終章
「ふなっ⁉ なんでレオナがいるんだゾ⁉」
「チッ……朝からうるせぇな……」
グリムの大きな声とレオナの舌打ちで目が覚める。
「ん……」
レオナの腕の中で目覚めた芽唯が何度か瞬きをしていると「起きたか?」とレオナが芽唯の顔を覗き込む。
「あ、あのあんまり見ないでください。寝起きで酷い顔してるから……」
「ハッ、今更だろ。寝起きのお前なんて何回見たかわからねぇ」
「うっ……」
珍しくすっきり起きたのか、朝なのに機嫌のいいレオナが先に起き上がって芽唯を起こすとグリムが二人の間に入り込む。
「やいレオナ! オレ様の知らねぇ間になんでオンボロ寮にいやがる!」
「俺が恋人の部屋にいちゃ悪いのか? むしろ邪魔者はお前の方だろ」
「なんだと〜⁉」
「ちょっと、二人とも! 朝から喧嘩しないで!」
まるでサバナクローに泊っていたあの頃のようだ。
いがみ合う二人は互いに相手をうるさいと罵って、グリムは小さな足で芽唯の膝に登ると味方に付けようとしているのか膝の上に腰を下ろす。
「オレ様の子分に変なことしてねぇだろうな!」
「あァ? そもそも、そいつの頼みで俺はここにいるんだが?」
なあ?と話を振られた芽唯を見上げたグリムは目を丸くして驚いている。二人から視線を向けられた芽唯が頷けばグリムが大きくため息をつく。
「オレ様を抱き枕にするだけじゃ飽き足らずレオナまで呼んじまったのか? 本当にしょうがねぇ子分なんだゾ」
「ご、ごめん……」
不安な夜でもグリムを抱きしめて眠ると落ち着いた。毛並みに覆われたその温もり故なのか。誰かと共に一緒にいるという安心感からなのか。寝付けない日は先に眠っているグリムを黙って引き寄せ抱きしめた。
起きた時抱きしめられていることが最初は煩わしそうだったグリムもゴーストたちに何かを言われたのか、親分の務めだと納得して受け入れてくれた。
だからグリムはその役目が恋人のレオナに移ったと思ったのだろう。
大きなアーモンド形の瞳が芽唯をじっと見つめてにっこり笑う。
「オレ様は親分だからな! 子分がそれで安心できるならレオナが居ても我慢してやる!」
「……ありがとう、グリム」
小さな親分の頭を撫でれば嬉しそうに笑いだす。二人のやりとりを黙って見ていたレオナはため息をつくと「ったく……」と小さく呟いた。
けれど、少しだけ口角が上がり笑みを浮かべるその様子を見るに、レオナもきっとグリムと同じ気持ちに違いない。
◇◆◇
「そういえば写真の私はレオナ先輩と何をしてたんですか?」
朝食を終え、当然のようにオンボロ寮の談話室でくつろぎ始めたレオナに声をかければ彼の耳がぴくぴくと動く。
「……概ね、お前の抱えてたもんそのものだな。夜が来ると不安になるだの、朝目が覚めた時に元の世界に戻っていやしないか。実は全部夢だったらどうしようなんてことも言ってたな」
「写真のレオナ先輩と全然方向性が違う……なんで……?」
こちらに現れたメモリーは不安を抱える芽唯を慰めるために現れていた。ならば、写真の芽唯もレオナが喜ぶ行動をとっているものだとばかり思っていたのに、それではレオナを困らせるだけではないか。
首を傾げているとレオナが自分の隣に腰を下ろすようソファを軽く叩く。
呼ばれるがまま座ればレオナは芽唯を抱き寄せて、己の肩に芽唯の頭を乗せる。
「ゴーストカメラは撮影者と被写体に絆が生まれると動き出し実体化するようになる。だがその役割に決まりはない」
レオナは魔法で実体化していたレオナと芽唯の写真を机の上に並べるとマジカルペンで自分の写真を指す。
「こいつはお前の不安を読み取って実体化した」
次に芽唯の写真。
「こいつは実体化したメモリーから送られてきた写真を見た時に現れた。つまり、俺の疑問に答えるために現れたと言っていいだろう」
「疑問に……。その、ゴーストカメラの写真ってそういうものなんですか?」
「さあな。なにせ古い魔法道具だ。俺も細かいことは知らねぇよ」
便利な道具が生まれて活用されなくなった魔法道具は多いと聞く。情報が少ないのも仕方がない。
「だが、撮影者との絆とやらが関係してくるってことは相手を想う気持ちに反応してると考えていいんじゃねぇか」
「なんだか曖昧ですね」
二つの写真の行動は結果的に本物同士の距離を縮めた。意図的なのか、偶然なのか、芽唯にはよくわからない。
一歩間違えれば関係が拗れそうな気もするが、そうならないのを絆と呼ぶのだろうか。
「……、写真の俺達に焦点を当てて考えてやればわかりやすいんじゃねぇか」
「写真の……?」
「こいつはお前の不安を拭いたかった。こいつは俺の疑問に答えたかった。どっちも本物と変わらない感情だ。本物に良い影響が出ると思ったことをしていたと考えれば辻褄が合う」
レオナは自分が写った写真を手に取ると今度は魔法でアルバムを引き寄せる。
「俺を煽って焚きつけて、もう十分役割は終えただろ」
空いているページに自分が写真を収めたレオナは芽唯の写真は自分のポケットにしまってアルバムを閉じる。
魔法でふわふわと漂って元の位置に戻ったアルバムからあのレオナが勝手に出てくることは流石にないと信じたい。
