あごの裏がくすぐったい



それはほんの好奇心だった。
そばかすの散った彼の頬を見て、ゆるやかな衝動に突き動かされただけ。
数えきれないほど見ている彼の横顔は、いつ見ても良いものだけど、その瞬間は特に輝いて見えて。
わたしはそっと、唇を寄せていた。
触れた頬は、あたたかかった。
唇のしわを、あごを伝って、彼の高い体温が首筋を下りていくのがわかった。
ちゅう、と肌を吸う音を立てて離し、もう一度唇をくっつけると、よりあたたかさが増していた。
エースは勢いよくこちらを振り向いた。
とてもおどろいたのかなにも言わず、それともなにも言えず、ただ目を丸くしていた。
そんなにびっくりすることだったかな、いつもしてるじゃない。なんて思ったけれど、いたずらが成功した気分になっておもしろかった。
わたしがけらけら笑っている間、エースは目を点にして、なにかを言いかけようと口を開けたり、でも止めたりをくり返していた。結局、口づけた頬を真っ赤に染めて、口をつぐんで。だんだん眉間にしわを寄せて、こちらをじっと見つめていた。
目の前で見る表情の移り変わりが、初々しかった。彼のこういう素直なところが好きだった。かわいいというか、愛おしいというか、抱きしめたくなるというか。気に入っているところのひとつだった。けれど、あまりからかうと怒るかもしれない。素直なところはネガティブな感情に対しても影響があった。すぐ怒ってしまったり、拗ねてしまったり。
込み上げてくる笑いを抑え、どうしたの?と訊こうとした。でも、わたしが口を開くよりもずっと早く、エースが動いた。
肩を掴まれ、引き寄せられた。わっ、と声を上げたけれど、それは飲み込まれてしまった。
エースの口が、わたしの口をふさいだ。それも、わたしがしたものとは比べものにならないくらい、深く、長く。あわててしっかりと厚みのある肩を押しても、食らいついてきてなかなか離れなくて。
息が上手くできなくて、頭がぼうっとしてきたころに、ようやく解放された。
「……な、にしてんだ」
「それ……わたしのせりふ」
肩で息をしながら、お互い見つめ合った。しばらく無言でいたあと、どちらからともなく笑い出した。
「ひひ、変な奴」
「ふ、あはは、それはエースでしょ?」
あー、おかしい、変なの。身体を揺らしながら抱きしめ合い、ひとしきり笑い合って、それからもう一度キスをした。
うれしさと照れくささが混ざったみたいに笑う彼の姿を見ることができるのなら、たまには自分からするのも悪くないかもしれないと思った。
「ねぇ、エース」
「ん」
「離して」
「却下」
「ふふ、言うと思った」
彼の唇の下で、いつの間にか繋いでいた手のひらをしっかり握りしめながら、からかい合う。
エースはわたしを好きで困っちゃう。それはお前のほうだろ。そうね、そうかもね、だって好きだもん。
茶化してしまってはいるけれど、胸の内にあふれる思いの丈を伝える。本当はもっとしっかり、はっきり伝えたいのに、言葉にするとどうも弱々しくなっているし頼りない気がする。意気地のなさが出ている。手を繋いで、キスをしていても、わたしがどれだけエースのことを好きなのか、彼はわかっていないかもしれない。
「ね、もういっかい」
秘密を打ち明けるみたいに声をひそめてささやけば、エースは甘ったれとわたしの頬をつまんで言い、それから唇が近づいてそっと触れた。
ちゅ、と音を立てて離れていったそれがさみしいと思う間もなく、次々に重ねられる。
そのたびに、好きだよ、という言葉を彼の口に放り込んだ。
エースはただ、喉の奥で笑っていた。

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