俺がお前に勝つことはない、知っている

 准に告白されて付き合うようになってから、数日が過ぎた。付き合うようになったからといって俺も准も特に何か変わることはなく、俺はバイトと学業に、准はボーダーの活動に日々明け暮れている。しかし、こうして付き合うようになってみて思う。最近の俺達は中々時間が合わない。驚くほどに、お互いに時間が取れなかった。

「いらっしゃいませー」

 バイト用に余所行きの笑顔を浮かべながら、俺は考える。俺と准は本当に付き合っているのだろうか。いや、告白はされた。されたが、よくよく考えたら付き合う云々の話はしなかったように思う。あれから何度か会ってはいるが准の態度も別に変わった様子はないし、恋人らしいことだって一回もしていない。強いて言うならば告白されたときに抱きついてきたあれだろうか。いやでも抱きつくくらいならあいつ今まで何回もしてきたしな。…ん? あれ?

「(……俺と准、本当に付き合ってんのか…?)」

 少し不安になって、首を傾げた。告白されて、両想いになったはずが今までと何も変わっていない。あの日からそれなりの日数は過ぎているし、キスくらい終わっていても良いんじゃないのか?

「萩野さん、笑顔崩れてますけど」
「っ、か、烏丸」
「いつもの顔に戻ってます。店長に怒られますよ」

 考え込んでいると、烏丸に肩を叩かれて注意された。考え込むあまり、つい顔をしかめてしまっていたようだ。まずい、ここの店長は接客態度に厳しい。慌てて笑顔を取り繕うと、烏丸になんとも言えない目で見られた。おいやめろ。仕事だからやってんだよ。つーかお前は無表情のくせになんで店長に怒られないんだよ。あれか、イケメンだからか。イケメンは立ってるだけで客寄せになるもんな知ってたよ。畜生。

「すみませーん、注文お願いしまーす」
「あ、はい! 伺います!」

 あー、この笑顔滅茶苦茶疲れる。


 ▽


「萩野さん、相変わらずONとOFFの顔と態度の差が激しいですね」

 バイト終わり、控室で烏丸がそう声を掛けてきて、思わず眉を寄せた。迅がバイト先にやってきて声を掛けたあの日から、烏丸は俺に話しかけてくるようになったのだ。別に構わないがこいつ、口調は丁寧なくせに割と言うことが腹立つんだよな。

「あ? 悪いかよ」

 イラッとしたので態度悪くそう返せば、烏丸は「悪いっていうか」と首を少し、傾げてみせた。

「あまりの違いに戸惑いますね」
「うるせえ、知るか」
「ほら、そういう所ですよ。接客してる時は優しいのに、控室に来た途端これですし」
「控室でまであの笑顔保ってられるか! 疲れるんだよあれ!」
「まあ分からなくもないですけど。でも表にいるときは絶対笑顔崩しませんし、意外と真面目ですよね」
「意外とってなんだ意外とって」

 またイラッとして、烏丸を睨む。畜生、イケメンだなおい。その綺麗な顔にまた苛立ちを募らせていれば、「でも」と烏丸が言葉を続けたのでそれを聞く。また苛つくことだったら殴ってやろうか。

「さっき、笑顔崩れてましたよね。どうしたんですか?」
「……、」
「お客さん誰も見てないところでしたけど、表で笑顔崩すの、初めてですよね」
「…お前俺のことよく見すぎだろ……気色わりい…」
「いや、なんかあまりに態度が違うので面白くて」
「殴るぞこのやろう」

 さっと頭を守りに入られた。このやろう。拳を握りながら、俺はす、と目を逸らした。そうして、あー、と頬を掻く。

「…最近ようやく両想いになれた奴と、本当に付き合えてるのかどうか分かん、なくてな。それについて、考え……て、たら」
「……」
「おいやめろ黙るななんか言え」
「まさかそんな乙女な悩みを抱えていたとは」
「あああうるせえやっぱり黙れ!」

 わがままですね、と烏丸は首を傾げた。わがままですね、じゃねえんだよ。こっちは切羽詰まってんだから気ぃ遣えあほ。

「そんなの聞いてみれば良いじゃないですか」
「聞けるか!」
「なんでですか、両想いなのは分かってるんでしょう?」
「いや……でもな…」

 男女間の問題だったなら、俺だってこんなに悩まずにさっさと聞いて終わりだっただろう。両想いなのは分かっているんだから。だが俺と准は男同士だ。もし准の中に、男と付き合うっていう選択肢がなかったらどうする。俺が恥かいて終わりじゃないか。
 …なんて烏丸には言えるはずもなく、俺は頭を抱えた。

「…萩野さんって意外とヘタレなんですね」
「お前マジで殴るぞ」
「すみません」

 このやろうマジで腹立つ。


 ▽


 結局何も解決しないまま、また数日が過ぎた。あれからまた何度か准と会ったものの、やはり進展というか、特に変わったことはない。あまりに何もなさすぎてあの告白も夢だったんじゃないかと思えてきた。いや、多分、流石にそれはない……はずだ。多分。
 不安に苛々としていれば、携帯が着信を告げた。見れば烏丸からで、「上手くいくといいですね」と多分この前のことだろうメッセージが入っていた。イラっとしながら「うるせえ黙れ」と返信した。そしたら今度はスミマセン、と微妙にムカつくスタンプが送られてきた。このやろう。

「日向? 何してるんだ?」
「あ? 烏丸からラインがな」
「烏丸? なんで日向が烏丸と…?」
「言ってなかったか? バイト先一緒なんだよ。あいつマジで生意気で腹立つ」
「……」

 しばらく烏丸とやり取りをしていると、ふと准が黙り込んでしまったのに気付いた。不思議に思って、顔を上げる。するとすっと携帯が取り上げられて、代わりに視界が少し、暗くなった。唇に、何かが柔らかい感触。

「……、」

 すぐにそれは離れて、携帯も返された。俺はただただ呆然と、未だ近くにある准の綺麗な顔を見ていた。

「……じゅ、」
「後輩と仲良くするのはいいことだが、俺と二人でいるときは俺に構ってくれないか。…その、今は恋人なんだから」

 そう言って、今度は抱き締められた。それで、俺の最近の悩みは吹っ飛んだ。どうやら准の中で、俺はすでに恋人になっていたらしい。いや、というか。待て。今、こいつ。

「(キスしやがったこいつ)」

 何だ今すげえ流れるようにやりやがったこいつ。なんだよ。俺の知ってる限りじゃ彼女なんていた事ないはずだろなんで。

「(あーくそ)」

 俺はどうやっても、こいつに敵うことはないらしい。