二宮と初めて会ったのは、幼稚園に入ったばかりの頃だった。お母さんに紹介されたその子は私と同じように母親の影に隠れ、私をじっと不思議そうに見つめ返していた。

「二宮匡貴くん。佑、仲良くするのよ」
「………まさたかくん?」

 お母さんはうなずいて、私の背中を押して前に出させた。二宮は母親の後ろに隠れたまま、私を見返した。

「……まさたかくん、私ね、空木佑っていうの。よろしくね」
「………よろしく」

 これが、二宮との出会いだった。

 親同士の仲が良くて、仲良くしなさいね、なんて言われて育った私達が仲良くなるのは自然な事だったと思う。昔からしっかりしていた二宮は、昔からボーッとしていた私を世話して、よく引っ張っていってくれていた。お母さんたちは微笑ましげにそれをよく見ていた。

「二人が結婚したら、楽しい家庭が築けそうね」

 お母さん達はいつもそう言っていた。結婚、の意味がまだあまりよく分かっていなかった私達はよく笑ってそれに頷いていた。

「私まさたかくんのお嫁さんになるー」

 そう言って、笑っていた。

 叶うはずのない、そんな、何も分からない幼稚園児の、タワゴト=B


 ▽


 小学校に上がっても変わらず二宮は私を引っ張ってくれて、学年が上がるに連れて段々と冷たく、クールになっていったけど、優しいことに変わりはなかった。
 クラスの女の子には羨ましいって言われたし男子にはよくからかわれた。だけど私も二宮も一緒にいるのが当たり前で、あまり周りの言葉は気にならなかった。二宮は小学校の頃から格好良かったからモテていたけど、あまり特定の女の子を好きだとか、そういうのはなかったようだった。お前の世話でいっぱいだ、と言われた。ごめん、と謝ると変な顔をされた。私はよく、返答を間違えた。

「なんで空木さんは二宮くんのこと名前で呼ぶの? 付き合ってるの?」

 中学に上がって間もない頃、ふと友達にそう言われた。なんでそんなこと聞くんだろう、と首を傾げつつ、付き合ってないよ、とそう言うと、友達は変な顔をして、「変なの」と小さく呟いた。友達に悪気はなかったように思う。本当に変だと思ったらしく、私はなんでそう思うのかが分からなくて、「そうか変なのか」と納得してしまって、次の日から私は二宮のことを「匡貴」ではなく「二宮」と苗字で呼ぶようになった。呼ばれた二宮は一瞬驚いた顔をして、そして、酷く顔を歪めた。かっこいい顔が台無しだよ、とふざけて言ったら、うるさい、と、不機嫌に返された。どうやら私はまた間違ってしまったらしいと気付いたのは、二宮が私のことも苗字で呼ぶようになってからだった。

「空木」

 どこか冷たい響きを持ったそれは、私の心に確実に穴を空けた。


 ▽


「おい、空木。何やってる。早く起きろ」
「う゛ー……」

 私を苗字で呼ぶようになってからも、二宮は変わらず優しかった。朝が苦手な私を毎朝起こしに来てくれたり(起こし方はちっとも優しくないが)、散らかった部屋を見て綺麗に片付けてくれたりもした。二宮はお母さんみたいだねと言ったらまた変な顔をされた。ああまた間違えたのかとぼんやり考えていれば、早く支度をしろと頭を叩かれた。全然痛くはなかった。
 私と二宮は必然的に一緒に登校していた。朝二宮が起こしに来て、お母さんが二宮のぶんの朝ごはんも作って、一緒に食べて、一緒に学校に行く。二宮を苗字で呼ぶ私にお母さんは「余所余所しいわねえ」と不思議そうな顔をするけど、私は何も答えないようにした。だって変なの、って言われたんだよ。多分、二宮のことを名前で呼んじゃいけないんだ。二宮と登校して教室に入ってから二宮と別れると、あのとき、変なのって言った友達がやっぱり不思議そうな顔をして、「付き合ってないのに一緒に学校来るなんて、変なの」って、そう言った。ああこれも変なのかって思ったけど、朝ばかりは自分で起きられないのでどうしようもなかった。私が何も言わないでいると、その子はその話題に興味をなくしたように昨日のテレビの話題を私に振ってきた。私も笑って応える。何が変で何が変じゃないのか、よく分からなかった。

「ねえ二宮」
「……なんだ」
「一緒に学校行くの、やめようか」
「………」

 二宮は黙ったまま、また変な顔をして、こちらを見た。私が間違ったとき、二宮はいつもこの顔をする。だから私はこの顔を見ると、間違えたのか、と、頭の端で理解する。どうやら今回も、間違えてしまったらしい。

「分かった」

 二宮はどこか冷たい響きを持った声でそう呟いて、私から顔を逸らした。

 次の日の朝から、二宮は私の部屋に来なくなった。私はその日、寝坊した。