バレー部勧誘

 私はどうやら影が薄いらしい、と、そのことに気づいたのは、いつの事だっただろうか。
 幼い頃はずっと、私はここにいるのに、すぐ隣にいるのに、皆が私に気づかないのは、そういうふりをしているのだと思っていた。だけど、私に気付いて驚くその姿はどう見たって嘘なんか吐いていなくて、成長していくにつれて、私は嫌でも気付かされることになった。

 私は、人から認識されにくい体質なのだと。


 ▽


「…いや……あの、今なんて?」
「だからその、バレー部のマネージャーをやって欲しいんです。御国さんに」

 私、御国千景は国語教師、武田一鉄先生からの誘いに首を傾げた。昼休み、先生に職員室に来るように言われた。出席番号じゃなく名指して呼ばれ珍しいなと首を傾げつつ来てみれば。
 意味が分からない。バレー部のマネージャーなんて、なんで私が。
 首を捻ったまま、まあ適当に目に付いた名前で呼び出しただけだろうととりあえず「ご遠慮します」と誘いを断る。すると「そこをなんとか!」と武田先生が食い下がるように顔の前で両手を合わせて懇願してくる。まさか食い下がられるとは思っておらず、少し驚く。

「い、いや……っていうか、なんで私が」
「え? 何でって…」
「マネージャーなんて、探せば他にもちゃんとやってくれそうな子いっぱいいるじゃないですか。こんな、影の薄い……見つけにくい奴に頼まなくても……」
「え? 影の薄い……?」

 は?と、私は不思議そうに聞き返してきた先生に眉を寄せた。なんで不思議そうにしてるんだこの人は。

「御国さんのことを見つけにくいと感じたことはないですけど……、いつも、というか。まだほんの数日ですけど、御国さんって皆の見えない所で色々としてくれてるでしょう? プリントを配ったり、ノートを集めたり」
「っ、ぅ」
「こんな気遣いを出来る子がマネージャーになってくれたら嬉しいなと思ったんです」
「………」

 私はそう言って微笑んだ武田先生から、思わず目を逸らした。
 今先生が言った行為には、確かに覚えがある。私は影が薄くて人から認識されにくい体質だ。だけどやはり人に気づいて欲しい願望だとか、そういうのが心の内のどこかにあって。気付かれなくても、人の為になれば。あわよくば誰かがもしかしたら気付いてくれるかもしれない、なんて淡い期待のもと、それを行っていたのだが。
 ……どうにも、実際に気付かれて褒められると、経験が少ないせいかとても気恥ずかしい。
 ああ……、と唸り声と共に顔を覆うと、武田先生が慌てた。

「えっ!? 御国さん!?」
「……うぅ……なんでもないです……」
「え……、で、でも……?」
「すみません大丈夫ですんで……」

 顔を隠しながらそう言って、私はつい緩んでしまう口元を抑えた。
 ああどうしよう、恥ずかしいし照れ臭いけど、何よりも、嬉しい。気付いてもらえたことが、嬉しくて仕方がない。

「……あの……」
「? はい」
「……さっきの話……その、ちょっと考えさせてもらってもいいですか」
「……! か、考えてくれるんですか!?」
「え!? あ、い、いや、まあ……その、はい」

 途端に武田先生は嬉しそうな顔をして、「存分に! どうぞ! 考えてください!」と私の手を取った。ドキッとして、思わず仰け反る。武田先生ってこんなにテンション高い人だったのか……と驚きつつ、しかし入部を考えると言っただけでこんなに喜んでくれるならこんなに嬉しいことはない。
 まあ別に他に何か部活とかに入ったりしてるわけじゃないし、入るつもりもなかったし。ちょっと、ちゃんと考えてみようかな。


 ▽


「えー、バレー部? 確か山口と月島バレー部じゃなかったっけ?」
「え、うちのクラスにバレー部いたの?」

 前向きに考えてみようと意を決して教室に戻って、とりあえず友人の橘に相談してみた。するとそんな返答が返ってきて驚く。
 いや、まあ別にバレー部いたっておかしくないんだけど。そうなんだけど。うん。

