比べられるのは飽き飽きだ

「ねぇ、萩野君って嵐山君と幼なじみなんでしょ、紹介してよ」

 そう来たか、と、俺は酷く冷めた目でそいつを見下ろした。大学に入り、女子に殴られることはなくなったが冒頭の台詞を、妙に猫撫で声で言われることが増えた。高校という、関わりやすく、閉鎖された空間と違い、大学という場所は開放的で、故に憧れの人とは関わりにくい。靴箱に手紙やプレゼントを置くこともできず、授業だって准が何を取っているかも分からない。つまり高校の時と比べ、准と関わることが難しくなったのだ。だから以前は邪魔者だった俺を、今度は利用する。その態度の変わりように、いっそ笑いがこみ上げてくる。それにこの女、高校生の時に俺のことを殴ってきたやつじゃないか? はは、すげぇ変わり身。ねぇわ、マジで。俺にとっても、准にとっても。

「は? 何世迷い言抜かしてんだよ。鏡見て言えよブス」

 そう言って思い切り嘲笑ってやれば、不細工な顔が更に歪んで不細工になった。桐絵によく言っているものとはまた違う、本気の嫌味。桐絵はまぁ、うるせぇけどブスじゃねぇし。あれはコミュニケーションだ。「なっ、何よサイテー!!」そう言ってキーキー喚くそいつを、やはり俺は冷めた目で見返した。周りが少しばかりこちらに注目している。俺は気にせずに言い返す。正論という名の嫌味を。

「お前さぁ、昔俺のこと、准には相応しくないって意味分かんねぇこと言って殴ったの覚えてるか? あ、その残念な頭じゃ覚えてねぇか?」
「なっ…! 覚えてるわよ!!」
「じゃあもっと残念だな。覚えてて俺にそんなこと言ってんのか? 俺が快く了承するとでも思ってたのか? そうなら馬鹿だろ? なぁ?」
「っ、使えないあんたに頼んでやっただけでもありがたいと思いなさいよ!!」
「うーわいってぇ。お前超痛い。自分の事神様かなんかとでも思ってんのか? ウケる」
「〜〜っ、何よっ、あんたなんかっ、っ、」

 そいつは周りに注目されていることに今ようやく気づいたのか、逃げるように俺の前から消えていった。とりあえず言いたいことは大体言えて満足した俺は息を吐き出し、帰ろうと踵を返した。すると周りのからヒソヒソとこんな声が聞こえてきた。

「あれって嵐山君と仲のいい…」
「幼なじみだってさ」
「えー、さっきの子もアレだけどさぁ、あの人も何か嵐山君の幼なじみにしては普通っていうか……」
「っていうか性格悪くない? 皆の前で」
「嵐山君の幼なじみってもっと優しくてスマートなイメージだったー」
「ねー」

「嵐山君の幼なじみなのに」

「………」

 あー、またかよ。


 ▽


「日向、何か言うことないか?」
「は? …何が」
「言うこと! あるだろ?」

 次の日の夜、俺の部屋に訪ねてきた准は俺の手から漫画を取り上げ、唐突にそんな事を言ってきた。俺は意味が分からず首を傾げるが、准はただ俺を期待の眼差しで見つめるだけだ。何なんだよ意味わかんねぇよ相変わらず。きっと准の事を好きな女はこういう所も「可愛い」というのだろうけど。
 俺は頭を巡らせて、あ、と小さく声を上げた。

「昨日の馬鹿女の事か」
「そうだ! でも馬鹿女っていうのはダメだろ、一応女の子なんだから」

 いやお前も一応つけてる時点で大概だよ。内心で苦笑いを溢して、頭を掻く。准は頼ってくれ≠ニ言ってきたあの夜以来、妙に俺に頼って貰いたがる。助けなんていらないと言おうものなら本当に目に見えて落ち込むので少しばかり調子が狂う。本当に最近の准はよく分からない。まぁ根本的なことは変わっていないのだが。

「俺のせいで絡まれたんだろ? 大丈夫か?」
「あー平気平気。説き伏せてやったから」
「そうか、良かった!」

 寧ろその後の周りの声の方がダメージを受けたとは言わないでおく。准が俺を心配し始めると止まらない。これは昔からそうだ。

「そういえば迅が会いたがってたぞ」
「忙しいって言っとけ」
「大学に行く以外家にいるじゃないか」
「バイト始めたし」
「えっ! どこだ!?」
「駅前のカフェ」
「そうか! 今度迅と一緒に行くからな!」
「来んなボケ」

 それから准の近況報告を聞きながら、俺は溜息を吐き出す。いや、ミツルって誰だよ、ケンって誰だ。木虎と綾辻は知ってるな。顔が良かったから記憶に残ってる。俺だって人並みに異性に興味はある。広報の仕事の事については聞き流し、准から取り返した漫画を再度読み始める。すると昨日の昼、言われた言葉が頭に蘇った。

『嵐山君の幼なじみなのに』

「………」

 比べられた事について言わないのは、准が頼りないとかそう言うことではないが、ただそれを気にしていると思われるのが嫌だった。准といれば嫌でも付きまとってかる偏見の目。それを一々気にしていては、俺の身が持たないし、准の負担にもなるだろう。

「日向? 聞いてるか?」
「聞いてねぇ。それよか早く戻れよ。明日まだ仕事あるんだろ」
「……あぁ、」

 准は名残惜しそうに出て行った。それを見送り、俺も漫画を閉じてベッドに入った。そしてもう一度、あの言葉を反響させる。

『嵐山君の幼なじみなのに』

「………上等だ」

 誰がなんと言おうと、俺は俺だ。