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ものすごい場面に遭遇してしまった。
「ハァ?アタシがアンタと付き合う?あり得ないんですケド?」
放課後、普通に帰宅しようと廊下を歩いていると、階段の方から聞こえた会話。比較的しんと静まっている廊下に響いた不機嫌そうな声に驚き、私は足を止めた。
この不機嫌そうな女子の声は聞いたことがある。確か学園1の美少女と言われている高等部1年生、
告白現場に遭遇するのは生まれてはじめてで、むくむくと純粋な興味が湧いてくる。あまり良くないとは分かっていても、気になるものは気になってしまう。思わず物陰に隠れて、盗み聞きし始めた。
「アンタみたいなガリ勉なモサ男くんは、大人しく勉強でもしてればぁ?」
しかしもう話は終わってしまったようで、小日向ゆかりはそう吐き捨てた後、スタスタと早歩きで現場から離れていった。
“ガリ勉なモサ男くん”というワードに驚いて少しだけ顔を出して覗いてみる。その特徴が一致する男子生徒は、私の記憶が正ければ一人だけ。
この学園の伝統である、1学年だけの成績を集計した学年順位と、全学年の偏差値で決まる学園順位……高等部1年生にしてそのどちらのランキングでも首位を独占する、異例の秀才。
予想通り、そこには学園1の成績優秀者──
「やっぱ俺、モサいのか…モサいよな……モサ男だもんな……はぁ……」
まさか学園の有名人が学園の有名人に告白して振られているとは…。彼のどんよりとした背中から出てくる溜息とひとり言の嵐に同情する。そりゃああんな振られ方をしたら誰だって凹むだろう。
そこで、彼をじっと観察してみた。
一際目を引く綺麗な金髪は天然パーマらしく、ふわりとウェーブがかっている。前髪が長すぎて見えにくいが、黒縁眼鏡をかけていた。
かなりの高身長なようで、見た感じ180cmくらいだろうか。今は振られてどんより中のため猫背気味だが、もしかしたらもっとあるかもしれない。
一言で表すなら、モサ男。なるほど…間違ってはいない。
しかし、先日行われた高等部入試試験の結果、高校1年生にして学年順位どころか高等部学園順位のトップになった優秀な彼が、さほど賢くもない同い年の学園1の美少女にフラれるとは……。
新学期早々、非常に興味深いものを見つけてしまった。
興味のあることには最後まで突き止める面倒な性格の私は、こんな面白そうな話題に首を突っ込まないわけがなかった。普通に失礼な話だが、あんな場面見せられたら尚更気になってしまう。
そんなこんなでしばらくの間、彼を観察してみる事にした。
比較的……いや、普通に見て所謂“陰キャ”というものに属するであろう彼。しかし特に陰気臭い挙動不審な気持ち悪い動きを見せることもなく、むしろ姿勢が良く歩き方や立ち方もスマートだ。
ガリ勉と言われるのだから、運動は苦手なんだろうかという予想も大きく外れた。まさかのバスケ部エースらしく、本来ならモテるポジションにいるやつだ。
髪色の校則が厳しい中唯一の金髪のせいか、先生からの呼び出しも多いようだ。本人曰く、地毛らしい。
さらに、前髪と眼鏡で見えにくいが目付きが悪いらしく、たまに喧嘩を売られる場面を見かけた。…全部倍返しで返り討ちにしていたけれども。
普通に考えて、こういう完璧くんはモテるはずだ。やはりビジュアルか。モサ男はモテないのだろうか。
そして部活終わりまで彼を観察する私は、側から見たらストーカーなんだろうな。
一通り結論も分かり、次第に彼への興味は薄れていった。
そんなある日、外も暗くなり一般生徒が部活を終える頃、私は鍵閉めの点検をして回っていた。ちょっとした都合で、たまにやっている事だ。
こんな時間だから校舎内には人通りも無いに等しく、淡々と歩く自分の足音だけが響く。上の階から順に無心で廊下を歩き、開けっ放しであれば手に持つマスターキーで閉めていく。
校舎内全ての教室を回り、次は体育館……と目的地へ近づくと、中から微かに人の声がした。
もう遅いのに、部活の居残り練習でもしているのだろうか。熱心な生徒だ…と思い中を覗いてみると、ついこないだまで興味津々で観察していた例のガリ勉くんがいた。
「ねえ、鍵閉めるよ」
声をかけると彼は驚いたように振り向いた。その後時計を見てもうこんな時間かと更に驚いた様子だった。
部活終わりも時間を忘れるほど練習していたのだろう。悪ィ、と言いながら急いで片付けを始めた。
しかし最初はテキパキ動いていたその手も、徐々にペースが遅くなって行く。どうした?と思い彼を見ると、
「モサ男卒業したら、振り向いてくれんのかなー…」
……先日の告白の件だろう。私がいると言うのにデカイ独り言だな。相当ショックだったのだろう。
確かに見た目はアレだが、この男…磨けば光る気がする。
「なら、卒業してみたら?」
「え?」
「キミなら出来ると思うよ。モサ男卒業」
「え?えっ…?お、俺もしかして声に出てた!?」
「デカイ独り言だなーとは思ったよ」
「う、うわマジか…!!」
彼は羞恥からか赤くなっていた。やはりあの独り言は無意識だったらしい。
私は無言で彼に近づく。身長が153cmしかない私には、180cm超えの彼を見上げなければいけない。なかなかの身長差で、ちょっと首が痛い。
「イケメンになれば、小日向さんも振り向いてくれるかもよ?」
「は!?な、何でその事を…!?ま、まさか俺それも口走って…!!」
「あー…いや、それは…偶然にも現場に遭遇してしまいました。ゴメンネ」
「………」
彼はやっちまった、という顔をしていた。目が死んでいる。でも、ああいう普通に人が通るような場所で告白したんだから自業自得ではないかと私は思う。
「イメチェン計画、やってみない?」
「イ、イケメン計画…?」
「イメチェン計画ね。……あながち間違ってはないけど」
私なら、きっとキミを変えられる。
「思い切って変身…してみない?」
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