まこ様/水城様リクエスト
鳩原先輩が失踪して数日が経った。最初は鳩原先輩の話題で持ちきりだったボーダー内も、次第にそんなこと最初からなかったみたいに忘れていって、今ではもう鳩原先輩の話題を出す人もほとんどいない。こんなものか、と少し、がっかりする。鳩原先輩の存在なんて、鳩原先輩が失踪してしまった事実なんて、そんなものか、と、悔しくなった。誰よりも優しくて射撃が上手くて、でも自分に自信がなくて、不器用で笑うのが下手くそな人。オレの、大好きな師匠。オレの中で大きな割合を占めている鳩原先輩は、他の人にとっては取るに足らない存在だったのだ。
「…はあ……そんなの当たり前だろ…」
くしゃ、と髪を握って、そう呟く。
誰も彼もが鳩原先輩のことを考えているわけではない。そんなことは分かっている。だけど、鳩原先輩が失踪してしまった理由も合わさり、どうにも納得できない。どうしてそんなにすぐに忘れてしまえるのか。どうして面白がるように噂を広めておきながら、素知らぬ顔で何事もなかったかのように過ごしていられるのか。分からない。ボーダー内に、鳩原先輩のことを本気で考えている人がどれだけいるのか。
「おー、橘久しぶりだなー」
当真さんの声がして、オレは反射的に隠れた。最近鳩原先輩の代わりとかでオレの師匠を名乗り出した当真さんは、言ってはなんだがちょっとうざい。オレの師匠は鳩原先輩だけだ、と何度言っても聞きやしない。迷惑な話だ。多分、あれでオレのことを気遣っているのかもしれないが。
隠れてから、ふと当真さんが先程オレじゃない名前を呼んでいたのに気付いて、そっと当真さんを盗み見た。当真さんが手を上げて近づいていく先には、先日、鳩原先輩に紹介されて知り合ったばかりの――、
「橘…穂村」
鳩原先輩の親友で、鳩原先輩の話によく出てきていたひと。鳩原先輩曰く、あまり性格は良くなくて口も悪いし冷たいけど、嘘を吐かない人だ、と言っていた。人の気持ちが分からないドライモンスターで、人の気持ちを知ろうとするのを怖がっている、臆病な人。人に好かれようとも嫌われようとも思っていないから、あの人は嘘を吐かない。少なくとも、鳩原先輩に対しては一度も嘘を吐いたことがない。らしい。そんなのオレだって吐いたことない、と少し悔しく思ったのを覚えている。あの人はそんな理由で鳩原先輩の隣にいるか、と思ったら、悔しくて、羨ましくて、どうしようもなくなった。オレはあの人が、あまり好きではなかった。
「ああ、当真。久々なのはあんたが訓練サボってたからだと思うけど」
「はは、そーだっけ?」
当真さんがからからと笑う。オレは、橘さんの態度に少し、違和感を覚えた。橘さんに最初に会ったとき、橘さんは鳩原先輩のことを親友≠セと呼んでいた。ということは、あの人は親友を失くしたばかり、ということになる。なのに、あの人は、あの人の態度は…
「なんだ、案外平気そうだな」
ぴくり、と、橘さんの眉が少し、動いたような気がした。多分、気のせいだろう。今、心の中で当真さんと全く同じことを言おうとしていた。親友が居なくなったにしては、あの人の態度は別に平気そう、というか、淡白すぎるような気がした。
「所詮……あんたの中でもその程度の存在だったってことか」
鳩原先輩が嬉しそうにあの人のことを話していたのを思い出して、泣きそうになった。いなくなったって、なんとも思わない程度の存在。あの人にとって鳩原先輩は、そんな存在だったのか。そんなの、そんなの。
オレの橘穂村への印象が、あまり好きじゃない≠ゥら嫌い≠ノ変わった瞬間だった。
▽
「絵馬くん」
「、……橘、さん」
「ドーモ。さっき振り」
廊下で橘さんに声をかけられて、ふ、と振り返る。先程当真さんといたときに一緒にいたが、改めてなんの用だろう。先程睨みすぎたのがいけなかっただろうか。ふ、と目をそらすと、橘さんは近くにあった自販機で飲み物を買い始めた。
「絵馬くんは? なんかいる?」
「………いらない」
「お茶でいいね。はい」
「………」
聞かないならなんで聞いたんだ。文句を言ってやろうとも思ったが大人しくお茶を受け取って、軽く頭を下げた。お茶に罪はない。
「絵馬くん、ちょっと話そう」
断ったところでどうせ無駄なんだろう、と早々に諦めたオレは頷いて、ラウンジまで大人しくついていく。空いている席に適当に座って、買ってもらったお茶を端においた。それに気付いた橘さんがなんだかニヤついて、多分「開けてあげようか」と言いかけたので自分で開けてさっさと飲んだ。こんなことをしたいわけじゃない。さっさと話せと目で促すと、橘さんはしかたないというように肩をすくめて話し出した。
「絵馬くん鳩原のこと大好きだよね」
「……別に。尊敬してる、だけ」
「人が撃てなくても?」
「そんなの関係ない。鳩原先輩はすごい人だ。誰よりも精密で正確な射撃ができる」
何が言いたいんだ、と少しムッとして、橘先輩に思っていた事を言ってしまうことにした。
「アンタは、鳩原先輩の親友だって言ってた」
「うん。そうだね」
「なのに、どうしてそんなに平気そうなんだ。もう笑って過ごしていられるんだ。親友が、いなくなったのに」
「………」
ジッと睨むと、橘さんはいつもの涼しい、どこか冷たい目をしたまま、答えた。
「皆そう言うんだけどね。別に平気なわけじゃないよ」
「、」
「親友だと思ってた奴が居なくなって、平気でいられるほど、皆の言うドライモンスターじゃないよ、私は」
「………」
「ただそれが表面に出てきてくんないんだよね。そういう感情が」
そう言って、ジッとオレを見る。オレも睨み返す。なんだ、それ。なんだよそれ。鳩原先輩がいなくなって寂しいけど、その感情が表に出てこない? オレだって周りに元気がない、と気づかれるくらいなのに。
橘さんはあー、と少し目を泳がせてから、から、と笑った。鳩原先輩みたいに作った笑いじゃない、でもどこか、とても冷たい笑みだった。
「絵馬くんもさ、いつまでも思いつめないほうがいいよ」
「、」
「多分、鳩原なら大丈夫だから」
そう言って、橘さんは立ち上がりどこかに行ってしまった。オレはしばらくそこでボーッと座っていた。
多分、寂しさや悲しさが表面に出てこない、というのは嘘じゃない。鳩原先輩があの人は嘘を吐かない、と言っていたから、きっとあの人は嘘を吐かないのだろう。
だけど、あの人はどこか危ない気がした。どうにも上手く言えないけど、あの底冷えするような冷たさとか、なんの感情も感じ取れない声とか。あの人はきっと鳩原先輩を大切に思っている。だけど。
「…あの人、どっか壊れてんじゃないの…」
言ってから、言い得て妙だなと、自分で少しおかしくなった。
『親友って一体何ですか』後のユズルとの絡み/『らしくない、それもいい』ユズル視点