リボンの解き方
「抱っこして」
ソファーに腰をかけ、足を組んで本を読むローの前に立つ。腕を広げそう言えば、彼はなにも言わずに組んでいた足を下ろし、わたしを抱えるようにして膝の上へと招き入れた。
背中を支えてくれている手のひらに安心しながら、彼の首に腕を回して、ぎゅっと抱きつく。抱き合うことによって感じる温もりがうれしくて頬をすり寄せると、背中にある手のひらがそっと撫でる仕草をした。
「お風呂は?」
「もう入った」
「なーんだ、一緒に入りたかったのに」
拗ねたようにつぶやけば、ローは小さく笑ったあとに、わたしのこめかみに唇をくっつけた。そのまま何度か軽やかな音を立ててキスをするから「くすぐったいよ」、と言って肩をすくめると、次に指先が顎をくすぐって親指が下唇を撫でた。
「どうした、急に」
「ん?」
「お前が甘えるのはめずらしい」
「いやだった?」
首をかしげながら問えば、今度は鼻先に唇がくっつく。そのやさしい感触がむずがゆくなって笑うと、彼の表情もやわらかくなった。
「まさか、もっと甘えればいいと思う」
「じゃあ、もっと甘やかしてくれる?」
「どうやって?」
質問には答えずに目の前にある首筋に顔をうずめ、大きく息を吸い込む。すでにお風呂上がりというのもあってか、石鹸とロー自身の香りが入り混じっていた。すーっと深く呼吸をくり返してから顔を上げ、ピアスホールのある耳たぶを食んだ。わたしの行動に対して肩を揺らした彼に気をよくして、舌先で形を確かめるようにも舐めて、軽く歯を立ててもみた。
「っ、おい」
「ふふ」
「やめろ、くすぐってェ」
ローは小さく笑いながらわたしの頭を押し退けた。でも、それを無視してまた耳元へ甘噛みするとあきらめたのか、ため息をひとつ吐いたあとで好きにさせてくれた。
「一体なにが楽しいんだ」
「んー……わかんない」
「わかんねェのか」
「うん」
「変な奴」
「わたしなりの甘え方」
「動物みてェ」
「ローだってわたしのこと、触るでしょ?」
耳のふちにわざと大きくリップ音を立てて唇を落として、また首筋へと顔を埋める。彼の肩のカーブは、ときにわたしにとって最高の枕になる。頭をあずけるのにちょうどよくて、このまま眠ってしまいそう。
それに、いつの間にかローの大きな手が、わたしの頭をやさしく撫でてくれていた。心地よくて目を細めると、後頭部を手のひらが這い、首の後ろを押さえつけられ、下唇に噛みつくようなキスが落ちた。
「ん、なに」
「お前ばかり楽しそうだったからな、仕返しだ」
「好きにさせてくれてたんじゃないの?」
「誰がそんなこと言った?」
いきなりなにを言うんだろう、と目を丸くしていると、金色の瞳が弓なりに揺らめいて、唇を塞がれた。ぽかん、と口を開けていたせいで、熱い舌がするりと入り込む。ローの舌は器用に動く。逃げるわたしを追いかけ、やさしく吸い上げ、絡めとる。上顎をなぞられたときに背筋が震え、思わず彼の腕にしがみつけば、触れるか触れないかの絶妙な加減でまたその場所をくすぐってきた。
絶対わざとだ。角度を変えながら何度も深いキスを交わしている間、ぼんやりする頭の中でそう思った。変なところで負けず嫌いなんだから。
「ん……」
ゆっくりと唇が離れていき、まざり合った唾液が糸を引く様を見つめていたら、またすぐに口が塞がった。お互いの、荒くなった呼吸を感じながら夢中で舌先を絡めていると、不意に彼が唇の下でささやく。
「ベッドに行くか?」
「……きてほしい、の間違いじゃないの?」
「最初にきたのはお前だ」
「抱っこしてほしかっただけだもん」
「口が減らねェな」
そう言ってローは喉の奥で笑い、触れるだけのキスをして、わたしを抱え上げながらソファーから立ち上がった。つい、わっ、と短い声を上げておどろいたけれど、その流れるような動作に惚れ惚れした。こういうところがずるい。
抱き上げられたときの、わずかに揺れる不思議な感覚はあっという間に終わった。寝室に運ばれ、ベッドに寝転がされる。シーツからはいつもと同じ柔軟剤の匂いがして、キスをしている間、抱き上げられている間にひそかに早まっていた鼓動が、落ち着きを取り戻していった。
「それで、どうしてほしい?」
わたしに覆いかぶさって、首筋にキスを落としながらローがささやく。わかっているのに、わざわざ言わせようとするのが、本当にずるい。
もっと甘やかして。
肌の上をするする滑っていく指先の感覚に酔いしれながら言えば、低く、甘い笑い声が耳を包んで、返事のかわりのキスが唇をなぞっていった。