悩むことが多すぎる

赤葦side

 妙に目に付く子だな、と最初に見たときからそう思っていた。別に特別目を引く容姿をしているわけでもなく、騒がしいわけでも、かといってびっくりするほど静かな子というわけでもない。それでもなんとなく視界の端にチラついて、存在感のある子だと思った。
 しかしそう思っていたのは俺だけだったようで、見ているとどうやら他の人から見ると彼女は影が薄い&迫゙に入るらしい。烏野の中でも彼女に声をかけられると部員もマネージャーも驚いている様子が見て取れる。あんなに目に付くのにな、と思わず首を傾げてしまった。

 合宿初日の練習が終わったあと、彼女と角の出会い頭にぶつかったので少し話した。やっぱり特別話が上手いとか、かといって気まずいなんてこともなく、普通の印象。名前も聞いた。御国千景さん、というらしい彼女はゼッケンを運ぶ手伝いを申し出た俺にずっと恐縮していた。勿論そんなのすぐに終わってしまうので会話もそんなに長くはしていないけど、それが何故か名残惜しいと感じた。そのまま手伝いを申し出続けるのも不自然だったのでそのまま別れた。その後もゼッケンの洗濯をして、ボトルを洗ったあと干していたらしいものが乾いているのを確認して回収していたり、体育館の床の汗を拭いたり、ネットの紐が緩んでいるのを直したり、……誰に言われるわけでもなく一人でよく動き回っていた。やっぱり影が薄いせいなのか、他にも細かい仕事をしていた彼女に気づく人はいないようだ。

「赤葦? 何見てんだ?」
「、……いえ。なんでもないです」
「えー、いやなんか熱心に見てただろ」

 ジッと御国さんを見ていたら先輩たちに訝しまれた。ふいっと視線を逸らせば存在感の薄い(らしい)彼女を見ていたことなんて先輩たちは気付かないだろう。あれだそれだと先輩たちの憶測にすべて否定を返しながら、もう一度御国さんにちらりと視線を向ける。……あ、人と話してる。烏野の、眼鏡のミドルブロッカーだ。楽しそうだな。……少し、面白くない気持ちになる。

「あかーし? 何怖い顔してんだ?」
「なんでもないです。ほら自主練、するんでしょう。しないんですか」
「する!! あかーしトスあげて!」
「はいはい」

 俺ともあんな風に楽しそうに喋ってくれたらいいのに、と思う。


 ▽


 赤葦さんの告白(?)から一晩明けて、翌日。起床。昨日どうやって食堂に行ってご飯を食べてお風呂に入って就寝したのか、どうやってその流れをこなしたのか記憶にない。いつの間にか朝を迎えていた。え? あれ? 昨日のって何だったんだ? 告白ってやつなのかな。え? 告白はしたことあるけど(かなり不格好なものだったが)されたことはないので判断が難しい。あんなあっさりした顔で告白ってできるものなのかな。いやでも、好きって言ったよな、赤葦さん。もしかしてからかわれたんだろうか。モテそうだもんな、赤葦さん。

「…………わっかんねー………」
「千景ちゃん? 朝ご飯早く食べに行かなきゃ遅れちゃうよ!」
「あっ、う、うん」

 仁花ちゃんに呼び掛けられて、慌てて布団を畳みジャージに着替える。ひとまず練習だ。今日も忙しいぞ。
 食堂に向かう途中、月島と山口の二人と出会す。ばち、と一番に月島と視線がかち合って、思わず固まる。赤葦さんのことで一瞬忘れてたけどなんとなく気まずいままだしなんか昨日月島によく分からない八つ当たりのされ方したし、総合してやっぱ、まだ気まずい。仁花ちゃんの「おはよう!」という挨拶に二人が返しているのを聞いて、慌てて私も小さく挨拶を返した。

