05
結局レオナに問いただすことが叶わないまま夜が来た。
自分の保身に走ってしまった罪悪感から芽唯は今日もソファで横になって項垂れている。
既にグリムは夢の中で先に部屋に戻っている。恐らく写真のレオナがもうすぐ姿を現すだろう。
「やけに元気がねぇな」
「……やっぱり出てきた」
頭上から降ってきた声。その主を見る為に顔を上げれば肩を竦めたレオナが視界に入ってくる。
「恋人が来てやったってのに随分な言い草だな」
「だって……レオナ先輩のせいでもういっぱいいっぱいなんですもん……」
本物のレオナが写真の自分と何をやっているのか気になって仕方がない。写真のレオナに甘やかされるとふにゃふにゃに蕩けてしまう。起きた時レオナがいないのが寂しい。
朝も昼も夜も、いつもレオナに振り回さている。
芽唯の身体を軽く持ち上げたレオナはそのまま自分の膝の上に芽唯の頭を乗せる。
すっかり慣れてしまった体勢に、芽唯は己の頭の位置をぐりぐりと動かして調整する。
「レオナ先輩、写真の私と何してるんだろう……」
自分だって人のことは言えない。
けれど、写真のレオナがこんなにも甘やかしてくれる事実が写真の自分とレオナの関係を妬ませる。
「さぁな」
大きな手が優しく芽唯の頭を撫でる。毎晩毎晩、楽しそうに、嬉しそうに、写真のレオナは芽唯を甘やかす。もしかしたら本物のレオナも写真の芽唯を同じように甘やかしているのかもしれない。
「『懺悔する覚悟ができたら』って言われたけど、お互い様じゃない……?」
芽唯もレオナもお互い恋人の写真と親しくしているというのなら立場は同じだ。
けれど、レオナの言い方はまるで芽唯だけを責めているようで納得できない。
「……もしかしたら写真の私の方が可愛いのかも」
写真のレオナは本物ほど意地悪じゃない。ならば写真の芽唯もきっと自分の気持ちに素直な女の子だ。
恋人のことが好きで、好きで、たまらなくて。レオナになら何をされても良くて、いろんなことがしたくて、いろんなことを話したくて。ずっとずっと傍にいたいと素直に言える。
「本物の私はこんなだもん」
偽物というわけでもないが、本人じゃない相手に弱音を零し、自分の偽物に嫉妬する。
写真の自分がレオナと何をしているか定かじゃないのに勝手な想像で苦しんで、拗ねて、泣き言を言う。
「比べられて『お前はいらない』とか言われたらどうしよう……」
どちらも同じ芽唯ならきっと素直な方がレオナだって可愛いと思うに違いない。今のうじうじとめんどくさい思考を抱えた己よりも甘え上手な自分の方が魅力的に映るはず。
「ンなこと言うわけねぇだろ」
「それは写真のレオナ先輩が優しいからで……」
「バーカ、ちゃんと目を開けて俺を見ろ」
「え……?」
言われた通り目を開け見上げれば、ずっと頭を撫でてくれていたレオナは手を止め何かを睨みつけている。
自分を見ろと言ったくせに、レオナがこちらを見ようとしないことが不思議で彼の袖を引くがレオナは何かから視線を外さない。
芽唯が身を起こそうとすると頭上に急に影が差す。
「えっ、あっ」
現れた影……寝ている芽唯を覗き込んできたのはレオナ。
しかし、そのレオナを芽唯に膝枕したままのレオナが睨んでいる。
視界に二人のレオナが現れた芽唯は瞬きを繰り返したまま「あっあっ」と小さく声を漏らす。
体が火照り、冷や汗が流れる。止まった思考は唇をただ動かすだけでそれ以上は何も発することが出来なかった。
「チッ、いい加減離れろ」
立ったままのレオナは芽唯の身体を抱き上げもう一人のレオナから引きはがす。
今まで芽唯に膝枕をしていた方のレオナは不服そうに肘掛けに肘をつくと頬杖を付いて相手を睨む。
「ようやくお出ましか。随分と遅かったじゃねぇか」
「えっ? なに、どういう……」
まるでこちらのレオナが現れるのを知っていたかのような口ぶりだ。
レオナの腕に抱えられたまま、二人のレオナを見比べた芽唯は自分を抱えたレオナの頬に手を添える。
「あの……本物のレオナ先輩……?」
「……以外のなんだっていうんだ」
「も、もう一人別の写真から出てきちゃったとか……」
「そう何人も俺がいてたまるか。……いや、待て、写真を探すな。これ以上面倒を増やすんじゃねぇ」
きょろきょろと部屋を見渡した芽唯はまだアルバムに挟んでいないレオナの写真の束を見る。遠目でわからないが、最初に抜け出してきた一枚以外はちゃんと中にレオナがいると思う。
「だ、だってレオナ先輩は部屋にいる時は写真の私と一緒にいるって……。そっちの方がいいのかなって!」
「ハッ、お前がそれを言うのかよ。写真の俺に随分とお優しくされてたみたいじゃねぇか。満更でもなかったんだろ。ン?」
「いや、あ……う……」
