01


 構えたカメラのシャッターを切る。
 すぐ現像された写真に映し出されたのは部活に励むレオナの横顔。

「ふふっ」

 芽唯は学園長に渡されたゴーストカメラを時折思い出したように活用していた。入学以来撮り続け、だいぶ溜まった写真は芽唯の宝物だ。
 写真を取る理由はグリムが悪さをした時や誰かが喧嘩をしていた証拠として教師に渡すためだったり、普通に思い出を切り取るためだったり。用途は様々だったが レオナに関するものは恋心故に撮ったものが多かった。
 好きな人の最高の一瞬は何度も切り取っても胸が高鳴る。
 集中しているようだし、もう一枚くらいなら気付かれないだろうか。
 軽い気持ちでゴーストカメラを構えた芽唯は試合が行われている空へと向ける。
 飛び交う魔法を避けてディスクを持った選手が駆ける。ぶつかって弾けた魔法が芽唯に向かうことはないが、ちりちりとした熱は流石に届く。
 少しだけ身を竦めながらレオナを探せばそう遠くない距離に彼の姿を捉えることができた。
 こちらに背を向け、選手たちを見つめる視線は厳しく、レオナが真面目にマジフトに向き合っていることがよくわかる。マジフト部は実力主義で試合に貢献できなかった選手はすぐにレギュラーから外すのだと以前レオナは言っていた。
 部内での練習試合とはいえ、手を抜こうものなら部長である彼に激しく叱咤されるに違いない。レオナ同様に、選手たちも皆真剣に取り組んでいる。

「最後に一枚……」

 先ほどと同じ構図で他人から見たら「何が違うんだ」と問われそうだが好きな人の写真は何枚あってもいい。恋とは世間が言う通り盲目的で、少しだけ宗教じみている。イデアがよく言う推し活に近しくもある。
そんなことを考えながら芽唯の指がシャッターを切った瞬間、ずっと横顔だったレオナがこちらを見てにやりと笑う。

「えっ」

 レンズ越しにレオナと目が合ったことに驚いた芽唯がカメラから顔を離した時には既にレオナはまた横顔に戻っていて首を傾げた芽唯だったが、カメラが吐きだした写真のレオナは確かに自分の方を見て笑っている。
 気のせいでなかったことが証明された芽唯は、にやりと笑うその顔のせいでドキドキと高鳴る鼓動を誤魔化すように写真を大事に抱きしめた。

◇◆◇

 ほんの少し前、すったもんだの末レオナと付き合うようになったが特別変わったことはなかった。
 ただ彼との関係が恋人と呼ばれるものになっただけで、植物園で一緒に昼食を取るのも、放課後気が向けば共に過ごすのも前と何も変わらない。
 しいて言えば、レオナが膝枕を強請るようになったことくらいだろうか。自分の膝の上で微睡むレオナの髪を撫でるのは至福の時間だ。ありきたりだが、このまま時が止まればいいのにと思うこともある。レオナといると抱えている不安が溶けるように消えていく。
幸せすぎる日々の中、陽が沈み、夜が更け、グリムが眠るとゴーストたちも気を遣うのか静かになる。芽唯はその時間が少しだけ怖かった。
いつか元の世界に帰ることになるのだろうか。別れはちゃんと言えるのだろうか。みんなと……レオナと二度と会えなくなってしまうのだろうか。
 レオナに向けた手紙には自分が思う最高のハッピーエンドを迎えたいと綴ったが、ひとりになると不安が一気に押し寄せる。夜の静寂が芽唯の暗い気持ちを膨らませる。
 談話室で撮りためていた写真を整理していたはずが、いつのまにかソファを一列使って横になっていた芽唯は深くため息をつく。
 考えても仕方がないことだが、どうしても悪い方へと未来を想像してしまう。
 昼間の幸せが嘘のように、ひとりの夜はいつも暗い気持ちが芽唯の胸を埋め尽くす。

「はぁ……」

 何度目かわからないため息をついて立ち上がった芽唯はキッチンへと向かう。落ち込んでいても状況は何も変わらない。ココアでも飲んで気持ちを切り替えよう。
 湯を沸かしながら、揺らめく炎を見つめていると談話室からカタリと何かが動く音がした。

「……グリム?」

 もしくはゴーストか。
 声をかけても誰の返事も返ってこない。ということは、何か置いていたものが転がったのか。転がるものを放置していた覚えはないが多分そんなところだろう。
 ココアの粉を入れておいたマグカップにお湯を注ぎゆっくりとかき交ぜてからトレーに乗せる。作ったココアを零してしまわないように慎重に運んでいると談話室に人影が見えて動揺した芽唯の肩が跳ね、もちろん一緒に心臓も跳ねあがった。

