花の街編01
「すっごいおいしい!」
華やかな街の中、レオナさんと二人目に付いた店にふらりと立ち寄る。
例え一週間ほど滞在しても全部を食べきるのは無理だろう。それくらい豊富な種類が並んだパン屋さんで悩みに悩みぬいて選んだ品は満足なんてもんじゃないくらい美味しくて、思わず頬を抑えれば真正面に座ったレオナさんがフッと笑う。
「ほっぺが落ちそう、なんてべたな表現すんじゃねぇぞ」
「だ、だって、それくらい美味しいんだもん」
「まあ悪くはない」
口ではそう言いつつも、ぺろりと自分の分を食べきっている辺り気に入ってるんだろう。
もう何点か追加で買っても許されるのではないだろうか。テラス席に座ったまま店を横目に見る。まだまだ気になるパンはたくさんある。けれど……。
「あっちのお店も美味しそうだった……」
「通り過ぎるときにちらちら見てた店か?」
「そう! フィナンシェがすっごい美味しそうだったの!」
「お前、まさか食うためだけに花の街に行きたいっておねだりしてきたのか?」
「ち、違う……けど……」
街中から漂ってくる美味しい匂いの誘惑と昔の思い出に引きずられてついつい足を止めてしまっているのは事実だ。
言い訳も出来ずに肩を窄めた私を見て呆れたような顔をしていたレオナさんはすぐに目を細めて笑いだす。
「なんてな。どうせ毛玉のせいで前来たときは食いもん関連ばっか見たんだろ」
そう言ってぐるりと辺りを見回すレオナさん。右を見ても左を見てもこの周辺は飲食店が並んでいる。
「あいつ用に土産に出来そうなもんの目星も付けとけよ。でないと置いてきたことを一生騒がれそうだ」
「ふふ、確かに」
どうしても外せない用事があるのだというグリムに睨まれながらも夕焼けの草原を発った私達は公共機関を乗り継いで、所謂「旅行」というものを楽しんでいる。
忙しい身であるレオナさんがどうやってそんな時間を勝ち取ったのかと問えば「視察っていっときゃなんとかなる」と堂々とした嘘をついてきたらしい。
そうでもしないと国外に第二王子で……今では国を支える立場の彼は簡単に出してはもらえないのだから仕方がないが、私のワガママの為なのかと思うと少しだけ心苦しい。
でも、現地でないと楽しめないことは山ほどある。
例えば宝石のようにキラキラとしたドライフルーツをぎゅっと詰め、可愛らしい見た目をした生菓子とか。
「あのね、さっき言ったお店で日持ちしないからお土産には適さないらしいんだけど、救いの鐘を模したマカロンが売ってるらしくて……」
「あぁ……エペルが食いごたえがないとかなんとか嘆いてたやつか」
「エペルとそんな話したことあるの?」
「街から戻ってすぐの頃だったか。部活中にやる気がねぇぞって叱ったら草むしりがどうのと言い始めて、それはお前から事件のことを聞いてたからすぐに理解したんだが、あいつ相当鬱憤が貯まってたのか聞いてもいねぇのに雪崩のように苦労話をし始めて、終いには地元訛りが出て何言ってんだが半分くらいはわからなかった」
「あはは……」
街を覆った紅蓮の花。間に合わなければ世界を巻き込んだ大事へと発展したであろうあの出来事は今では笑い話だ。けれど、当時のエペルにとっては疲れも癒えない状態ならばあらゆる愚痴へと繋がるスイッチでしかなかったんだろう。
「……紅蓮の花、か。魔法植物の種を躊躇なく育て始める嫁がいる身としては他人事とは思えねぇな」
「あ、あれは故意だったけど、私はフュシャを信じてただけなんだから」
一緒にしないでと突っぱねればレオナさんは牙を見せてカラカラと笑いだす。
「もう……」
そんなレオナさんの笑い声をかき消すように鐘の音が鳴り響く。
街中に響くほどの大きな音。けれど不快感はなく、むしろ思わず耳を澄ませてしまうほどのそれを聞いて、地元の人たちは「もうそんな時間か」と一度空を見上げては次の行動へと移る。
「今のが噂の救いの鐘か。生で聞くのは初めてだ」
「一日に三回しか鳴らさないらしいから、今のはお昼の鐘かな」
朝昼晩。決まった時間に鳴り響く黄金色の鐘の音は数日の間私達の行動指針にもなるのだろう。
「座ってんのにも飽きてきた、その店が終わったら散歩がてらどっかふらつくか」
「はーい」
くわっと大きな口を開けて欠伸をしながら席を立ったレオナさんの隣に借りたテーブルを綺麗にしてから並び立ち腕を絡める。
「そういえば、肝心の『視察』はいいの?」
「……ンなもん適当に報告しときゃいいんだよ。そうでもなくても観光地なんてそこら辺の旅行誌にだって情報が山のように載ってる」
「それはそうだけど……」
