青春の終わり
結果だけ言うと、烏野高校は伊達工業高校との雪辱戦に無事勝利を納めた。東峰先輩が二人のセッターにボールを託され、力強いスパイクで鉄壁ブロックを打ち抜いた瞬間は本当に感動して泣きそうになった。本当に、私はバレー部に入ってから感動してばかりだ。
その後、私達は会場に残って明日の試合の相手である青城高校の試合を観戦していた。恐ろしい威力と正確さの及川さんのサーブに、烏野一同唖然としてしまう。伊達工に勝てたばかりだというのに、なんというか、落ち着く暇もない。
「大王様かっけえ!! 早く試合したい!!」
しかしそんな空気を晴らすように、日向の元気な、ワクワクしたような声。私は驚いて前の方にいる日向を見やる。こうして素直に相手のことを褒めてしまえるところは、日向のいいところだと思う。更に日向のはしゃぐ声に答えたのは、同じくはしゃいでいる声。西谷先輩だ。
「サーブ俺狙ってくんねぇかなあ!?」
「馬鹿なんですか」
思わず口を次いで出た言葉に、私は慌てて口を抑えるがもう遅い。聞き逃さなかった西谷先輩はギロッと私を睨んだ。
「見てろよ絶対拾ってやるから!!」
「い、いやそれは……信頼してますけど、」
頼もしいな、と烏養さんの言葉が耳に入る。確かに頼もしい限りだ。西谷先輩も、日向も。
しかしその後、テレビにはしゃいだ二人が小学生に間違われて注意された。色々と台無しである。しかし、らしい=Bこれでこそ烏野だ。
その後のバスでは、皆寝てしまっていた。そりゃそうか、と口許を緩ませた。あれだけ飛んだり跳ねたり、走ってしゃがんで、きっと私には想像も出来ないくらい疲れているのだろう。こればっかりは、マネージャーの私には共有できないところだ。しかし隣に座る潔子さんは寝ていなくて、勿論隣に座っている状態で見失われることはなく話しかけてきてくれた。
「千景ちゃん」
「はい」
「あのさ、何か悩んでたりする?」
「、……え?」
「元気ないから」
言われて、私は思わず目をそらす。悩んでいるか。それはまあ、イエスではあるのだけど。それでも、イエスと言ってしまえば内容まで言ってしまわなければならない。そのあとに一緒に悩んでくれるだろう潔子さんのことを考えると、頷くことは憚られた。
「き、気のせいですよ。…あ、今日ちょっとお腹痛くて、だからかもしれないです」
「…そう?」
「はい! それよりも明日、皆学校なのに私達授業受けなくていいなんてなんか優越感感じちゃいますよね」
皆を起こさないように小声で、努めて明るく潔子さんにそう話題を振った。知らなくていい。知ってしまったらきっと、私の好きな明るいバレー部じゃなくなってしまうから。
「明日、頑張りましょうね」
潔子さんは綺麗に笑った。
▽
「はあぁ……」
IH二日目の朝、会場にて、私は盛大な溜息を吐き出していた。それを目敏く見つけた武田先生が不思議そうに首を傾げ「どうかしましたか?」と顔を覗き込んでくる。それに少しどきりとして、言うかどうか迷いつつ、私は口を開いた。
「…イエ……ついさっき知ったことなんですけどね、公式戦でマネージャーは一人しか入れないそうなんですよ」
「? はい。それがどうかしましたか?」
どこもおかしいところはない、と、首を傾げる先生。そう、確かにおかしいところはないのだ。これだけを聞けば。しかし思い出してほしい。先日、潔子さんに言われたことを。潔子さんは先日、初戦を終えた後、初戦でベンチに入っていた私にこう言ったのだ。本来、ベンチに居るマネージャーは一人で良いのだと。つまりは、一回戦、潔子さんと共にベンチに居た私は公式の審判にすら存在を認識されていなかったということで。いらなかった≠けではなく、入れなかった≠けで。だのいうのに、普通にあそこに入れていた私は。
「なんか改めて自分の影の薄さを再認識して悲しくなったというか…」
思わず遠い目をすると武田先生が慌てたように慰めの言葉を探し「あの、えっと」とあたふたし始めた。それを横目で見て、「冗談ですよ」と笑おうと思ったら、「でも」と先に武田先生が言葉を見つけた。
「僕にはその御国さんの影の薄さっていうのは分からないですけど……その影の薄さがあったからこそ、今の御国さんがあると思うんです。よく周りに気づいて、陰ながらでも努力して、影が薄いと嘆きながらも開き直ってポジティブでいられているのも。僕は、総て御国さんの魅力だと思います」
「………、」
…初めて、そんな風に言われた。いつかの初恋の先生だって、そんな風に言ってくれたことはなかったのに。
「…はは、照れちゃいますよ」
「えっ、あっ、す、すみません」
「何で謝るんですか。…嬉しかったです、すごく」
この人に出会えて良かった。本当に。
「青城戦、勝てると良いですね! 上から見守ってますから!」
「…はは、それは選手たちに言ってあげないと」
二人で笑って、それぞれの場所へ向かった。
▽
- ピピーッ
「…っ嘘」
青葉城西高校と烏野高校の試合は、第三セットのデュースまで粘った上での最後、33-31の青城勝利という結果に終わった。烏野高校は、全力を尽くし、その上で青葉城西高校に敗北したのだ。私は膝から崩れ落ちた。目の前の結果を、真正面から受け止めたくなかった。
