終
「こんにちはー、お届け物でーす」
「っ……!」
「あはは、そんなに怯えないで。学園長から話は聞いてるよ? 大変だったねぇ。君が無事でよかったよ」
「あは、は……えっと、ありがとうございます」
呼び出しに応じて玄関を開ければ宅配ゴーストが冷や汗をかく私を見てくすくす笑う。
どうやら私が巻き込まれた事件のことは知っているようで、私が荷物を受け取るとまさか連日自分が届けていた配達物がそんな危険な人からのものだったなんてと世間の怖さに震えながら帰っていった。
「……ゴーストでも怖いとか、身震いするとかあるんだ」
受け取った荷物の山の差出人を確認しながら振り返ると壁に寄り掛かっていたレオナ先輩が近付いてきて私が抱えていた荷物を奪う。
「どうやら、無事に片付いたようだな」
差出人を見たレオナ先輩はそう言うと魔法ですべての荷物を浮かせて運びながら談話室へと戻っていく。
私もその後に続けば談話室に残っていたラギー先輩がレオナ先輩が持っていた荷物を受け取って机の上に広げ始める。中からは手紙が添えられたプレゼントが何個も出てきてあっという間に置き場がなくなる。
「うわーすごい量ッスね」
「なんだ⁉ 食いもんか⁉」
ラギー先輩の傍で目を輝かせたグリムが机に登り、プレゼントの匂いを一つ一つ嗅ぎ始める。
「これ、誰からですか?」
どの箱も差出人の名前はキファジさんだった。けれど、どうにも様子がおかしい。
「アリス、エヴァ……。これって……」
封筒に書かれた名前を読み上げてみれば女の子の名前ばかりが並ぶ。
思わず顔を上げればレオナ先輩が肩を竦める。
「あの船で競売にかけられていた女性たちからの礼らしい。王宮にお前宛で大量にあちこちの国から届いたんだと」
「そんな……わざわざいいのに」
適当に選んだ一枚を開けてみれば手紙と一緒に写真が入っていて、笑顔で映っている女の子には見覚えがあった。
どれも内容は私への感謝と無事に家に戻れたことを知らせるもので、あんな思いをするのはこりごりだから家族と向き合ってみる、と書かれているものもある。
「でも、頑張ったのは私だけじゃないのになんで……?」
私はただ自分が狙われたことを利用して囮を買って出ただけにすぎない。
彼女たちを助けられたのはレオナ先輩、ラギー先輩、オクタヴィネルの先輩たち、それにフェローさんとキファジさんが引き連れてきてくれた近衛兵の皆さんのおかげで私はほとんど足手まといだったのに。
手紙に視線を落としたまま首を傾げているとレオナ先輩がテレビをつける。
『連日お伝えしているハーネス氏による少女連続誘拐事件ですが……』
ニュースキャスターの声と共に画面にはフラッシュを浴びながら随分とくたびれた姿のハーネスさんがどこかに連行される様子が映し出される。
実は捕まったのは彼だけじゃない。あの会場で競売に参加していた大人たちは全員捕らえることが出来た。もちろん、渦に巻き込まれてどこかへ消えたエディリダさんも。
というのもハーネスさんが自爆スイッチを押したことで転覆し始めた船から逃れる術を持っていなかった乗客の大半は海に飛び込んだんだけど、最後まで船に残り続けていた人たちもひっくるめて魔法で全員を拘束できる強い魔法士……ツノ太郎が協力してくれたからだった。
実は天候が荒れ始めた原因は応援の船にツノ太郎が乗っていたからなんだと知ったのはあの浜辺でキファジさんたちと合流した時。
リリア先輩とグリムと一緒にキファジさんの船に乗っていたツノ太郎は私の置かれた立場を聞いてとても怒ってくれたらしい。そんなツノ太郎の感情の揺れが大きな嵐を引き起こしたのだとレオナ先輩は呆れたようにため息をつきながら説明してくれた。
『どうして僕に相談しなかった』と私も怒られたけど、今囚われている女の子たちの救出はもちろん。過去の取引も含めてすべてを白日の下に晒さないと私の気がおさまらなかった。全部私のワガママなの。そう言えば彼は仕方がないなと困ったように笑ってくれた。
『また、過去の被害者も他の逮捕者の証言を元に保護を始めていて、既に数十人の少女やその……』
実際に保護された少女の家族が涙を流しながら感謝をする姿や、変わり果てた姿での再会となって崩れ落ちる姿が流れる。
過去の被害者たちは全員が無事だった、というわけではないけれど……。悪い大人たちに良いように利用され、誰にも知られないまま闇に消えてしまうよりずっといい。
少なくとも彼女たちはこの世界にある帰るべき場所に辿り着けた。私の気持ちはそれだけで満たされる。
「……何寂しそうな顔してんだよ」
「えっ……」
「少なくとも感謝されたことを喜んでるって顔じゃないだろ」
レオナ先輩に指摘され、思わず頬を触った私は手紙をプレゼントに戻して苦笑する。
「……よかったね、って言ってあげたいんです。家族の元に帰れて。家出して巻き込まれた子はまた家族と衝突することもあるだろうけど、今回の件でもしかしたら何か変わるかもしれないし」
