目の前で輝いている
立っていて、ふと視線を動かすと、すぐそばでサンジくんと目が合う。
彼の目は片側が前髪で隠れているから、立つ位置によっては目が合わないときもある。
けれど、それでもちゃんとわたしに気づいてくれる。
ふり返って、目を見て、やわらかくそっとほほえんでくれる。
その瞬間が、とても好きだった。
「ふふ、」
「なんだい、どうしたの?」
「目線が近いのって、いいと思って」
わたしの身長は大体サンジくんと同じ。女にしては高いほうだと思う。この摩訶不思議な世界では、わたしよりも背が高い女の人はたくさんいるけれど。しかも、目を奪われてしまうくらいきれいな人だっている。きっと彼のことだから、これまで出会った女の人たちが自分より背が高くても低くても全く気にせず、平等に愛を振りまいていたと思う。
でもいまは、その女の人たちよりわたしのほうがずっと近くにいて、彼により近い位置に目線があるんだと思うと、ちょっとした優越感があった。
「わたし、サンジくんと同じくらいの身長でよかったと思ってるの」
「それは、どうして?」
だってね、と言いながらサンジくんの耳元に口を寄せる。
彼もかがむことなく、すっと流れるように身を寄せて応える。
「顔がよく見えるし、それから声もよく聞こえる」
「うん」
「こうやって近くで話すのも簡単」
「うん」
「内緒話もたくさんできる」
「ナマエちゃんにだけ特別なおやつを用意したよ、とか?」
「それ、さっきルフィが食べちゃってたわ、とか」
「あの野郎!」
「あとね」
「えっ、あ、うん」
「手も繋ぎやすいし、ハグもしやすい」
「うん」
「キスするのも簡単だよね」
「簡単?」
「簡単でしょ、ほら」
背伸びもしないで、ちょっと顔を近づけるだけで、わたしの唇はサンジくんの頬にくっつく。音を立てて離せば、間近にある表情はころころ変わる。彼の逆鱗に触れる我らが船長の行動に対して、すぐに怒りの火がついたのに、あっという間に弱火になって、今度は頬が赤くなっていく。彼は肌が白いから、血の巡りの移り変わりがよく見える。こういうのだって、わたしが誰よりも近くにいるからわかること。
「ふふ、やだ、照れないで」
「だ、だって、ナマエちゃんがかわいいこと言うから、」
言葉は尻すぼみに消えていき、熱くなっているであろう頬を手のひらでさすりながら、サンジくんは抑えきれない笑みをこぼしてみせた。
彼の笑顔はあどけなさを感じられてとてもかわいらしい。ぐるぐるの眉がふにゃっと下がるのも愛嬌があって好き。
胸の内からあふれるいとおしさに、手を伸ばせばすぐに届くしっかりした腕に抱きついて、わたしもつられて笑った。
しばらくそうしていて、自然と笑いが引いたあとに彼が口を開いた。
「おれも」
「うん」
「おれも、ナマエちゃんを近くで見れるから、この距離が好きだよ」
「本当?」
「本当」
「もう少し小さくてもいいって思ったことない?」
「ないよ、一度も」
きっぱりと言い切る様にちょっと安心しながら、「じゃあ、もしいまよりわたしの背が縮んだらどうする?」と訊いてみた。
彼は少し考える仕草をする。
「それは……ナマエちゃんのかわいさがぎゅって詰まってるってことだから、すごく魅力的だけど……でも、いまのままのナマエちゃんがいいな」
「えー?本当に?」
「うん。どんなナマエちゃんもおれは心から愛すけど、一番はいま目の前にいるナマエちゃんだよ」
「もう、大げさだよ」
「大げさなもんか、おれの本心さ」
「ふふ……ありがとう」
こうしてはっきりと気持ちを伝えてくれるところは、いつまでたっても慣れない。
彼は本当によく女性を称賛するけれど、わたしに対しては、なんというか温度や湿度違う。しっとりと肌に張りつくような、そこから身体の中に染み込んでいくような。深い、深い、愛を感じる。
「顔が赤いよ」
「……サンジくんのせい」
「はは、おれのせいかァ」
そう言って、うれしそうに笑う彼にたまらなくなってもう一度、今度は唇にわたしの唇をくっつけた。
「わ!びっくりした!」
おどろいて目を大きく開く彼に、ほめてくれたお礼、と言って笑ってみせれば、次は彼がわたしに唇をくっつけた。
下唇を甘く食んできて、その感触がくせになりそうなほど心地よく、くすぐったかった。何度もついばむようにくっつけ合っている間に、しっかりした腕が動いて、わたしを抱きしめる。
「ん、ふふ」
「どうしたの?」
「ううん、なんでも」
「教えて?」
「知りたい?」
「知りたい」
やさしくおでこを重ねながら、サンジくんはわたしの顔を覗いてくる。こういうときは、目線が近いのはちょっと不便。
だってこんなにも目の前に彼がいたら、隠し事ができない。視線を逃す場所がない。表情だって簡単に拾われてしまう。
なにもかも、全部暴かれてしまいそう。
「わたしもね、サンジくんがいいと思ったの」
「うん」
「目の前の、サンジくんが一番いい」
「……うん」
「だいすき」
言葉だけではないと伝えるために、彼の背中に腕を回してぎゅっと抱きつく。
すぐに「おれも」という声が耳元で聞こえ、またくすぐるように頬に唇がくっついた。
二人分の熱いくらいの体温と、熱いくらいの想いが混ざって、このまま溶け合ってしまいそう。
そんなことを思いながら、彼の腕の中でまた笑った。
title by 宵闇の祷り