「いやだ」
ぽつり、言葉が零れた。バレー部を辞めたくない。それもあったけど、バレー部が負けたという事実が悲しかった。
私はしばらくその場から動けずに、うずくまって泣いていた。
その後、私達は早々に会場から退場して、その後烏養さんの奢りでご飯を食べに行くことになった。皆泣きながらその出されたご飯を食べていた。皆も辛いよな、そうだよな。と、負けたとわかった瞬間自分の事しか考えず涙を流した自分を恥じて、私もご飯に手を付けた。食べるうち、ボロボロと涙が頬を伝った。ああ、いやだなあ。離れたくないなあ。
「鼻水」
そう一言呟くように言って、隣に座る月島が私の鼻にティッシュを押し付けてきた。汚いな、と顔を顰める月島からティッシュをとって、鼻を嚼む。なんでこいつは泣いてないんだよ。この冷血漢。ああでも、部活をやめたらこいつとも関わりがなくなるのか。それはそれで、寂しかったりするような。
「…あのさ」
「ぐす………なに」
「キミ、これから…」
「?」
「…いや。泣き顔不細工だね」
「しねばか」
どうにもキレのないそれに少しばかり落ち込みながら、私も月島もそれからは何も喋らず、目の前のご飯を食べていた。最初から最後まで、涙の味しかしなかった。
▽
「御国さん、よく泣きましたね」
帰り道、先生に車で送られながら、私は笑って「そうですねぇ」と答えた。先生に車で送られるのも、今日で最後。ああそうだ、部活辞めること……言わなきゃいけないんだった。どうしよう。…別れ際でいいか。
「…負けちゃいましたねー」
「そうですね。…でも、次があります」
「…そう、ですね」
私にはないんですけどね。小さく笑う。
「本当に、御国さんを誘ってよかったです」
「そうですか?」
「はい。僕が見込んだ通り……というと少し偉そうですが、思っていたとおりでした。優しくて、不思議といつの間にか周りが明るくなっている。影が薄いと言いますが、僕は君が皆にとても愛されているように思えます」
「……」
本当、最後まで嬉しいことを言ってくれる。ふ、と笑って、窓の外を見上げた。綺麗な、月。
「…先生」
「はい?」
無意識に。本当に、無意識に、口を次いで出てきてしまっていた。きっと、あまりにも月が綺麗だったから。
「…好きです」
ほとんど、いやもしかしたら、完全に無意識に。バクバクと心臓が暴れて、苦しかった。丁度私の家についたのか、車が止まった。暫く、沈黙が流れた。ちらり、武田先生の反応を見やる。
「……、」
あ、だめだ。武田先生の顔を見て、直感でそう思った私は頭をフル回転させて、言い訳を考えた。だめだ。だめだ、先生を困らせたら。だって先生は、
私の、大切な人。
「じょうだんです」
「、え?」
「うそです。じょうだんです。ええと、好きな人、がいて。ちょっと告白の練習を。どうでした? ドキッとしました?」
「…え、あ、はは、お、驚かせないでくださいよ」
先生も笑う。困ったように。
「でも、そうですね」
穏やかな、私の好きな笑顔で。
「御国さんの恋が叶うことを、心から祈っています」
私の恋を終わらせる一言を、口にするのだ。
「…ありがとうこざいます。あ、送ってくれてありがとうございました! それじゃあ、失礼します!」
「え、あ、御国さん!?」
私は逃げるように車を出て、家に入った。
▽
「…あ、退部のこと……言い忘れてきた…」
明日でいいか。そう結論付けて、ドアの前にしゃがみ込む。すると音に気づいたのか、お母さんがリビングから顔を出した。
「千景? 帰ったの?」
「、お母さん…」
「試合は? とうだったの?」
「…負けたよ。IHは終わり」
そう告げると、お母さんは気まずそうな顔をして、そう、と顔を伏せた。私は立ち上がって、真っ直ぐ部屋へと向かう。
「…千景、」
「分かってる。明日辞めるから」
「…あのね、」
「いいんだ。お母さんには権利があるわけだから」
「…え?」
「私から大切なものを奪う権利。私はお母さんから、お父さんを奪っちゃったもんね」
「っ、違、待って千景!」
制止は聞かず、私は階段を駆け上がった。
「…………っはー……」
…最低だ、私。ベッドによりかかり、天井を見上げる。勢い余って告白しちゃった腹いせに、お母さんに八つ当たりなんて、本当、最悪だ。
…そう、告白。
「…ホッとしてたなあ……」
嘘だと言った瞬間の、あのどこかホッとしたような顔。それはつまり、私の告白が先生にとって迷惑なものでしかなかったわけで。
「御国さんの恋が叶うことを、心から祈っています」
「(貴方がそう思ってる限り、私の恋が叶うことはないんですよーだ)」
まあでも、これで良かった。私は先生を、困らせたいわけじゃないから。それに、分かりきっていたことじゃないか。結果、なんて。
「(…でもあれは……牽制、されたのかな)」
きっと気付いていた。その上で、先生がああ言ったのだとしたら。
「…っ知ってた、し」
だから、もう、何でもいい。