実力派エリートとの遭遇



「はあ……朔ちゃん、荒船さんと仲いいんだもんなあ…」

 こんにちは、永原郁です。ご存知だとは思いますが、私は前世の記憶を持ってこの世界に転生してきた、フツーの女子高生です。フツーの、女子高生だった。前の世界で事故にあって、気がついたらもうこの世界にいた。そして、ここが前世で読んでいた漫画の世界だと知ったのは、この世界に来てから間もなくのことだ。三門市、という地名とか、聞きなれない独特の星座とか、全てを総合して、考えたくなかったけど考えた結果、私は漫画の世界に生まれ落ちてしまったのだと、そう結論が出た。そりゃあ混乱するし、ありえないって叫びたくもなる。好きな漫画ではあったけど、二次元は二次元のままで、というのが私のモットーで、この世界に来たい、と思ったことは一度もなかった。はい、本当に。いやちょっとくらいは考えたことはあったかもしれないけど……いや、ちょっとじゃない。結構あった。だって好きなキャラクターが、目の前にいる。現実に、動いている。そんなの嬉しいに決まっている。だけどそんな気持ちでこの世界の人たちの前に立つことに、私は抵抗を覚えていた。私の中では漫画の中のキャラクターでも、ここでは実際にちゃんと生きている人間だ。こんな気持ちの私が皆と関わってしまうのは、とても失礼なことだ、と思った。だからまあ、直接話すのは緊張もするし、関わらずに生きていこう、と決めていたのだが。それには大きな落とし穴が一つ、あった。
 それは、私のこの世界での双子の妹である、永原朔ちゃんだ。
 彼女は私よりも年下とは思えないくらい冷静でクールで面倒くさがりでそしてちょっと冷たい、でもとても可愛らしい女の子だった。この世界では姉妹で、しかも双子ではあるのだが、彼女がどんな子であれ、どうにも姉妹≠ニして見ることができず、彼女のことは朔ちゃん≠ニ呼ばせてもらっている。
 それで、その朔ちゃんだが、その落とし穴、というのが、簡単に言ってしまえば、私がキャラクターと直接関わらずとも朔ちゃんが関わって廻りまわって私のところに来る、という場合もあるということだ。先程の荒船さんだっていい例である。私は関わらず今まで過ごしてきたが、朔ちゃんは隣の席になったのをきっかけにどんどん仲良くなっていってしまった。やめさせたい、けど、荒船さんと話しているときの朔ちゃんはとても楽しそうで、そんなこと言えるはずもない。それに私が言ったところで朔ちゃんがやめるとは思えないし……いや、しかし、でも。

「羨ましい…!」

 キャラクターとはあまり関わらないように、と決めた。でも、仲良くなりたい…! 矛盾しているがどちらも私の本心で、どちらにも傾けない。葛藤する日々が続いている。

「はあ………いいな……ほんと、」
「なにが?」
「いやだから、朔ちゃんが…………え?」

 突然聞こえた、聞き覚えのある声。私はパッと視線を上げて、その声の主を確認する。

「じッ…!?」
「こんにちは、永原郁ちゃん」

 (一方的に)とても見覚えのある人物――迅悠一、が、そこに立っていた。

「えっ………なっ、え?」
「すっごい驚いてるね」
「え、あ、えっと、」

 ぐるぐると回る頭の中を一旦整理して、こほんと咳払いを一つする。迅さんは変わらず笑ったままだ。うーん、かっこいい。

「えっと、い……いつも遠目で見てた迅さんが目の前にいて、び、びっくり、しちゃって」
「おれのこと知ってるんだ」
「そ、そりゃあ、まあ。有名…ですから」
「そっかそっか、そりゃ嬉しいな。あ、知ってるみたいだけど、実力派エリートの迅悠一です! よろしく」
「はあ……ど、どうも……?」

 ついつい吃ってしまい恥ずかしく思いながら、ニコニコと笑っている迅さんにひたすら冷や汗を垂らす。うわあ、じ、迅さんが目の前にいる…いやこういう思考がダメなんだって分かってるんだけどやっぱりミーハーな気持ちが抑えられない。
 じぃ、と迅さんに見つめられる。いたたまれなさと恥ずかしさを感じで、私は耐え切れずに口を開いた。

「え、えっと、…な、何か私に御用でも…?」
「え? ああ、うん。実はね、郁ちゃんに玉狛に来てもらいたくて」
「…………え?」

 予想外の迅さんのその言葉に、私は一瞬、思わず固まった。…玉狛?

「え、えーっと」
「どう?」
「ど、どうと言われましても、ええと、えーっと」

 勿論行く気はないがきっぱり断るのも何だか悪い気がして(玉狛への好奇心もちょっとあった)言い淀んでいると、最近買ったばかりの携帯に着信が入った。パッと頭に朔ちゃんの顔が浮かんで、慌てて電話に出た。

『…郁?』
「朔ちゃん助け……じゃない、えっと、もう帰る!? 帰るよね!? ね!? 帰ろう!?」
『いや帰るけど……あんた今どこ?』
「今から出口向かうから! 待ってて! 後で!」

 そうして一方的に電話を切る。そうして迅さんを見上げて勢い良く頭を下げた。

「そ、それじゃあ、い、妹が待っているんで……その、し、失礼します!」
「え、あ、ちょっ」

 とりあえず逃げるように走った。心臓がバクバクと大きく波打っていて、痛かった。