
二宮が朝私を起こしに来なくなってから、二年と少し、時が経って、私と二宮は中学を卒業した。朝は相変わらず苦手だが、何とか二宮がいなくても起きられる程度には成長した。二宮が来なくなってから遅刻三昧で大変だった。
四月からは高校生になるんだなあ、とぼんやり考えて、そういえば二宮とは学校も離れるんだと思い出した。二宮は進学校に、私はその辺のありふれた普通校に通うことになっている。二宮すごいねと言ったら、またあの変な顔をされた。私は本当によく間違える。何が悪いのか分からないままごめんと謝ると、今度はそれについて怒られた。何が悪いのか分からないまま謝っても何も伝わらない。そう言われて、私はずくん、と胸がえぐられる感覚を味わった。そうか、そうなのか。でも、やっぱり何が悪かったのかは分からないままだった。
「空木」
もうその声に呼ばれることにすっかりと慣れてしまった、私の苗字。振り返ると、卒業証書の入った筒を持った二宮が立っていて、私は軽く手を上げて応えた。胸元の飾りがなんだか似合っていなくて、少し笑ってしまう。二宮はそんな私の頭を軽く叩いて、お父さんとお母さんの待っている方向を指差した。二宮の両親もそっちに固まっているらしい。
「中学の卒業式って、案外泣けないもんだね」
「小学校でも似たようなこと言ってただろう、お前は」
「そうだっけ? 覚えてないや。でも多分、じゃあ高校の卒業式でも泣けないかもね」
「そうだな」
「二宮も泣かないの?」
「泣かないな」
「そっか」
「ああ」
そこで、会話が途切れる。沈黙は苦ではなかったけど、なんだか無性に喋りたくなって、私はまた口を開いた。
「高校、離れちゃうね」
「そうだな」
「二宮がいなくても私、やっていけるかなあ」
「無理かもしれないな」
「あはは、だよね。誰か、他に世話焼いてくれる人見つけないとダメかな」
冗談のつもりで、そう口にした。しかしすぐに二宮の顔を見て、それが間違っていたと気付いた。ああ、私はまた間違えてしまった。何を間違えたんだろう。ごめん、と謝ろうとして、やめた。何が悪いのか分からないのに、謝ってはいけない。また二宮に怒られる。だけど、他にいい言葉が思いつかずに結局、ごめんと謝った。二宮はやっぱり怒っているみたいだった。
それから私と二宮はお母さんの提案で一緒に写真を撮った。少しだけ離れたその距離が、何だか寂しかった。
▽
高校に入ってしばらくして、近界民という化物が三門市を襲った。近界民の侵攻は、ボーダーという組織によって食い止められた。幸い私達家族は誰も欠けることなく無事に避難することができたが、他の人は近界民の侵攻で命を落とした人も少なくないようだった。
それからしばらく世間はボーダーや近界民の話で持ちきりだった。しかしそれ以外は生活に多少の影響はあれど、私の周りを取り巻く環境は大して変わらなかった。ただ、友達が両親を亡くしてしまったらしく、それはもう、荒れていた。両親と一緒に無事に逃げられた私に彼女の気持ちなんて分かるはずなくて、私はただ、彼女の悲しみを分かったふりをして慰めることしかできなかった。経験していない私じゃあ、もしも≠フ想像なんかじゃ、彼女の気持ちなんか分かるはずもない。
侵攻からしばらく経って、二宮がボーダーに入隊した。その報告を受けて、私は「凄いね、頑張って」とだけ言った。二宮もああ、とただ相槌だけを打って、それ以上何も言わなかった。
二宮との沈黙は苦ではない。元々私も二宮もそんなに喋る方ではないから。だけど、その日の沈黙は少しだけ息苦しいような気がして、私は咄嗟に口を開いた。
「に、のみや、彼女とか、出来たの?」
しかしすぐに、話題選びに間違えたことに気づいた。二宮がまた、あの変な顔をしていた。ああ、最近、本当によく間違えてしまう。泣きたくなった。
「いない」
二宮は短くそう答えた。そっか、と相槌を打って、すぐに違う話題に切り替えようとしたとき、二宮が「だが」と二言目を続けた。
「好きな奴なら、いる」
何故だか、胸が抉られたような感覚に陥った。