優しいなんてそんな馬鹿な

「………萩野日向だ」

 そう不機嫌そうに名乗った目の前の青年に、僕達――つまり空閑と千佳と僕は慌てて頭を下げた(空閑は僕が頭を抑えて下げさせた)。そんな僕達にその人――萩野さん?はそんな畏まらなくていい、と素っ気なく、少し怒っているような雰囲気で言った。
 彼は嵐山さんの幼馴染らしく、嵐山さんと遊んでいたところに丁度出会してそのまま嵐山さんに紹介されたのだ。日向っていうんだ、自慢の幼馴染なんだぞ! そう輝かんばかりの笑顔に僕達は気圧された。その嵐山さんはといえば、急に防衛任務が入ったらしく、至極残念そうに帰っていった。しかし困ったのは僕達だ。名前すらもよく知らない、少し怖そうな人と一緒にされても正直どうしたらいいのか、よく分からない。千佳は緊張してずっと俯いているし、空閑は黙ってジッと彼を見つめていた。僕もどうしたらいいか分からなくてあたふたとしていれば、目の前の彼が冒頭の様に名乗ったのだ。頭を下げた後、僕達も名前を名乗った。そうか、ただそれだけ答えた萩野さんはそれきりまた黙ってしまった。
 正直、目の前にいる青年が嵐山さんの幼馴染だという事が以外で仕方がなかった。勿論幼馴染というだけで人柄が似るだとかそんな馬鹿なことを思っているわけではないが、どう考えてもこの人と嵐山さんとが結びつかなかった。本当に真反対なイメージだ。失礼かもしれないが、嵐山さんとの会話を聞く限りだと少し捻くれているような印象も受けた。
 暫く無言が続いた後、空閑がふと口を開いた。

「はぎのさん?は、ボーダーじゃないんだね」
「あ?」
「アラシヤマはボーダーなのに。幼馴染なんでしょ? 一緒に入らなかったの?」
「幼馴染だからって入らなきゃいけねぇ規則なんかねぇだろ」
「そうだけど」

 空閑の質問に、不機嫌ながらも答えた萩野さんは案外良い人なのかもしれない。しかし空閑の質問の内容で更に不機嫌になったようにも見える。もしかして空閑が地雷か何か踏んでしまったんじゃないだろうか。少しばかり不安になる。

「………つーか俺帰るわ。元々准に連れ出されただけだし」
「え、あ、」

 准≠ニいう呼び方から仲の良さが滲み出ているな、なんてどうでもいい事が頭に巡って、立ち上がった萩野さんにつられて僕も立ち上がった。すると千佳も慌てた様子で立ち上がって、立ちくらみしたのかフラ、と体が傾いた。急だったので支えに動くことも出来ず、あ、と声をあげると前方から手が伸びてきて、ガタンとコップが倒れる音がした。ハッとして今の状況を改めて見ると、萩野さんがテーブルの向こう側から身を乗り出して千佳の腕を掴んでいた。身を乗り出しているせいでコップが倒れ、中身が零れ出てしまっている。萩野さんの服もその中身で汚れてしまっていて、僕はハッとして2人の名前を呼んだ。

「……ぁ、ち、千佳! 萩野さんも! ふ、服が」
「っ、……あー、いいから。もう帰るし」
「す、すみません、わたし、」
「いいって言ってんだろ。しつこい」
「っ、………す、すみません……」

 千佳が少し泣きそうな顔で俯いた。僕は何も言えずにあたふたするだけで、少し情けなく思った。空閑はそれを傍観してズズ、とジュースを飲んでいて、今だけそのマイペースさを羨ましく思った。俯く僕達に萩野さんは頭を掻いて、「あー、」と小さく唸った。「誰かさんを思い出す…」と小さな呟きの後、暫く何か考えて、「おい」と千佳に声をかけた。

「は、はい、」
「腕。強く掴みすぎた。痛くねぇか」
「え、あ、」
「痛くねぇかって聞いてんだよ。後残ったら後味悪い」
「えっと、あの」
「ねぇ、つまんない嘘吐くね。ただ心配ならそう言えばいいのに」
「あぁ?」
「くっ、空閑!」

 サイドエフェクトで分かったのか、いつもの台詞を吐いた空閑に慌てる。案の定萩野さんは不機嫌そうな顔をして小さく舌打ちをした。「意味分かんねぇ」、「くっそ准の野郎」そう小さく悪態づいて、改めて千佳に先ほどの質問をした。空閑の事はスルーで行くらしい。空閑は少し不機嫌そうにまたジュースを飲んでいた。

「あ、あの、大丈夫です。痛くないです。その、ありがとうございます」
「、……別に」

 そう言って外方を向いた萩野さんの耳はほんのり赤くなっていて、照れているのだと理解した。咄嗟に千佳を助けてくれるところとか、お礼を言われただけで照れるところとか、やはり見かけによらずこの人は嵐山さんの言うとおり良い人であるらしい。だがそんなことを言っても萩野さんは否定するのだろうな、と少しだけ笑みを零した。

「とにかく俺帰るから」
「え、あの、僕の家近いので着替え貸しますよ」
「いらん」
「まぁまぁそんなこと言わずに…」
「はっ? 馬鹿放せ白チビ!!」
「遊真だよ。記憶力ないねはぎのさん」
「は、な、せ、空閑遊真!!」
「あ、あの、迅さん用に買った上着があるのでそれでとりあえず修くんの家までシミ隠しましょう」
「行く方向かよ!! つか迅のとか着たくねぇ!!」
「ならそれあげるからさ、行こうよオサムの家」
「それでいいのか迅の扱い!!」

 ギャーギャーと騒ぐ萩野さんに上着を無理矢理着せて僕の家の方向へ向かった(主に空閑が面白がって引っ張っていたのだが)。なんだかんだで本気で振り払わない辺り、やはりこの人は優しい人なのだ。
 嵐山さんには悪いが、今日は僕達が萩野さんと遊ばせてもらおう。