「……千景」
「えっ、な、なに」
「……め……」

 め? と途中で止められた言葉に首を傾げるが月島は少し黙った後「なんでもない」と視線を背けてしまう。そのまま山口を連れて食堂へと向かう。め、なんだよ気になるな。

「そういえば千景ちゃん、今日ちょっと目赤いよね。月島くんそれ言おうとしたんじゃないかな」
「え、うそ」

 ちょっとだけ寝不足で目が充血していたのだが、別に目立つほどじゃないから気付かれるとは思わなかった。……相変わらずよく見てるな。ぐぅ……すきだ……なんか悔しい。

 そのまま食堂に向かえば、今度は赤葦さんと出会した。というか食堂に入ってご飯が配膳されてすぐに声を掛けられた。心臓止まるかと思った。

「おはよう、御国さん」
「おっ、おはようございます……」
「昨日様子変だったけどあの後大丈夫だった?」
「えっ、あ、はい……まあ……」

 様子が変だったのはあなたの爆弾発言のせいですが……とは流石に言えず視線を逸らす。にしてもこの人いつも通りすぎるだろ。もしかして昨日のって夢だったのか。それともタチの悪い冗談? うーん、そういうことする感じの人じゃなさそうだけど。

「……それで今日も自主練習、付き合ってくれるかな」
「あ、それはまあ、はい。私で良ければ……」
「本当? ありがとう、助かるよ」

 柔らかく、僅かに微笑んだ赤葦さん、顔が良すぎる。朝から心臓に悪くないですか……? じゃあまたあとで、と踵を返していった赤葦さんをなんとも言えない気持ちで見送る。隣の仁花ちゃんはなぜか真っ青になってファンクラブがどうとか射殺とか暗殺とかなにやらブツブツと呟いていた。暗殺? 射殺……? なんだか一周回って冷静になってしまってひとまず謎のネガティブ思考に入ったらしい仁花ちゃんを宥めた。


 ▽


「御国さん、大丈夫ですか?」
「へっ? あ、はい! 大丈夫です!」

 武田先生にまで心配をかけてしまうほど今の私の様子はおかしいらしい。いやまあ確かに最近色々考え過ぎたりあったりで頭パンクしそうだけど、こんなに人に心配されるほどとは思わなかった。いけない集中しないと。
 烏野は相変わらず負けっぱなしだが確実に良い方向に動いているとは思う。まだみんな新しいことを始めたばかりで噛み合わないだけだ。恐らくきっと春高予選までには一皮むけていることだろう。……あの変人速攻進化版?はまだ封印中のようだけど。よく分からないけど最近は影山の特訓に仁花ちゃんが付き合っているらしい。日向も他校の先輩との自主練習に混ぜてもらえてるみたいだし、月島も最近はやる気でいい事尽くめだ。……のはずなんだけど。どうして私にはこんなに悩みごとが多いのでしょうか。

「はあ……」
「……御国さん、やっぱり体調悪いですか? 医務室に……」
「エッ、あ、ホントに大丈夫です! すみません!」

 困った顔……というか心配そうな顔でこちらを見てくる武田先生に申し訳なくなる。集中だってば。パン、と頬を両手で叩いて気合を入れる。
 それからマネージャーの仕事に集中すればあっという間に練習は終わった。あとは第三体育館の自主練習に付き合う約束がある。そういえば木兎さんとか黒尾さんとか他校の人のドリンクの好み分かんないまま昨日作ったな。音駒はマネージャーいないみたいだから本人に聞くとして、梟谷はマネージャーに聞かないと。とそう考えて踵を返した瞬間、グイと反対側から腕を引かれた。驚いて振り返れば、月島が立っている。なんだかやっぱり機嫌が悪そうだ。やだなあ、また喧嘩になりそうで。

「つ、月島」
「……ねえ、今日も来るの、第三体育館」

 機嫌の悪そうな顔のままそう聞かれて、こくりと頷く。

「赤葦さんへのお礼だし、一度引き受けたわけだからそりゃ行くけど……」
「……あっそ」

 何か言いたげな顔をした月島は、しかし結局何も言わずに私の腕を放すとそのまま踵を返そうとする。慌ててそれを引き止めた。

「ま、待って月島」
「……なに」
「い、いやその、この間のこと謝りたいっていうか、仲直りしたいっていうか……」
「はあ? 仲直りって……きみと僕に直すような仲なんてあったっけ?」
「えっ、」
「……」

