部活内練習試合
「三年の清水潔子です」
「い、一年の御国千景です。よろしくお願いします!」
絶世の美女とは、きっとこの人のためにある言葉なのだろう。
私は頭の中でそんな事を考えて、武田先生が用事があるとかで職員室に戻った後紹介された、バレー部のマネージャーの先輩だという清水潔子さんを見上げた。こんなに美しい人がこの世にいたとは。というか、そこらのテレビに出ているアイドルよりも全然綺麗だ。普通にテレビに出てても違和感ないどころか画面が映えるレベルで美しい。あとその溢れ出る存在感が羨ましい……
「千景ちゃんでいい?」
「はっ、はい!」
「私も潔子でいいから。よろしくね」
「よっ、よろしくお願いします潔子さん!」
頭を下げて、大きな声で挨拶をする。慣れれば平気だけど、どうにも初対面の人相手だと固くなってしまう。先程の先輩に、部員さんたちの前で紹介された時も(あの人は主将の澤村先輩というらしい)必要以上に固まってしまってまともに挨拶できなかったし。
しかし一応、名前は覚えた、はずだ。
主将の澤村先輩、爽やかな雰囲気の人が菅原先輩、坊主頭の目付きの悪い人が田中先輩で、黒髪の普通っぽい人が縁下先輩、茶髪の人か木下先輩、坊主頭の目つきの悪くない方が成田先輩。そして潔子さん、と、あと同じ学年同じクラスの月島と山口。
意外と人数が少なくて驚いたが、このくらいなら私でも名前を覚えられそうだ。
ちなみに月島と山口の二人は当然私の事など知らないようで、山口は「よろしく」と言ってくれたが月島は「へー、こんな影の薄い人初めて見た」と遠慮の欠片もないことを言われた。
いや、影薄いことを気遣われたいわけじゃないけど決してイジられたいわけでもないし、普通にコンプレックスだ。なんとなくあった初対面の人への緊張感はどこかに飛んでいって、月島への敵対心だけが今は色濃く残っている。
「あー、御国!」
「あ、はい、ここです!」
月島に言われたことを思い出してイライラしながら潔子さんに仕事を教わっていれば、澤村先輩が私の名前を呼んだ。私は手を上げて応える。存在感は薄いが、声を出せばみんな結構気付いてくれる。
「ああいた、……なあ、悪いんだが明日部活に来れるか?」
「え? 明日……って土曜日ですよね?」
「あぁ、部内で練習試合するんだ。毎年雰囲気を見るためにやってるんだが……来れるか? もし予定とかなければ来て欲しいんだが……」
「あー……はい、大丈夫です」
やっぱり土曜日はあるよなあ、と肩を落としながら頷いた。家から学校までの距離が結構あるので、かなりの早起きに憂鬱に少々憂鬱な気持ちになる。しかしそれを面に出すわけにも行かず平静を装っていれば、「それと」と澤村先輩が付け足した。
「ちょっと一年二人が問題起こしてな、入部テストも兼ねてるんだ」
「え、一年二人って……」
パッと月島と山口が頭に浮かんで、首を傾げる。
嫌味で人を怒らせるのが得意そうな月島はともかく、あの温厚そうな山口も……? とそんな疑問が顔に出ていたのか、澤村先輩は「ああいや」と手を横に振る。
「山口と月島じゃなくて、違う二人なんだけど……まあ明日来れば分かるよ」
「あ、なるほど。分かりました」
じゃあよろしく、と先輩は練習に戻っていった。月島と山口ではなくまた別の一年生がいるらしい。なんだ。まあ月島もあちこちで問題起こしたりはしないか。最初の第一印象が悪すぎてもしかしたらと思ってしまった。
それにしても、一年二人が問題か……。入学から大して経ってないし、部活が始まってからも全然日数なかったはずなんだけど、何をどうしたらそんな早々に問題を起こせるんだろうか。未知の世界に首を傾げて、考えてもそんな目立つ世界の人の気持ちは分からないので潔子さんのところへ戻った。
▽
次の日、私はしっかり早起きをして学校に向かった。まさか休日にまであんな坂を登る羽目になろうとは思わなかった。そもそも部活に入る気がなかったから、当然なのだけども。
