お騒がせ神獣
「やあ、君一人? ちょっと僕とお話しない?」
前世でもされたことないようなベタなナンパをされて、私は思わず黙り込んだ。にこにこと人の良い笑みを浮かべ、お洒落な着物に身を包んだその男にはなんとなく見覚えがある。いや見覚えというか、既視感?というか。なんか誰かに似てる。
まあそれはさておき、ナンパだ。元々普通の女子高生だった私は(だった頃から百年は経っているが)前世でナンパというものをされたことがなく、ナンパするような軽い男は嫌だなあ、とは口で言いつつ妙な憧れのようなものがあった。だから、今、こうしてナンパされているという事実に少しばかり、嬉しさのようなものを感じている自分もいた。まあ相手がイケメンだから、というのも勿論あるかもしれないが。
だからまあ、冒頭の誘いについつい頷いてしまった私は決して悪くないと思うのだ。
「へぇー、空木ちゃんって言うんだ〜。空木ちゃんはここで働いてるの?」
「はい、一応開発部で働いてますよ」
「開発部かあ、手先が器用なんだね」
ニコニコ、いやデレデレのいった表現のほうが正しいだろうか。そんな風に笑っているお兄さんは、やはり誰かに似ている。誰だったかはいまいち思い出せないのだが、多分知り合いだ。というかこのお兄さん自体にも見覚えがあるような気がしてならない。
「うーん…」
「ん? どうしたの?」
「いや……お兄さんなんか…」
「空木さん!」
何か思い出しかけた時、後ろの方から鋭い声で名前を呼ばれた。聞き覚えのある声に振り向くと、予想した通りの人物がこちらに向かってきていた。
「鬼灯」
「げ」
お兄さんがあからさまに顔を歪めた。「うっわ来た…」としぼりだすような声で呟いている。え、何その反応。
もう一度名前を呼ばれて再度鬼灯を見る。なんだか洒落た格好をしている。うーん、やっぱり元が良いとこういう服も様になるな…
「っていうか何その格好?」
「和漢親善競技大会の審判の衣装です。見に来てなかったんですか」
「いや仕事終わったし鬼灯審判やるって言ってたから今から行こうと思ってたらこのお兄さんにナンパされて。イケメンだったから思わずついて行った」
「行かないでください。それとこの人も審判です。中国代表『乳白色組』の白澤さん」
「普通に白組じゃないの…? っていうかそうかこの人が白澤さんか。あの神獣の」
そういえば他の部署の女の子が騒いでたと改めて納得して、お兄さん…白澤さんを改めて見やった。鬼灯を見て嫌そうな顔をしているが、やはりイケメンだと再認識する。そりゃ女の子も騒ぐわな。
「…空木ちゃんソイツと知り合い…?」
「え? ああ、はいそうですね。幼馴染みたいなもんです」
「みたいなものとは」
「いや特に深い意味はないんだけど」
「そうですか」
うんと頷いて、変わらず嫌そうな顔をしている白澤さんを見た。鬼灯も少し嫌そうな顔をしているし何なんだろうなんかあったのかこの二人。挟まれて二人の顔を見比べていると、ふとあることに気付いてああ、と思わず手を打った。
「? どうしました空木さん」
「いやいや、なんかその…白澤さんの顔がね、どっかで見覚えあると思っててさ、ずっと考えてたんだけど、なるほど、鬼灯に似てるんだ」
いやあすっきりした、と頷いて、改めて二人を見上げる。すると先程の比ではないほど嫌そうに顔を歪めている二人がいて、自分の失言をようやくそこで理解した。
…しまった、地雷踏んだ。
▽
「…いやあ、凄かったね」
あの和漢親善競技大会からしばらくが経って、今日は閻魔様が地獄を治めて何十年だか何百年だかの記念式典をやった。地獄の制度もようやく落ち着いてきていて、それには鬼灯の功績も大きいとのことでその表彰式の意も含んだおめでたい式典だった。
いつも通り烏頭は若干面倒そうな顔をしていたが鬼灯が表彰されているときはちょっと嬉しそうで、やっぱり鬼灯が大好きなんだなあと少し微笑ましくも思った。重度のバカヤロウだが友達思いの良い奴だ。そんな烏頭を横目で見て蓬と笑いつつ、烏頭ではないが退屈な話を聞いていた。
そんな中での事だった。
「あれなんだ!?」
急に周りがザワザワとし初めて、更に誰かがとある方角を見て叫んだ。指のさされた方角を見ると、何かが鬼門の方角から荷物を持って飛んでくる。よく見るとそれは以前また会った時に見せてもらった白澤さんの獣の姿で、つい「は?」と声を上げた。え、いや、え?
「す、瑞兆が鬼門から飛んで来ていいの…? 鬼だから鬼門はセーフなの?」
「さ、さあ…?」
「いや鬼に鬼門がどうこうよりこれアウトだろ!」
烏頭の言葉にだよね、と頷いて、再度白澤さんを見上げた。すると白澤さんは今度は持っていた風呂敷を勢い良く広げ、何かを落としてきた。
「く、黒猫の人形と鼻緒の切れた草履…?」
「ず、瑞兆がありとあらゆる不吉なことを…」
「何だよこれ天国が地獄に喧嘩売ってんのか?」
「えええマジか……でも記念式典にこういうことしてきてるって事はそうなのか…?」
白澤さんそういう事するかなあ、と首を傾げて白澤さんを見る。することを終えた白澤さんはさっさと天国へ帰って行ってしまう。辺りは騒然としている。ちらりと鬼灯が気になって鬼灯の方を見れば、やはりというか凄い形相をしている。うわあ今にも白澤さんを殺しそうな目をしてる。こっわ。
しばらくざわついていると、また何か今度は別の方角から飛んできた。二頭?いる。
「えっと……あれは」
「ほっ、鳳凰と麒麟だよ!」
「えっ」
今度は何をするのかと思いきや、二頭…いや二神はひたすらに私達の頭上を飛び回り祝福の意を示している。うわあ、今度はなんだ……めっちゃ祝福されてるんだけど……すご。
「鳳凰と麒麟が飛び回ってるってことは天国からの喧嘩ではねえってことか…」
烏頭の呟きに二神を見上げて、「ああ白澤さんの尻ぬぐいに来たのか」と納得した。必死に飛び回っている二神にとりあえず手を合わせておく。お疲れ様です。
そうして式典はつつがなく…というわけではないが、無事終了した。今は鬼灯と烏頭と蓬と一緒に、久々に四人揃って飲みに来ていた。式典のお疲れ会でもある。
「いやあマジで一時はどうなることかと思ったけどな」
「侮辱と祝福を同時にされて結局どっちなんだって感じだったけどな」
「はは、言えてる」
笑いながら、少しだけ冷や汗を垂らす。何より怖いのは先程から鬼灯が無言なことだ。鬼灯の無言マジで怖いからやめて欲しい。
無言の鬼灯はジョッキからビールをゴクゴクと飲み干すと、ガン!とテーブルに置いた。ビク、と思わずビビる。
「とりあえずあの白豚は敵ですね」
「せ、戦争とか言うなよ…?」
「戦争はしませんよ戦争は」
「は≠チてなんだは≠チて」
人一人殺しそうな目をしている(相手は神獣だが)鬼灯に、私は頬を引き攣らせる。そうして思った。
「(白澤さんってイケメンだけど馬鹿だな)」
とにかく、鬼灯に本気で喧嘩を売る命知らずを、後にも先にも私は白澤さん以外知らない。