見られてしまった以上隠すことなんてできやしない。
返事に詰まった芽唯を無視してレオナは芽唯を抱えたまま写真のレオナの向かい側のソファに腰を下ろす。
不服そうに自分を睨むメモリーに目もくれず、芽唯の頭を自分の膝の上に乗せるとレオナは口角を上げ笑う。
「なァ、あいつに何をされたか俺に教えてくれよ。優しく頭を撫でられて、子守歌でも歌ってもらったか?」
「あの、えっと」
「言えよ。今ならまだ許してやれる。それともなんだ、おやすみのキスまで付いてたか? 俺に言えないようなことをあいつとして、だから口を噤むのか?」
笑っているのに怒っている。目の奥に燃えるような怒りが見える。
助けを求めるように写真のレオナへ視線を向ければ、それを許さないと言わんばかりに頭を掴まれ固定される。
「ひぁ」
思わず漏れた悲鳴に向かい側からため息が漏れる。まだ写真の彼はそこにいる。けれど、助け舟を出す気はないのか写真のレオナは無言を貫いている。
「おい」
しびれを切らしたようにレオナは芽唯を乗せた膝を揺らす。けれど、大きな手はそんな態度とは裏腹に優しく芽唯の頭を撫でた。
「だ、だって」
「だって?」
「レオナ先輩……絶対怒る……」
「怒られる自覚があるならなにより。だが俺は言ったはずだぜ。懺悔なら聞くってな」
確かに、昼にレオナは『懺悔する覚悟ができたら』とは言っていたが、その覚悟とやらはまだ芽唯にはできていない。
「懺悔は自分からするもので、要求するものじゃないはずです……」
待っていてくれるかと思ったのに、まさかその日に乗り込んでくるなんて思わなかった。
写真と会っていると確信して芽唯はレオナの部屋の手前で引き返したのに、レオナは躊躇せず踏み込んできた。恋人の行動力が恐ろしいと同時に羨ましい。絶対に芽唯にはできないことだ。
「で、でも、なんでレオナ先輩知ってるんですか……私……」
レオナに写真のことは聞いたが、それで夜な夜な逢瀬を繰り返しているのがバレることはないはずだ。
写真が動いていることは仄めかしたが、まさかタイミングぴったりに来訪するなんていくらなんでも情報がなければ出来るはずがない。
「ん」
寮服のポケットからスマホを取り出したレオナは芽唯に画面を向ける。そのままスマホを受け取った芽唯は開かれた画面を見て目を見開いた。
「えっ、ちょっと、何この写真⁉」
思わず身体を起こしかけるがレオナに許されなかった芽唯は彼の膝に頭を沈めながら慌てだす。
送信者名は自分。──もちろん記憶にない。
レオナに膝枕をされたまま眠りに落ちた自分。場所はどう見てもオンボロ寮の談話室。腕を伸ばし、口角を上げたレオナがもう片方の手で芽唯の頭を撫でながら撮った写真が添付されている。
「これを見た時の俺の気持ちがわかるか?」
「や、でも……。その……れ、レオナ先輩だって写真の私と過ごしてるらしいじゃないですか!」
スマホを返しながらレオナを見上げれば、本物は写真のレオナを睨み、写真のレオナは本物のレオナに対して勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
ただでさえレオナに責められているというのにレオナ同士で揉められたら芽唯一人では収拾が付けられなくなってしまう。
せめてレオナの意識を自分に向けるため少しだけ大きく声を張り上げればレオナはポケットから芽唯の写真を取り出した。
「こいつのことか? 確かに部屋にいる時、写真から抜け出してきて俺にあれこれ教えてくれたぜ」
そう言って渡された芽唯の写真は今はぴくりとも動かない。本物の芽唯が傍にいるからだろうか。それとも彼の自室じゃないからか。
「……ラギー先輩が私が泊まりに来てるって勘違いしてました。ずっと一緒にいるって。……そっちの私の方が面倒じゃなくていいんじゃないですか」
「なんだ、そう言うってことはお前は写真の俺の方が良いってことか」
「違います! だ、だって、本物の私は……その話を聞いてからずっと写真の私に嫉妬してる……」
レオナの制止を振り切って彼の膝から起き上がった芽唯はソファの限界ぎりぎりまで身を寄せてレオナから距離を取る。二人のレオナの視線が自分に集まるのを感じながら床に視線を落とすとぽろぽろ本音が零れ落ちる。
「写真の私はレオナ先輩とどう過ごしてるんだろうって、そればっかり考えて。自分のことを棚に上げて、なんで私じゃないんだろうって……」
ソファの上で膝を抱えて座り込んだ芽唯は自分の膝に顔を埋める。
「私は写真のレオナ先輩も好きだけど、一番好きなのは本物のレオナ先輩で。優しくしてくれるのも、撫でてくれるのも、そ、その先も、全部本物のレオナ先輩がいい」