「あ、潔子さん、おはようございます」
学校に着き、体育館へ足を踏み入れると、真っ先に潔子さんの姿が目に入った。近くまで寄って挨拶をすると、潔子さんはびくりと肩を揺らして振り向く。けれど私だと分かった瞬間、その表情がやわらぎ、ふわりと柔らかな笑みを向けてくれた。
おはよう、と返ってきた言葉に嬉しくなって、少しニヤけてしまう顔を抑える。潔子さんみたいな美人さんに挨拶してもらえた。というか、橘以外で挨拶が返ってくるのが新鮮すぎる。嬉しい。
「おー清水、おはよー……ってぅおお、き、昨日の……ごめん気付かなかった……」
「え、あ、いえ」
ニヤニヤと若干ニヤけてふわふわしていれば、今来たらしい先輩――確か菅原先輩――が潔子さんに挨拶をした。したあとすぐに私に気付いたらしい先輩は申し訳なさそうに軽く頭ったあと、おはよ、と実に爽やかな笑顔で私にも挨拶をしてくれた。おお、凄い、二人目だ。
「お、おはようございます」
緊張しながらそう言うと、菅原先輩はニカッと笑って、もう一度「おはよう!」と今度は頭を撫でてくれた。なんだか嬉しくて、また頬が緩む。いつも私を認識してない状態で返ってくることはあるけど、認識して返ってくることはあまりない。だから、本当に嬉しくて、ついついニヤけてしまう。
「えーと、御国、だったっけ。昨日全然話せなかったけど、よろしくなー」
「あ、えっと、はい! こちらこそ!」
勢い良く頭を下げて応える。頭を上げると、潔子さんが「じゃあ、仕事始めようか」と声を掛けてきたので頷いて、着いて行く。去り際に軽く菅原先輩に会釈をすると、ひらひらと手を振ってくれた。うーん、なんか可愛い人だ。
暫くして、目付きの悪い人黒髪の子と、背の小さいオレンジ色の髪の子が来た。あの二人が例の一年生だろうか、と、持ってきたタオルを置きながら横目で見る。
入学早々、というか入部早々? 問題を起こした一年生二人。目付きの悪い人はなんか怖いけど、小さい子はあまり問題を起こしそうには見えない。あんまり仲良さそうには見えないから、喧嘩でもしたのだろうか。問題になるほどの喧嘩? 何だそれ。
チーム分けは、二年生の田中先輩と例の一年生二人vs主将の澤村先輩、後一年生の山口と月島。何やら月島が相手方を挑発していて、本当に性格悪いなと思った。なんというか、いちいち嫌味くさいというか。しかしその挑発は余計に相手のやる気を煽るだけで、田中先輩側のコートがかなり暑苦しいように見えた。
「あ、御国ー……あれ?」
「、あ、はい! すみませんここです」
「おおいた。俺こっち側の得点板やるからさ、反対側任せていいかな。ルール分かる?」
「ある程度しか……」
「オーケー、じゃあとりあえず分かる範囲で点入れてって。違ってたら教えるから」
「わかりました」
頷いて、反対側にまわる。バレーのルールは授業でやった程度しか知らない。うーん、バレーのマネージャーやるんだから昨日のうちにでも調べとけばよかった……バカだな私……
反対側に回ると縁下先輩が隣にいたのでどうもと軽く会釈をすると、やはり気付いていなかったらしく少し驚かれた。驚かせてすみません、の意で苦笑を返す。
「えーと、御国……さん? だっけ」
「はい」
「田中、うるさいだろ。ごめんな」
「あはは。まあ……いやでも」
「ん?」
「あの存在感羨ましいです」
「……あー……」
なんか分かる、とそう言った縁下先輩の笑顔が何だか死んでいて、思わず笑った。田中先輩の近くにいると、普通の人でも存在が霞みそうだ。
半笑いを零していると、田中先輩の強烈なスパイクが決まって、得点が入った。月島のブロックを打ち抜くその強烈なスパイクはやはり凄いし、かっこいい。そのあと調子に乗って脱いでしまわなければ、もっとかっこよかった。