 どうやら、うちのクラスの山口と月島という男子がバレー部に所属しているらしい。顔と名前がまだ一致していないので橘にどの人か教えてもらう。教えてもらって確認したあと、どうしてこんなに早くクラスの部活事情を把握しているのか聞けば、「全員じゃないよ、イケメンだけ」と返ってきた。安定のイケメン好きにああ…と遠い目をした。橘は出会った頃から、イケメンの情報は嫌に早い。
 ちらりと教えてもらった二人の顔を見て、更に納得した。山口は普通な感じだけど、月島はイケメンだ。多分、クールイケメンって言うんだろうな。女の子にモテそう。でもちょっと怖そうだな……座っててもわかるくらい背が高いし、あとなんか、冷たそうというか……? 人を見かけで判断するのは良くないことだと分かっていはいるが、思うのは自由だ。

「でも珍しいね、山口って子普通っぽいけど。大体イケメン単体で覚えてるじゃん」
「えー、だって山口ってずっと月島にベッタリなんだもん。そりゃ覚えちゃうよ」

 橘は肩を竦めてそう言って、軽く唇を尖らせた。
 もう一度、二人を見る。へえ、ベッタリなのか……聞けば山口の一日の大半の台詞が「ツッキー(多分月島のあだ名だ)」なのだとか。
 どうせ気付かれることはないので不躾に二人を見ていれば、ふと、月島の目がこちらに向いた。咄嗟に驚いて、視線を逸らす。突然のことに、心臓がバクバクとうるさかった。

「(え……こっち見た……?)」

 もしかして見ていたのに気付いたのだろうか、と謎の高揚感に泣きそうになりながら、私はもう一度月島のほうに目を向けた。…もうこちらを見てはいない。す、と体から力が抜けていく。

「(たまたまこっちの方向見ただけかな……)」
「千景? どしたの?」
「あ、いやなんでもない」

 不思議そうな橘に曖昧な笑みを返して、私はもう一度、二人を見た。バレー部に入る前にあの二人から話を聞こうかと思っていたのだが、なんだか少し気まずくなってしまった。いや、こちらが勝手にそう思っているだけなのだが、どうにもちょっと、話しかけづらい。

「(うーん……)」

 ちょっとだけ、バレー部に行ってみようか。

 ふと浮かんだ案に、うんと頷く。どうせ行っても気づかれないし。ちょっとだけ、覗いて帰ればいい。よし、そうしようと心の中でまた頷いた。

 大丈夫、気付かれない。うん。


 ▽


「御国さん? 御国さんじゃないですか?」
「……えっ!?」

 放課後、日直で少し遅くなりつつも、昼休みの決意通りバレー部の練習している体育館に赴いた。すると何故だか即行で武田先生に気付かれてしまい、飛び上がりそうなほど驚いた。
 なんで!?と頭の中で混乱していると、「来てくれたんですね!」と嬉しそうに言われて、私はグッと言葉に詰まった。まだ様子見だけのつもりとは言えない。

「御国さん、バレー部、入ってくれる気になりましたか?」
「え、い、いや……その、」

 武田先生を相手に困惑していれば、「先生、一人で何してるんですか?」と体育館の中から先輩らしき人が出てきた。なんだかがっしりした貫禄のある人だ。
 呼び掛けられた武田先生は「あはは、何言ってるんですか。一人じゃないですよ」と私の肩に手を置いて笑った。先輩らしき人は一瞬首を傾げ、私の方を見て――「ぅお!?」と驚いて後ろに半歩、後退った。

「ひ、人……!?」
「? 澤村くん、何をそんなに驚いてるんですか?」
「え、い、いやだって今……」

 どう考えたって武田先生がおかしいので、私は慌てて先輩に助け舟を出した。端的に影が薄く人に認識されづらい体質なのだと説明すれば、先輩は困惑しながらも頷いてくれる。まだどこか驚きの抜け切らない様子で、武田先生へ向き直った。

「それで……彼女は」
「ああ、うん。マネージャーを頼んでた子なんだけど」
「マネージャーを?」
「うん、清水さん一人で大変そうだから」
「ああ……そうですね。確かにこれからの清水の負担を考えると……一年生も入ってきますし……」
「あ、あの、その、」
「あ、どうかな御国さん、やらない?」
「えっと……」
「……やっぱり、無理かな」

 残念そうな、顔。
 武田先生に――初めてちゃんと私の頑張りに気付いてくれた人に、そんな顔をさせたくない。

 咄嗟にそんな思考が頭を巡って、私はつい、気付けば声を張り上げていた。

「あの、私、やります! やらせてください!」


 ――こうして、私はバレー部への入部を果たしたのだ。

SANDGLASS