始めは写真のレオナを本物だと思い込んでいた。けれど途中で違うと気づいて、気が付けばずっと本物のレオナと写真の自分のことばかり考えていた。
良くしてくれた写真のレオナには申し訳ないが、やはり芽唯にとっては本物のレオナだけが想い人だ。ずっと彼が心の中を埋め尽くす。
「……だとよ」
声だけではどちらの発言か判断がつかない。芽唯が顔を上げれば写真のレオナが肩を竦めてレオナを見ていた。
「うるせえ。先に煽ったのはテメェだろ」
「ハッ、勘違いだったとはいえ本物がされたことがない甘え方をされたんだ。自慢したくて仕方がなくてなァ。俺同士なんだから許されるだろ」
「許せねぇからこうなってんだろ!」
ぐるると喉を鳴らして本物のレオナが威嚇をすれば、肩を竦めたままレオナは立ち上がって芽唯の傍に寄る。
「他に思ってたことも全部言えるな?」
大きな手が芽唯の頭を撫でれば本物のレオナが大きく吠える。
けれど、やはりレオナ同士。怯むことなく芽唯を数度撫でた写真のレオナは満足そうに笑うと背を向けて写真の中へと戻っていく。最後に背中越しに振られた手が少し寂しそうだったのはきっと気のせいじゃない。
「あっ……」
思わず手を伸ばせば追いかける前に大きな体に後ろから抱きしめられる。
「おい、そこまで言っておいてまだあいつを追いかけるのか?」
「だ、だってあっちもレオナ先輩で……」
「お前のレオナは俺だろ。ちゃんと俺だけを見てろ」
ぎゅっと力が籠められ、レオナに寄り掛かる形で腕に収まった芽唯はぱちぱちと瞬きをしてレオナを見上げる。
「……もしかして、レオナ先輩も嫉妬してる?」
「当たり前だろ。お前は今ここで居眠りでもしてたのか? どうしたらこの流れで疑問に思うんだよ」
「だ、だって」
「だってはもういい」
レオナの腕が芽唯をもっと抱き寄せる。少し痛いくらいのそれはある種お仕置のようなものなのかもしれない。
言い訳を口にしようにも食い気味に遮られてしまった芽唯は改めて言葉を探す。
どんな言葉なら怒られないだろうか。いや、許してもらえるだろうか。
何度も出かける「だって」を飲み込みながらようやく芽唯が口を開く。
「その、写真のレオナ先輩を本物だと思ってたことは謝ります。全然見分けがつかなかったんです」
「……ゴーストカメラってのはそういうもんだからな」
「学園長が言ってた実体化したメモリーなんだって気づいたのは本当につい最近なんです。この間、レオナ先輩のお部屋の前までみんなと行って……」
「俺が写真のお前と話してるのを盗み聞きしたから、ってか?」
「うっ」
良く考えなくてもドア越しに聞き耳を立てるなんてとんでもないプライバシーの侵害だ。
けれど、レオナはそれ以上何を言うでもなく、何故かくつくつと笑いながら芽唯の頭に頬をすり寄せた。
どことなく満足そうなレオナは「それで?」と芽唯に話の続きを促す。
「中から聞こえるのは私の声だってジャックが教えてくれて、ゴーストカメラのことと結びついて……あぁ夜に会いに来てくれたレオナ先輩も写真のメモリーなのかなって……」
芽唯は本当にそれまでは本物のレオナが会いに来てくれているのだとばかり思っていた。レオナはきっと突然現れた芽唯が写真のメモリーだとすぐに気づいたに違いない。
「本物じゃないってわかって、ダメだなって思ったんです。わ、私はレオナ先輩が写真の私と何をしてるんだろうってすごく気になっちゃったから。レオナ先輩も知ったら嫌な気分になるかもって思って……」
「へえ?」
「……嫌いになってない?」
「なってたらこんなことしてねぇよ」
振り向いてレオナを見れば相変わらず楽しそうに笑っていて芽唯が首を傾げると大きな手がゆっくり芽唯の頭を撫でる。するすると髪の間に指を通す。写真のレオナとまったく同じ手つき、同じ温もり。
それが少しだけ罪悪感を膨らませ、芽唯はレオナから視線を外す。
「……んで、思ってたことはそれで全部か?」
「ま、まだ……あります」
写真のレオナが絶対にしてくれなかったことが一つある。
わざとしなかったのか、それとも出来なかったのかはわからない。
けれど、それを本物のレオナがきっとしてくれると確信していた。
「夜、ひとりが怖い時があるんです。だから、そんな夜は一緒にいてくれると嬉しいし……朝、起きた時も隣にいて欲しい」
レオナの腕の中に飛び込むように抱き着いて、顔を見られないようにする。
「……ひとりにしないで」
「あぁ」
相変わらず芽唯の頭に触れる大きな手はそれを許すようにぽんぽんと優しく叩く。
温もりを手放したくなくてもっともっとと力を強くすれば、応えるようにレオナは尻尾も使って芽唯を抱きしめた。
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