「えっ、えっ⁉ だれっ⁉」

 幸いなことにココアが零れることはなかったが、そのココアのせいで不審者に対して身構えることができそうにない。
 椅子に座るその人物は極力部屋の灯りを落としていたせいなのか顔が良く見えない。芽唯が来たことに気が付いたのか、立ち上がると背が高く、肩幅も広い。男性であることは間違いなさそうだが不自然なほど黒くて誰かわからない。
 不審者だったらどうしよう。激しく警鐘を鳴らし始める心臓が落ち着かず、芽唯はそわそわとするだけで身動きが取れなくなっていた。
 影が迫って来るので一歩、二歩と芽唯も後ろにゆっくり下がり、せめて顔だけでも確認できないかと彷徨わせていた視線をなんとかシルエットに向ける。

「あれ……?」

 なんだか見覚えがある気がする。
 髪はふわりと広がるほど長く、頭のてっぺんにはぴるぴると動く可愛らしい耳。なにより、背後でしなやかな鞭のように尻尾が揺れ動く。

「……レオ、ナせんぱい?」

 確信が持てず、少したどたどしく名前を呼べば何かを取り出すような動きをした男がペンのような物を軽く振る。
 その途端、芽唯が持っていたはずのトレーが宙を飛び。男の隣を通り過ぎて芽唯が先ほどまで写真整理に使っていた机に乗る。
 カタン、と音を立てて動かなくなったトレーを見つめていると目の前の男がくつくつと笑い肩を揺らし始める。笑いをこらえるように身を曲げたからか、近くの灯りに照らされ、ようやくはっきりと見えた顔はやはり想像していた人物だ。

「も、もう……! 普通に声をかけてくれたらいいのに!」
「悪いな、驚かすつもりはなかったんだがあまりにもビビるもんで楽しくなっちまった」

 駆けよればレオナの手がすぐに腰に周る。口角を上げ、笑う恋人の姿に安堵した芽唯は胸をなでおろすがしばらく心臓は煩いままだろう。

「でもこんな時間になんで……?」

 レオナには合鍵を渡しているのでいつ入ってきても不思議じゃないが、無断で……しかこんな真夜中に訪ねてくるのは初めてだ。

「会いたくなったから、……じゃあダメか?」
「だっ! だっだめッ……ではない、ですけど……」

 ん?と首を傾げて問うレオナの声の甘さに思わず大きい声を出してしまった。
 慌てて一度口を塞いでから否定すれば、レオナは満足そうに頷く。

「あの……大きな声、ごめんなさい……」

 獣人である生徒の大半は騒音を嫌っている。もちろんレオナも例外ではなく、いつも可愛い耳をぱたりと伏せ、顔を顰める。その後に「おいっ」と睨みつけて相手を委縮させるところまでがセットだと思っていい。

「別に構わねぇが、あのたぬきが起きてきたら面倒だな」

 たぬき──おそらくグリムのことだ。天井越しに二階の芽唯とグリムの部屋を見上げたレオナはまたマジカルペンを振る。

「防音魔法だ。これで騒いだところで誰も起きてこねぇだろ」
「そ、そんなことしなくても大丈夫ですよ。騒いだりしません!」
「どうだかなァ。俺は夜明けまで騒ぐどっかの悪党に脅された経験があるもんで、用心しとくに越したことはねぇだろ」
「もう!」

 腹を立てる芽唯とは逆にくつくつと笑って満足そうなレオナに促され、やっとソファに戻った芽唯はココアを手に取り一息つく。レオナと騒いでいたせいで既にだいぶ飲みやすそうだ。
 トレーの傍らに散らかったままの写真を手に取ったレオナは興味深そうにアルバムをじっと見つめる。

「お前も飽きないな。何枚あるんだ?」
「学園長に頼まれたことでもありますし」
「なるほど? 俺の写真ばかりなのも頼まれたのか」
「えっ、み、見たんですか⁉ 返してください!」

 慌ててマグカップをトレーに戻した芽唯はレオナの手からアルバムを奪い取ろうと近づくが簡単に避けられる。
 長い手が芽唯からアルバムを遠ざけ、まるで日記や手紙を取り返せなかったあの日のようだ。

「わっ……!」

 伸ばした手をそのままに前方に倒れた芽唯は勢いあまってレオナの身に乗り上げる。避けることもなく、後ろ向きで一緒に倒れたレオナはソファの肘掛けに背を預けると口角を上げ目を細める。
 その表情に芽唯の背中にぞくりと何かが走る。本能的に逃げようとしたが、離れようにもレオナの足に身体を挟まれて身動きが取れない。

