ちゃんと立場はわきまえてるっつーの
「いらっしゃいませー」
カランカラン、と店のドアのベルが鳴った。俺は今まで浮かべたことのない爽やかな笑顔を浮かべ、冒頭の台詞を口にする。
俺は今、最近始めたばかりのバイト中だ。駅前に最近出来たそのカフェはそこそこ人気も高く、時給も大学生にしては高めだ。面接の際、店長が無愛想な俺を見て「接客を愛想良くできないならクビだからね」と念押ししてきたために今、俺はこうして猫を被って接客をしているわけである。人間、本気になれば今まで出来なかった笑顔だってこんなに簡単に出来てしまうのだなと実感した瞬間だった。
先程入ってきた客を席に案内し終えた丁度その時、また新しく客が入ってきた。俺は貼り付けた爽やか笑顔のまま、パッと振り返った。
「いらっしゃいませ!」
「えっ」
すると驚いたような、聞き慣れた声に思わず首を傾げる。不思議に思い、ついでに嫌な予感がして、改めてその客の顔を見た。そして盛大に顔を歪めてみせる。
「げッ」
「ブッ………っ、な、何今のっ…アハハッ」
「死ねボケカス帰れクソ」
俺の渾身の笑顔を目の前に盛大に吹き出したそいつ――迅悠一は、そんな俺の言葉に笑いながらポンポンと肩を叩いてきた。「今の未来は見えてなかった」とか知るかっ! 聞いてねえよボケ! 死ね!
あまりの羞恥心に額に手を当て、がっくりと項垂れたあと、ハッとする。
「まさか准来てねえよな…!?」
「来てない来てない。俺一人」
「……一人でカフェとか寂しい奴」
「違うってば。ここで知り合いが働いてんの」
「知り合い?」
「あ、萩野の事じゃないよ。別の奴」
准と一緒でないことにとりあえず安心して、知り合いとは一体誰だろうと首を傾げる。と、そういえばボーダーに所属しているとか言っていた後輩を一人思い出し、もしやと迅に問いかけてみる。
「もしかして烏丸京介か?」
「ん? 知ってんだ」
「そりゃバイト先一緒なんだから知ってるだろ」
「いやあ、なんか萩野って人に興味なさそうなイメージがあって」
「…ほー」
「あ、怒った?」
「怒ってねえよ」
若干腹はたったかもしれないが、怒ってはいない。こんな事で怒るほど子供じゃねえし。
「烏丸呼んでくるからその辺の席座っとけよ」
「お、ありがと」
迅にそう言って、休憩室で休憩中の烏丸を呼びに行く。知り合いが来てんぞ、と声を掛ければ、休憩中だった烏丸が少し意外そうな顔をして俺の方を見た。
「……何だよ」
「……いえ、萩野さんに話しかけられたのは初めてだな、と」
「………」
そうだっただろうか、と首を傾げながら、俺は改めて迅のいる方を親指で指して行くよう促す。烏丸はこくりと頷いて、付けていたエプロンを外して休憩室を出て行った。そういえば確かに話しかけたのも話したのも初めての事だったかもしれない。ボーダーのことも他の奴と話しているのを聞いただけだ。烏丸と、俺自身が話したことは、ない。
「……ま、別にどうでもいいけど」
呟いて、俺バイトに戻った。
▽
「萩野さん、嵐山さんの幼馴染だったんですね」
「あ゛?」
バイトが終わり、帰る準備をしていると、ふと隣で同じく帰る準備をしていた烏丸にそんなことを聞かれた。
もう聞かれなれてしまったそれに、俺は内心でうんざりしながら「そーだけど何?」と声に呆れを混じらせ問うた。意外だ、だとか、相応しくない、だとか言われるのには、もう慣れている。何を言われようと、呆れはせどももう傷ついたりなんかしない。烏丸は「いえ」と相槌を打った後、少し、考えるような素振りを見せた。
「成程な、と、思いまして」
「………は?」
「ああいえ、最初は意外でしたけど。嵐山さんは社交的で明るくていつも笑顔で……萩野さんとは全く違うタイプなのに、って」
「……」
イラッとしつつも、烏丸の言葉の続きを黙って聞く。
「ですけど、笑顔、が」
「? 笑顔?」
「はい。萩野さんの接客の時の笑顔。どこかで見たことあると思ってたんですけど、嵐山さんの笑顔にそっくりなんです。無意識か意図的か、近い人の笑顔を真似してたんだな、と」
「……………………は?」
言われて、思わず顔を顰めた。
…俺が、准の笑顔を真似しているって? そんな、まさか。そんなつもりは毛頭ない。…ない、はず、だ。
「…気のせいだろ」
「そうですか?」
「……気のせい、だよ」
自分に言い聞かせるように、呟いた。