花の街編02
「あそこで草むしりしてたんです!」
花の街での一番の思い出と言えばやはり紅蓮の花を食い止める為に頑張ったあの出来事だ。
ガイド無しに私が案内できる場所はそんなところばかりで、指さしたところを見てレオナさんは毎度苦笑した。
「お前の話はほんと飯かトラブルのことばっかりだな」
「だ、だって……」
「あァグリムのせいだな。わかったわかった」
「全部がグリムのせいじゃないです! もう、一緒に居ないからって困るとすぐグリムのせいにする」
「ならお前のせいにすればいいのか?」
「それは……イヤ……」
私なにも悪いことしてないのに。少し唇を尖らせてそっぽを向けばすぐに手を取られて機嫌を直させようと彼が宥めてくれるのはすっかり定番のやり取りだ。
「悪かったって。次は俺が案内してやるから機嫌を直せよ」
「レオナさんどこか行きたい場所あるの?」
「お前も必ず気に入ると思うぜ」
悪戯っこのようにニヤリと笑うレオナさんはそう言って私の手を引きながら歩き出す。
置いていかれないようにすぐに横にならんで彼の腕に抱き着けば、一瞬だけ視線が向けられて綺麗な緑が優し気に弧を描く目元で縁どられた。
◇◆◇
「わぁ……!」
辺り一面花のつぼみに囲まれた私の口から歓喜の声が漏れる。
まだ咲いてもいないのに?季節外れなんじゃ?普通の花ならきっとそう思うだろう。
けれどこの花は特別で、条件がそろえば季節なんて関係なしに素敵な花を咲かせることを私は知っている。
「観光スポットとして最近完成したんだと。この街にはあの鐘があるからな。相性が良かったんだろ」
街の中心からは少し離れた場所にあるのでレオナさんが振り向いて視線を送った救いの鐘はここからだと見えにくいが、それでもきっとあの綺麗な音色は空気を伝ってここまで届いている。
こんなに一か所にまとまって生えているのにどれもが綺麗に蕾を付けているのがその証拠。
「愛の証明がこんなにいっぱい植わってるなんてすごい……!」
そう、この蕾たちは私とレオナさんにはとても縁が深い。フュシャの残してくれた花の種-Proof of Love-……愛の証明だ。かつて私を守ったあの花は今でも私達の寝室に飾られている。
解呪薬と種を市場に流す権利は花を咲かせた当時サムさん経由で譲渡され、今ではすっかり私とレオナさんの共有資産を生み出し続けてくれているが、まさかこんな多くの蕾を目にする機会が訪れるとは夢にも思わなかった。
「かつては歴史の闇に消えた花だがちゃんと体制を整えてやればこうも売れるようになるとはロビー博士も夢にも思わなかっただろうな」
くつくつと笑うレオナさんが私の肩を抱きある方向を指し示す。
ちょうどそこには施設の職員と一組の男女が居て、鉢に植え替えられ綺麗に咲いている愛の証明をカップルが受け取っていた。
「救いの鐘から膨大な魔力を毎日のように受け取っているからか、ここの花は特に行動で示さなくても自分の魔力と相性の良いカップルや夫婦が近づくと自然と開花するんだと」
「じゃああの二人に反応して咲いた花を譲渡してるってことですか?」
「記念になるだろ。あの花は一度咲いちまえば手入れをしなくても枯れることもないしな。手がかからねぇのも売りの一つだ」
ほら、とレオナさんがまた別の方を見ろと促すので素直に従ってあちこちを見渡してみれば確かに施設の中はカップルや夫婦が多いことに気が付いた。
あの花から生まれたものが私の知らない所で毎日誰かの恋を後押ししていたと思うと少し胸の奥が熱くなる。
「もちろん相性の良い花が見つからなければ何も咲かない。それでも正規の栽培方法で自分たちの気持ちを証明したいと根性のあるやつには物販で別途種と解呪薬のセットを販売してる」
「根性って……その表現正しいの?」
「あってるだろ。実際ここで花が咲かなかったのを理由に別れるカップルもいれば、自分達で大切に育てたら綺麗な花が咲かせられたとわざわざ報告してくる奴もいるらしいぜ。諦めるのは簡単だ。無理だと決めつけるのもな。それをしないで根気強く信じて達成する奴に根性がなかったら他の誰にあるんだよ」
「ふふ、決めつけられるの嫌いですもんね。レオナさんも同じ立場なら咲くまで育てたんだろうなぁ」
実際にはレオナさんはこの花がどんなものかもわからず私と一緒に育ててくれて、無事に綺麗な花を咲かせたのだから誰よりも凄いと思ってしまうのは妻としての贔屓目なのだろうか。
「もしやレオナ様とメイ様ですか?」
不意に後ろから話しかけられ、振り向けば老齢の職員が「ようこそ」と頭を下げる。
「盛況なようだな」