「ぁ…あの……っ」

 か細く、消えそうな声を拾い上げたレオナはまた愉快そうに肩を震わせ顔をくしゃりとさせ笑う。笑いだすレオナの顔があまりに近く、頬に熱が集中するのがわかる。
 魔法を使ったのか、レオナの手からアルバムがスッと離れ、先ほどのトレーのようにテーブルに戻っていく。
 首を捻って視線をなんとかそちらに向けたが、その隙に抱き寄せるように腰に手が回されレオナの身体と己の身体が密着してしまう。びくっと震えた芽唯の知ってか知らずかレオナが口を開いた。

「逃げんな」

 レオナの足は相変わらず芽唯の身体を挟んだままで、逃げたくても逃げられない。
 うっ、あっ、そんな言葉しか言えなくなった芽唯はぱくぱくと何度か口を開いたが、結局まともな言葉を発することができないままレオナの胸に頭を預ける。
 諦めたのを察したのか、レオナの両手が芽唯の身体に周る。けれど、それ以上何をされるでもなく、背中を優しくぽんぽんと叩き続ける手はゆっくりと芽唯を眠りに誘う。

「レオナ先輩……」

 だんだんと朦朧としてくる意識の片隅で「寝ちまえよ」と低音が響く。
 その優しい声とレオナの心音。どちらもが芽唯の意識を溶かしていく。聞きたいことが山ほどあるのに、今なら気分よく眠れそうで瞼を開ける気力が優しく削がれる。
 ダメ押しのようにレオナの鼻歌が耳に届いてしまえば芽唯が眠りにつくのは必然だった。

◇◆◇

 規則正しくアラームが鳴り、ベッドの上で目が覚める。
 ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返した芽唯はぼんやりとする頭で意識が途絶える直前のことを思いだす。

「先輩……?」

 眠りに落ちるその瞬間まで確かに一緒にいたはずなのに、いつのまにかベッドの上に移動しているし、レオナの姿もどこにも見えない。
 鳴り響くアラームを無視して未だに眠るグリムだけが同じ室内にいる。
 手を伸ばして目覚ましを止めた芽唯はグリムを残して部屋を出る。どうせグリムは朝ごはんが出来るまで起きてくることはない。
 レオナは別室で寝たのかと思い、キッチンへの道中、ゲストルームや使っていない部屋を覗き見たが談話室にすら姿はなかった。

「帰っちゃったのかな……」

 突然真夜中に現れて、そのまま帰った。少し考えにくい話だが、現状はそうなのだと物語る。
 散らかしたままになっていた写真を手に取った芽唯は最後にレオナが触れていたアルバムを手に取る。すべてというわけではないが、昨晩指摘された通り他の生徒に比べてレオナが被写体の写真が多いことは否定できない。

「恥ずかしい……」

 どうせレオナのことが好きで好きで仕方がないことはバレているが、それと写真の多さはまた別物だ。
 頬に集まる熱を逃がすように首を左右に振った芽唯が何気なくアルバムを開くはらりと一枚紙が落ちる。
 静かに着地したそれを拾い上げた芽唯は見慣れた字で書いた主が誰なのかはすぐわかったが、メモの意味を理解しかねて首を傾げる。

「『今夜のことは他言厳禁。俺相手でも話題に出すなよ』……ってなんで?」

 他人に話されたくないのはまだわかる。芽唯だってレオナにまるで子供のようにあやされて眠ってしまったなんて、エースやデュースにだって恥ずかしくて言いたくない。

「無断外出だったとか……? レオナ先輩がそんなの気にしないか……」

 なにより寮生に諸々の許可を出すのは寮長の仕事だ。レオナが突発的に行動を起こしても、後からどうにでもできる。

「……変なの」

 レオナがそう言うならば従うが、理由はやっぱりわからない。
 メモを元のページに戻した芽唯はアルバムと一緒にまだ整理しきれていない写真を重ねて一旦片付ける。
 早く朝ごはんの準備を進めてグリムを起こさなければ。遅刻ギリギリになって校舎まで走ることになるのは避けたい。
 幸い、レオナのおかげかぐっすり眠れたので頭はいつもよりすっきりしている。手際よく進めれば時間の猶予は生まれそうだ。

「お礼、言いたかったな」

 せめて朝まで一緒にいてくれればよかったのに。そんなことを考えながら芽唯は談話室を後にした。


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