ルービックキューブ
手の中にあるルービックキューブは、回すと軋んだ音がする。長く遊んで使い込んだせいなのか、安いプラスチックのせいなのか。色をそろえるたびに、キイ、とか、キュ、とか、まるで鳴き声みたいに。
「お前ってそれ好きだな」
隣にいるエースが言う。わたしが夢中になっているのとは裏腹に、とても退屈そうに、テーブルに頬杖をつきながら。
「好き」
「おれとどっちが好きだ?」
「うーん、ジャンルが違うから……」
「なァんだ、おれって言ってくれねェのか」
あっという間にへそを曲げてしまった彼に、思わず笑ってしまう。そんなことを聞かなくたって、一番だってわかっているくせに。だからわたしはそのまま手を動かす。エースも頬杖をついたままでいたけれど、やがてしびれを切らしたのかわたしの髪をそっと触りだした。最初は指ですいていて、そのうち毛束をとって編みはじめた。わたしはなにも言わず、ルービックキューブの面をそろえながらも、編まれていく毛先を横目で見ていた。指先が器用に動いているのはなんだか様になっている。ちょっと意外。
しばらくしてから、できたと小さな声がしたので見てみると、髪の一部が形のいい三つ編みになっていた。
「すごい、上手」
「だろ?練習した」
「練習?」
ふいに手を握られる。ルービックキューブを持っていた片方は簡単に連れていかれてしまって、手の甲にひとつ、キスが落ちる。こういうことをさらっとやるところが、ずるいなぁと思う。照れくさくて顔をそらすと、「こっち向けよ」と甘い声で言われてしまって、余計にためらった。けれどわたしの体は素直なもので、エースの言うことは簡単に聞いてしまうから、言われた通りに顔を向けると今度は唇を奪われた。触れるだけのやわらかいものだったけど、いつもより長くくっついていて、胸の高鳴りが止まなかった。
「…………もう、なあに」
唇が離れた瞬間の、湿った音が耳の奥に響いて、それでまた胸が熱くなった。間近にあるエースの顔が、してやったりと言いたげにニヤリと笑みを作る。
「知りたくねェか?」
「なにが?」
「練習、どうやったか、知りたくねェ?」
わたしの手を握り直しながら、さあ聞き出してと遠回しに訊ねてくるところが素直じゃなくておもしろい。
「教えてくれるの?」
「実は練習させてくれる奴がいてな、」
「そうなの?」
「って言ったらどうする?」
「なにそれ、変なの」
「ヘンってなんだよ……なんとも思わねェ?」
「思ってほしいの?」
「そりゃあ……いや、別に……」
口ごもるエースに、わたしはまた笑ってしまいそうになった。だって、彼の言い方はわたしにやきもちを妬かせようとしたはずのものだっただろうに、まるで彼の方が見えない誰かに嫉妬しているようだったから。
「そんな顔しないで」
ルービックキューブをテーブルに置いて、頬をなでてあげれば、彼はさらに気に入らないと言い出しそうな表情を浮かべた。
「ごめんね、さみしくなっちゃったね」
「そんなんじゃねぇよ」
「三つ編みありがとう、素敵」
「どうやって練習したか聞けよ」
「ふふふ、やだ、そんなに聞いてほしいの?」
「なァ」
「ふふ、もう、どうやって練習したの?」
「お前が寝てるときに、お前の髪で」
「えっ、」
予想外の答えに、驚いて声が詰まった。まさか彼がそんなことをしたいたなんて。でも、思い返してみれば、朝起きたとき、自分の髪に妙な癖がついていたことがあった気がした。寝癖だと思っていたけど、もしかしたら彼のせいだったのかも。
「そっかぁ」
「なんだよ」
「ううん、なんでもない」
なんだかおかしくなって笑ってしまえば、エースもつられたように笑い出した。それからまた、ルービックキューブを手に取って回す。変わらず、キイ、という鳴き声を聞きながら動かして、そうしてきれいな六面体になって完成した。
「できた」
色のそろったそれをひっくり返したりして眺めていると、エースがこちらを見つめていることに気づく。
「どうしたの?」
訊ねても答えずにただじっと見つめてくるものだから、一緒になって彼を見つめたままでいると、突然ぐっと腰を抱き寄せられた。
驚いて、わっ、と声が出たけど、エースは気にしないようだった。あっという間に距離が縮んで、その勢いのまま唇を塞がれて、座っていたラグの上に押し倒される。
「ん、エース」
「そろそろおれにかまえよ」
「うう、どいて、重い」
「言ったな?」
そうして力任せにぎゅうっと抱きしめられたものだから、わたしはまた声を上げて笑うしかなかった。