 一瞬しまった、という顔をした月島はバツの悪そうな顔でふいと顔を逸らした。私はといえばショックすぎて頭が真っ白になってしまい動けない。あっやばい大分ちょっと、かなりショックが大きい、かも。

「おい月島ー! 今日も黒尾さんのとこ行くんだろ……ってうわあ!? 御国さん! あ、御国さんも行くよね!? 一緒に行こう!」
「……ひ、日向」

 お互いに黙り込んでいれば、日向が割り込んできた。月島と私の妙な空気に若干首を傾げていたが、恐らく強豪の先輩たちとできる練習のことで頭がいっぱいなのだろう。行こう!と急かしてくる。
 日向の元気さに助けられながら、私達はひとまず第三体育館へと向かった。


 ▽


「月島と喧嘩したの?」

 第三体育館での練習も終わり、そろそろ休もう、とそれぞれ体育館を出ようとしたところで日向がそう切り出してきた。「御国さん!!!」てでかい声で私のこと呼んで探すから何かと思えば、気づいてたのか。……いやまあ気づくよな、普通に。あからさまに空気悪いもん私と月島の間だけ。

「……まあ、そうだね……」
「なんで!?」
「な、なんで……? ………なんでだろ…」

 なんかもう喧嘩の原因すらよく分からない。いや私が一方的にキレて酷いこと言ったのが発端ではあるんだけど、今はもう何で喧嘩してるのかよく分からなくなってしまった。……よっぽど最初のあれで怒ってるとかなのかな。でもいつも軽い喧嘩ならよくしてるし、今更私にちょっと暴言吐かれたくらいであんなに怒って気にするかな。……よっぽど地雷だったのかも。なんかもう無理な気がしてきた……そもそも仲直りなんて双方がしたいと思ってなきゃ成立しないし。直すような仲がないと思われてたみたいだし……あ、だめだ思い出したら涙出てきた。

「エッ、御国さん!? なんで泣くの!? どっか痛い!?」
「日向うるさい……」
「えっ」
「日向ってあんまり悩み相談とか向いてないよね」
「なんで僕は急に悪口を言われているんでしょうか」
「いやなんか一瞬で涙引っ込んだ……逆に向いてるのかな。ありがとう日向」
「え? どういたしまして??」

 顔いっぱいに?を浮かべている日向に苦笑する。ちょっとからかいすぎたかもしれない。ごめん。

「いやでも空気悪くてごめんね、あんまり気にしなくて大丈夫だから」
「でも御国さん大丈夫な顔してないよ」
「……」

 ……日向はこう、なんていうか。お母さんとのゴタゴタのときも思ったけどすごい直球に的確に痛いところというか言われたくないところを突いてきますね……練習の邪魔だろうし気にしないようにって思って言ったんだけど。日向には効かないようだ。

「……だって月島に「きみと僕に直すような仲なんてあったっけ?」とか言われたんだもん……」
「オオ……」

 あ、流石に日向も引いてる。そうだよね、ひどいよね。

「でもそれって多分本心じゃないよ」
「え?」
「だって御国さんといるときの月島、……なんていうか、柔らかい!ていうか、楽しそうだし」
「……そう………なの? ……うーん……そうかな………??」

 いまいちピンと来なくて首を傾げてしまう。日向のことだから適当は言ってないだろうけど確かに!とも思えない。気のせいじゃないだろうか。

「とにかくちゃんと話したほうがいいよ! 俺からもなんか月島に言ったほうがいい!?」
「ヤ、それはいい。大人しくしててください」

 日向だから……というか、喧嘩の間に他人を入らせるのはなんか申し訳ないというか、情けないというか。

「うーん……ちょっとまた月島と話してみるよ」
「! がんばれ御国さん!」

 私も月島と喧嘩したままは嫌だから、もう少し頑張ってみようと思う。

SANDGLASS