菅原先輩や隣にいる二年生方からブーイングが飛ぶのを聞きながら、私は得点を入れた。
次にオレンジ色の髪の小さい子が高く跳んだが、月島のブロックに阻まれていた。
「ほらほらブロックにかかりっぱなしだよ? 王様のトス≠竄黷ホいいじゃん。敵を置き去りにするトス! ついでに仲間も置き去りにしちゃうヤツね」
月島が相手チームを挑発……しているのだろうか。内容がよく分からず、首を傾げる。
「……王様?」
「、あぁ、影山の事だよ」
「ごめんなさい影山くんはどっちですか」
「あー……あのでかい方、黒髪の」
「ああ……」
何で王様≠ネんだろう。
言われてる影山くんの方はなんだか少し様子がおかしい。どうやら良い意味でのあだ名ではないらしい。月島のあの感じも、分かっていて言っているのだろうからタチが悪い。
次の山口のサーブミスで、影山くんのサーブ。かなり強烈なサーブを打っていたが、澤村さんに見事サーブを取られ、田中先輩側のコートにボールが突き刺さった。影山くんは悔しそうに顔を歪めている。
「すご」
「大地はレシーブ得意なんだよな」
「へぇ……」
菅原先輩が何故か得意げにそう言ったので少しおかしくなって、笑ってしまう。気付かれないように下を向いて、口元を抑えた。うーん、やっぱり可愛い人だな菅原先輩。
「ホラ、王様! そろそろ本気出した方がいいんじゃない?」
また影山くんに絡んでいく月島。
……何だろう何か影山くんに恨みでもあるのかな。うーん、でもやっぱり単純に月島の性格が終わっているだけの可能性は全然ある。
「ムッ!? なんなんだお前! 昨日からつっかかりやがって!! 王様のトスってなんだ!!!」
小さい子が月島に吠えた。……何だかその姿が吠える子犬みたいに見えて、思わず噴き出した。周りに気づかれていないうちに、さっと取り繕う。こういうとき影薄くて良かったなと思う。
「君、影山が何で王様≠チて呼ばれるのか知らないの?」
「? こいつが何かスゲー上手いから……他の学校の奴がビビってそう呼んだとかじゃないの?」
「そう思ってる奴もけっこう居ると思うけどね。……噂じゃコート上の王様≠チて異名、北川第一の連中がつけたらしいじゃん。王様≠フチームメイトがさ。意味はー自己チューの王様、横暴な独裁者。噂だけは聞いたことあったけど、あの試合見て納得いったよ」
王様≠熈あの試合≠烽謔ュ分からないが、とりあえず影山くんが北川第一出身だということは分かって、少し驚いた。
影山くん、中学私と一緒なのか。初めて知った。まあ結構大きい中学だし、クラスも多分一緒になったことはないので知らないのも当然だろうけど。
「横暴が行き過ぎて、あの決勝ベンチに下げられてたもんね。速攻使わないのも、あの決勝のせいでビビってるとか?」
田中先輩が追い打ちをかける月島を止めに入ったが、澤村先輩がそれを制した。
なんで止めるのか分からず首を傾げていれば、少しして影山くんが静かに口を開いた。
「ああ、そうだ。トスを上げた先に誰も居ないっつうのは、心底怖えよ」
――話の内容はよく分からないが、怖い≠ニ言った影山くんが、なんだかとても小さく見えた。あの試合≠ニやらで、トラウマになるようなことがあったのは、なんとなく分かった。
そんな中、あの小さい子が口を開いた。
「でもソレ中学のハナシでしょ? おれにはちゃんとトス上がるから、別に関係ない。どうやってお前をブチ抜くかだけが問題だ!」
そう月島に臆すことなく、真正面から見据えて言い放ったその子を、心底凄いと思った。
きっとあの子はこの中で一番下手くそだけど、一番強い。
「月島に勝ってちゃんと部活入って、お前は正々堂々セッターやる! そんでおれにトス上げる! それ以外になんかあんのか!?」
本当に、バレーのことも彼らの事情も何ひとつ知らない部外者なのに。
それでもその場の空気にあてられて、思わず胸が熱くなって、鼻の奥がツンとした。