷蔵庫はあるのに電話が変なカタツムリみたいになってることに関してはツッコまないほうがいいのだろうか。

 しばらく家の中を探索したりカタツムリ(どうやら電話らしい)で遊んでいると、外から子どもの泣き声が聞こえてきた。うーん既視感。
 覗き窓から目だけを動かし確認すると、転んでしまったのか座り込んだ昨日の少年(目隠れ)がもう一人の少年に手を引かれている。…なんかまた怪我増えてない?

「……使う?」

 見ていて楽しいものでもないので救急箱を手に顔を出して二人に話しかければ、一瞬びくついたもののすぐに困惑したような顔になった。別に取って食いやしないわ。
 とりあえず救急箱を二人の近くに置いてから離れると、サングラスの子がこちらを数度見てから中身を取り出した。けれども使い方がよくわかっていないのか、長い前髪の子にそのまま包帯を巻こうとするので慌てて待ったをかける。

「慣れてないなら私が巻くよ。玄関までおいで」

 言い終わってから来てくれないのではと思ったが、驚いたことに二人は私の言葉に従ってくれた。
 やはり靴を脱ぐ習慣がないのか靴下になった私を不思議そうに眺める二人を三和土(たたき)に座らせ、濡れたタオルを手渡す。さすがに二度目ましての相手に身体は拭かれたくないだろうと、促して手の届く場所だけでも汚れを取らせた。

 その間に用意したホットミルクを二人の近くに置き、目の前でそれぞれから一口ずつ飲む。まさか人生で毒味の経験をするとは。まあこれ夢なんだけど。

「…触るよ」
「おれよりロシーを先にやるえ。さっさとするんだえ」
「あ、あにうえ」
「してください、ね」

 なるほど、前髪の長い子がロシーくんでサングラスの子はお兄ちゃんと。涙声の兄上呼びがそこはかとなく貴族らしさを感じるが、やはり落ちぶれた貴族の子どもとかそんなものなのだろうか。
 そんなことを考えながらも手を止めることなく怪我の具合を確認していく。…全体的に打撲の痕が目立つな。小さな身体に広がる青紫色に顔を顰める。あとは膝のすり傷だが、かさぶたが厚いしよく転ぶのかもしれない。

 洗面器に入れた水にタオルを浸して何度か傷口を洗浄し、汚れが取れたところでガーゼを固定し包帯を巻いた。アザは自然治癒を待つ他ないのと特に酷いお腹に保冷剤を当てれば冷えてしまうことは容易に想像できるため、たいした処置はしなかった。

 さて、次はお兄ちゃんである。彼のほうは頬にでっかいすり傷を拵えていたため、シールタイプのガーゼをペタリと貼り付けた。それから細かい傷にも絆創膏なりガーゼなりで保護して細い腕に包帯をぐるぐる。心なしか彼の怪我が多いのは、ロシーくんを守っていたからだろうか。

「はい、終わり。ついでにこれ、お腹いっぱいだから持ってってよ」

 ホットミルクがなくなるまでの間に包んでおいたパンを押し付ける。なんとも言えない顔でパンと私の顔を行ったり来たりする兄弟を前に、一口千切ったそれを咀嚼して無毒であることを示した。

「ダイエット中なの。食べてくれるなら寧ろありがたいな」

 二度目の邂逅はそこで終わった。