「何か不安があったら全部俺に言え。あいつに言えて、俺には無理だなんて言わせねぇぞ」
「うっ……努力します……」
同じレオナのはずなのに、やっぱり本物相手だと委縮してしまう。
芽唯がきゅっと身を縮こませると、レオナはため息をついて芽唯の頭を自分の膝の上に転がした。
「わ、ちょ、ちょっと」
慌てて起き上がろうとする芽唯の身体を抑えつけたレオナはにやりと笑う。
「俺はあいつと違って昼も夜も甘やかしてやれるんだが不服か?」
「ちが、は、恥ずかしいですよ……こんな日中から……グリムだっていつ談話室に戻って来るか……」
「あいつがいなくて夜ならいいのか」
「違います!」
ああ言えばこう言う、やっぱり写真のレオナと違って本物は意地悪だ。
けれど太腿のやわらかさも、頭を撫でてくれる優しくて大きな手の温もりも、なんだかんだで浮かべる笑みはそっくりそのままなのだから面白い。
「写真の私は……素直でしたか……?」
「聞けばなんでも答えたな。甘えることも我慢しない。本物もそうなってくれればいいんだがなァ?」
わざと自分と写真を比べているのがわかる。
言外にレオナは本物であるお前も甘えろと言っている。甘えていいのだと、何故そうしないと責めるような言葉を選んでいる。
「……なら、写真の私が望んだこと全部してください。私が何をしてほしいのかレオナ先輩はもう知ってるんでしょう?」
本物の芽唯が口にするには難しいことをきっとたくさん言ったに違いない。
ニヤリ笑ったレオナが「本当にいいんだな」と確認してくるのが少し怖かったが勇気を出して頷いた。
伸ばされた腕が背中に回る。抱き起こされ、応えるようにレオナの背に手を回せば満足そうにレオナの喉が鳴る。
『思ってたこと全部言えるな』
写真レオナの最後の言葉が脳裏をよぎる。
もしかしたら彼はフレームに収まり切れなくなってはみ出してきた愛が作り出した存在だったのかもしれない。
芽唯が隠そうとしたことを優しく暴いてしまった彼は深い愛情に満ちていて、彼の言葉を反芻した芽唯の口元が自然と弛む。
ぎゅっとレオナに抱きつきながら口を開いた芽唯はレオナに頭の上についている可愛らしい耳に向かって囁いた。
「不安になったら連絡してもいいですか……?」
「真夜中でも、毎日でも、お前からの連絡なら尻尾を振って喜んでやるよ」
らしくもなくレオナはそう言って本当に尻尾をぱたぱたと振ってくれる。
わざとらしい返事に芽唯がくすりと笑えばレオナがにやりと笑う。
「毎日は流石に先生たちに怒られちゃう」
「言わせとけばいいんだよ。お前以上に俺にとって大事なもんなんてねぇんだから」
「いくらなんでも私に甘すぎじゃ……」
「恋人がやっと素直になったんだ。また臆病になる前に甘え癖でもつけた方がよっぽどいい」
「もう……」
そう言って楽しそうに笑うレオナはどこか満足そうで、安心したようにも見える。
「朝でも昼でも夜でも不安になったらすぐ俺を頼れ。悩んだら相談してくれ。お前の抱えてるもんはお前ひとりの問題じゃない。俺達≠フ問題だろ」
前髪をかき分けるようにレオナが額をこすりつけてくる。
すりすりと合わさる額と額の距離が恥ずかしいが、レオナの瞳が真っ直ぐ自分を見つめてくるので逃げられない。サマーグリーンに吸い込まれたように見つめ返していた芽唯はゆっくりと瞼を閉じる。
「そう、ですね。どうにもならないからって全部自分だけで抱えようとしてました」
元の世界に戻るということは自分がレオナを失うだけではない。レオナも芽唯を失うということだ。
俺達を強調したレオナの言葉に気づかされた芽唯は震える瞳でもう一度レオナを見つめる。
「レオナ先輩、私……先輩といる時は不思議と不安な気持ちにならないんです。何が起きても大丈夫って、どこに行ってもきっと迎えに来てくれるって信じてるから」
帰りたいと思う傍ら、ここに居たいと願ってしまう。
なんてワガママなのだろうと我ながら呆れてしまうが、それが本心だ。
「だから、不安になった日は絶対呼ぶから。……必ず、会いに来てくださいね」
「あぁ」
頷くレオナが芽唯の肩に顎を乗せると体に巻き付いていた腕の力が強くなる。
この世界で最も安心できる場所で目を閉じた芽唯の心にもう不安はなかった。
もし、また心が不安定になってもこの腕がすぐに助けに来てくれると思えば怖くない。
それに、レオナは怒るだろうが、もしもの時はまた写真のレオナが助けてくれると……そんな気がした。
「……お前、今変なこと考えただろ」
「ふふ、レオナ先輩のことだけ考えてます」
「どうだかな」
本物も、写真も、やはりどちらもレオナだ。同じ形をした大きな愛で包んでくれる。
今度写真立てを買ってきてゴーストカメラで撮った写真を飾ろう。出来れば二人で撮った写真が望ましい。
写真の中でレオナの隣にいる自分を見れば、どんな夜も寂しく過ごすことはなくなる。何故かそんな気がした。
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