溶解
ようやく離された口元から、透明な糸が伸びた。
それを絡めとるように、再びキスをする。
何度も唇を重ねていると、次第に呼吸が荒くなってくる。鼻で息をすればいいのに、それすらもできないほどに興奮していた。舌と舌が絡み合い、お互いの唾液が混ざっていく。それがとても気持ちよくて、もっとしていたいという欲求だけが頭の中を埋め尽くす。とろけて、ほどけて、かすかな熱にうかされている。ぬるま湯を張った浴槽に沈んでいく感覚。溺れるって、きっとこういうことをさすのかも。
気分は高揚しているのに、身体は重だるい。重なり合っていた唇を離すのは億劫だった。ため息をこぼし合いながらゆっくり顔を離すと、目の前にはわずかに頬を紅潮させたエース。わたしの目を見つめながら、低くつやめいた声でささやく。
「我慢できねェ」
その言葉の意味を理解するよりも先に、また口を塞がれた。
それまでとは比べ物にならないほどの激しさがあって、頭がくらくらした。どんなにもがいても、水面に顔を出せない苦しさ。息の根を止められる瞬間って、きっとこんなふうに目の前が霞むのかもしれない。でもそれが嫌ではないことが、とても不思議。彼との間に生まれる苦痛は蜜の味。
しばらくして解放されたときには、すっかり力が抜けていて。そんなわたしを見て微笑むエースの姿は、いつもとは違ってじんわりと熱く濃い気配をまとっていて、思わず胸が高鳴った。
「ずっと、我慢してたの?」
「……そりゃあ、そうだろ」
だって、お前だし。こめかみに軽いキスが落ちて、よりいっそう抱きしめられる。
わたしだから。そうなんだ。彼の気づかいに、思わず頬が緩む。頬だけじゃない。頭のてっぺんに瞳、腕、足、胸、背中。身体の奥底、自分でも気づかない大切なものをしまっているところまで、固く引き結んでいたものがほどけていく感覚を味わう。このまま一気に開け放してしまいたくなる。
抱き合って触れている場所から、しみいるように伝わってくる愛情にひたっていると、わたしの背中を撫でる彼の手のひらが震えている気がした。緊張しているのか、不安を感じているのかわからないけど、嫌な思いだけは感じてほしくなかった。
「エース」
「ん、」
「いいよ」
「あ?」
「好きにして、いいよ」
耳元でそっとささやけば、エースはわたしを抱きしめる腕をほどいて、驚いたような表情をしていた。彼がわずかに身体を反らしたから、今度はわたしが動く番だった。
彼の頬を撫でて、首の後ろに手を回す。背のびをして、額をくっつける。大丈夫だと言葉で伝えるのは簡単だけど、それだけでは足りない部分をおぎなうために。
「本気か?」
「うん、エースのしたいようにして」
「泣いても止めてやれねェぞ」
「泣かせるようなことするの?」
「しねェ」
「うん、知ってる」
怖いことも、つらく感じることも、きっとない。そっと笑いかけると、エースも照れたように笑って、またわたしを抱きしめた。
首筋に熱い吐息がかかる。それから、啄むように唇が触れる感覚がして、淡い熱が首元に広がった。この熱をずっと与えられたらいつかのぼせてしまいそう。そんなことを考えていたら肩を掴まれ押し倒された。視界いっぱいに広がる天井が見えたかと思った次の瞬間には、目の前にエースの顔があって反射的に目をつぶった。
すぐに唇がふさがる。けれどそれは、さっきまでも荒々しいものではなくて、触れるだけのやさしいキス。
唇が離れた直後に呟かれた言葉は、わたしの名前で。
それは耳を焼くほど甘かった。