「えぇ、それはもちろん。元々この花はお二人の結婚当時から話題でしたからね。第二王子とそのお相手の絆の象徴として。民というのは御伽噺のような夢物語……しかもその発信源が王族ともなればあやかりたくなるものですよ」
お爺さんとレオナさんは知り合いなのだろう。そもそも、ここが愛の証明をこれだけ扱っているのだから事業にレオナさんが携わっていてもおかしくない。
レオナさんは確実に信頼を置ける相手としかそういった親密なやりとりをしない人だから、もしかしたらこの人は元々夕焼けの草原に住んでいたとかだろうか。
お爺さんはちらりと自分の腕時計を見ると「あぁ」と声を漏らす。
「もうすぐ昼の鐘が鳴る時間ですね。とてもいいものが見られるので花畑の方をよく見ていてください」
柔らかな笑みを浮かべて自身もすぐに花畑の方へ向く。そんなお爺さんの姿にならって私とレオナさんも愛の証明の蕾畑の方へと向けばちょうど救いの鐘が鳴り響き始めた。
高らかに、歌うように鳴り響く音色。街ではその音を合図に人々が次の行動へと移っていたがここでは何が起こるのだろうか。
「……わっ」
「こいつは……」
蕾から淡い光が……妖精の魔法の粉のようなものが舞い上がる。
ふわりと舞ったそれは鐘の音に合わせて踊るように蕾をゆらゆら揺らめかせ、まるで早く私を起こしてと囁く妖精の声が聞こえるようで他のお客さん達も目が離せなくっている。当然私もその一人で感嘆の声を漏らしながらレオナさんに思わず強く抱き着いた。
「他では見たことがないでしょう? この街で育てた愛の証明でだけ起きる現象のようです」
ふぉっふぉと蓄えた豊かな髭を指先で弄りながら蕾たちのダンスを見つめるお爺さんはきっとこの現象が好きなんだろう。
優しい瞳が一つ一つ蕾の上をなぞっていく。私がオンボロ寮で育てた花に愛着があったように、お爺さんもきっとここの蕾一つ一つに同じ感情を抱いているんだろう。
「レオナ様……実に素敵なものを爺に託してくださいました。メイ様との出会いがなければきっとこんな穏やかな老後をあなた様から贈っていただくなどなかったのでしょうね」
「ハッ、どうだかな。お前のことだから別にここの施設長にならなくても自宅で庭いじりでもしてただろ」
くしゃりといつもの笑みを浮かべたレオナさんを見る限りこのお爺さんはやはりレオナさんが相当信頼している人なんだ。
ゆらりゆらりと揺れる蕾たちを眺めて歩くお客さん達のどこからか歓声が上がる。また一つ、誰かの愛が真実なのだと証明された。
◇◆◇
「凄かったですね、レオナさん」
満足だ。すごく満足。それ以上の言葉が出てこない。
お爺さんの案内で施設のあちこちを見てまわった私たちは陽も傾いてきたのでホテルへの帰路を歩んでいた。
ほんの数時間居ただけで何組もの幸せな人たちを見ることが出来た。
もちろん、相性の良い花と出会えなかった人もいたけれど、物販コーナーで店員さんに種を勧められて購入している人は多かった。確実に咲くとは言い切れないけれど、せめて私たちが今日見かけた人たちはあんなに幸せそうだったのだから綺麗な花が咲かせられればいいな。
「多少なりお前との資産になればいいと思って始めた事業だったが、まさかこんな施設が出来るまでになるとは俺も流石に思ってなかった」
「ここの発案はレオナさんなんですか?」
「いや、施設長のあの爺さんだ。『殿下がご結婚されて花にはさらに箔がつきました。大規模な展開をするならば今です』だとかなんとか言いやがって。単にあいつの趣味が土いじりだったから自分の為だろうに口が上手すぎるだろ」
不服そうな態度のレオナさんは口ぶりに反して表情は柔らかい。キファジさんのようにあの人もきっとレオナさんの心のどこかに柔らかい何かを残してくれた人なんだろう。
「また会いに行きましょうね」
「誰が行くか」
顔を覗き込むように誘えばツンッと跳ねのけられる。
「でも蕾がキラキラ踊りだすの凄かったからまた見たいです」
「……お前が見たいならしょうがねぇな。あのジジイがくたばる前に何度かツラを拝んでやるか」
少し甘えるような声でもう一度誘えば今度の返事はイエスだったけど、カハッと笑いながら答えるレオナさんはなんて素直じゃないんだろう。
あの花畑が見たいのも本当だけれど、あのお爺さんになるべくレオナさんを会わせてあげたいし、私も色んなことを聞きたいし話したい。
夕焼けの草原から遠く離れたこの地にあの花と一緒にレオナさんと私のお話が根付いていくのはまだ少し先のお話。
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