なんとなく、お義兄さんもレオナさんの視察という言葉を真面目には受け取っていないのだろうなと思う。
休みをもぎ取ってきたというレオナさんにどうやったのかと聞いたとき妙に苦々しい顔をしていたのを覚えている。きっと生暖かい……要は優しく見守っているような、そんな顔で送り出されたに違いない。
お義兄さんも最高責任者として簡単に重役のレオナさんに休みを与えることは出来やしない。よっぽど頑張って先の仕事まで終わらせても、急な案件だとかで次々と悩みの種は舞い込んでくる。それこそ魔法士の魔力を栄養にどんどん根を伸ばしていった紅蓮の花のように。
「レオナさん、もしかして本当は普通にお休みとして送り出されてる?」
「あ?」
「だってね、お国の偉い人がお仕事として旅行を楽しんじゃうのって例え接待だったとしても私の国だと発覚するとどれだけ昔のことだってすっごい叩かれたりするの。でもレオナさんがそんな隙作るとは思えないし」
やけに堂々としたレオナさんの態度が妙に引っかかる。視察というのは建前だからと旅費はもちろん実費だし、今食べたパンのお金も当然自分達の財布から出ている。
レオナさんが旅立ち前に振り切ってしまったから護衛の人もいないし、本当に二人だけ。学園から出て早数年。レオナさんのお嫁さんになってから初めての旅行。つまりこれは……。
「なんか新婚旅行、みたいだなって……」
腕に頬を摺り寄せながら、窺うようにレオナさんの顔を見上げればバツが悪そうに視線が泳いでいる。
「なんでそう思った」
「珍しくお義兄さんからもお義姉さんからも電話がないから……かなぁ」
そう、いつもなら今頃けたたましくレオナさんと私の電話が鳴り響いている。それこそ鐘の音だってかき消してしまうほどに。
護衛をどうして置いていったとか、危ないだろうとか、視察は順調かとか、おじたん元気?今どこにいるの?なにしてるの?とか。
かつてサバナクローで王様のように立ち振る舞っていたレオナさんも家族の元に戻れば急な末っ子属性というか、レオナさんを構いたくて仕方がない人たちに囲まれている。そんな人たちからの連絡がぷつりと途絶えるのはあまりにも不自然だ。
「……はぁ」
ぐっとこらえて、それから深く息を吐く。
そんなレオナさんをじっと見上げたままでいれば、漸く視線が絡み合う。
「楽しんで来い、だとよ。……あの頃はンなこと言ってられなかっただろうからって」
「じゃあ、ほんとに……!」
「あぁ、新婚旅行ってことで休みは取ってある。まあ、視察ってのも全部が嘘ってわけじゃねぇが」
ぷいっとすぐさま視線がそらされてしまったのが寂しくて、思わず近くにあった彼の髪を少し引っ張る。くいくいと甘えた子供のように、けれど痛くはならない程度に。注意を引きたいだけのそれにレオナさんはすぐに諦めこちらを見てくれた。
「……だから好きにしろよ。マカロンだろうが、ソリレースだろうが、どんなもんでも付き合ってやる」
薄っすらと染まった頬が愛おしくて、髪から手を放し彼の首元に勢いよく抱き着いた。
「レオナさん大好きっ!」
「おい、待て、はしゃぐな! 他国とはいえそれなりに知名度があることを考えろ!」
なんて言いつつ、私が落ちないように腕を回してくれるレオナさん。彼の肩越しに少しだけ見えた人々は私達のことなんて気にしていない。浮かれた観光客のカップルがいちゃつきだすなんてきっと珍しくないんだろう。
レオナさんがどれだけの休みを取れたのかはわからない。けれど付き合ってくれると言うのなら我慢せずにワガママを色々言うのが私の務めだ。
「レオナさん、私に年々甘くなってない?」
「そりゃ兄貴含めて身内全員だ。お前の為だって言った途端文句言う奴全部黙らせて俺の休暇をもぎ取りやがった。あのやる気を他の部分に使えよと思うが……まあ今回は兄貴にしては珍しくいい仕事したと思うぜ」
「お義兄さんに後でお礼の連絡しなきゃ」
「帰ってからでいい。旅行中に根掘り葉掘り聞かれたいのか?」
「うっ……じゃあ、そうします」
宿泊先に選んだホテルで街を眺めながらお義兄さんやお義姉さん、チェカくんにきっとグリムに……代わる代わる相手が変わる電話を長時間……は流石に嫌だ。
こつりと額と額を合わせてからレオナさんが離れていく。するりと滑らかに動く手は再び絡み合う。
「まずは花の街を楽しめ」
「はいっ!」
賑やかな街中にきっとぴったりの笑顔を浮かべて、私とレオナさんは人ごみに紛れた。
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