これは決して綺麗なハッピーエンドではない。
悲しいこともあるし。人によってはまた家族と離れたいと決心する子もいるだろう。
それでも私の正義感というちっぽけな感情は満たされたし、ハーネスさんという悩みの種も解消された。
「なのに、いいなぁって、ちょっと嫉妬しちゃった。家族に会えてずるいって」
素直に祝福したい。それでも嫉妬心があふれ出てしまうのは許して欲しい。
彼女たちが迎えたハッピーエンドは少なくとも今の私に訪れることはないのだから……。
「メイくん……」
「……あはは、ごめんなさい。気にしないでください!」
最後の一つを箱から出したラギー先輩が困ったように眉間にしわを寄せると言葉を探すように視線を彷徨わせる。
私が少し重くなった空気を誤魔化すようにわざとらしく笑ってみれば目の前に突然白い何かが現れた。
「何言ってるんだよメイ〜! 僕たちがいるだろう〜!」
「そうじゃそうじゃ! わしらの娘が無事帰ってきた祝いをせねば!」
「お祝い⁉ うめぇもん食えんのか⁉」
ぎゅっと冷たくて柔らかいゴーストが私とグリムを一緒に抱きしめゲラゲラと笑いだす。
「そうだ! 玄関前に学園長が来ていたから通したよ!」
「えっ、学園長?」
「メイさんこんにちは。大活躍だったみたいですねぇ!」
ウキウキと談話室にやってきた学園長はラギー先輩に小さな箱を手渡した。
「これは私からの心ばかりのお礼の品です」
「あ、ありがとうございます……?」
なんで学園長からお礼をされるんだろう?
まだ作戦の成功祝いと言われた方がしっくりくる。というか、教師として危険なことをした私たちを叱ったりしなくていいんだろうか。少なくともクルーウェル先生にはとても怒られたのに。
「クロウリー……テメェ、やっぱり知ってやがったな?」
「はて、なんのことでしょう。私はただ彼を見定めろと、そう言っただけですよ」
「ハッ、普通ならするはずのないハーネスの野郎が付けた特殊な匂いを俺たちにも感知できるようにしておいてよく言うぜ」
「えっ⁉ あれって学園長の力だったんですか……⁉」
ハーネスさんからユニーク魔法の説明を受けた時からずっと疑問だった。
彼のユニーク魔法でターゲットに付けた匂いはハーネスさんがあみだした魔法をかけられないと感知することが出来ない。
なのに、そもそもこの騒動のきっかけとなったあの日、少なくともジェイド先輩、フロイド先輩、レオナ先輩の三人は私からその匂いを嗅ぎ取った。
「いえいえ、私は大切な生徒に魔法がかけられたことに気づいてほんのちょーっぴり弄っただけ。特殊なことは何もしていませんよ」
「そのちょっぴりが曲者なんだろうが……。ったく……相変わらず喰えねぇカラスだ」
ちっ、と舌打ちをしたレオナ先輩は不機嫌そうに目を伏せるとしっしっと学園長に向かって手を払う。
それを見ても学園長は気分を害した様子もなく、仮面越しに瞳で弧を描く。
「私、優しいので。ね、メイさん」
「は……はぁ……?」
思わず首を傾げてしまうけど、学園長は「では」と機嫌よさげにオンボロ寮を後にする。
「なんだったんでしょう……?」
「さぁな……」
深くため息をついたレオナ先輩は首を横に振るともう知らないと言わんばかりに口を閉じる。
「なあ子分、あっちの箱から食い物の匂いがするんだゾ!」
「え、生物だったらどうしよう。早く開けて確認しよっか」
「僕たちも手伝うよ〜」
「ふふ、ありがとう。じゃあゴーストの皆はあっちをお願い!」
私が指示を出すとゴーストたちはあちこちの箱を確認し始める。
なんだか急に忙しくなってきた。寂しさを感じる暇なんて私にはないのかもしれない。
◇◆◇
「俺が家族になってやる、くらい言うかと思ったッス」
「あ?」
グリムとゴーストたちを引き連れてメイがパタパタと動き回る。
落ち着きなく歩く姿は先ほど一瞬見せた憂いなどもう吹き飛んだかのように晴れやかだ。
「んな臭い台詞言えるか」
俺と同じく彼女を見守るラギーがじっとりと俺を見つめてくるのが煩わしくて俺はまた目を閉じる。
瞼の裏には先ほどメイが見せた寂しそうな表情が焼き付いていて思わず舌打ちをしてしまう。
彼女が吐露した寂しさを埋めるのはそんな簡単な話じゃない。
俺が家族になってやる?そんな台詞でメイの心が晴れるなら今すぐにだって言ってやる。
だが、あいつが望んでいるのは母親との再会だ。
その代わりになれるものは、この世界に存在しない。
手の届かないものを望む苦しさは嫌というほど知っている。下手な言葉は逆にメイを傷つけるだけだろう。
片目だけを開けてメイを盗み見ればゴーストが取り出した贈り物に目を見開いて驚いた後くすくすと笑い。何が面白いのかはわからないが一緒にグリムまでもが笑いだす。
今はただ、この歪な……家族と呼んでいいのかもわからない不可思議な関係を守ってやるのが俺の役目だ。
もちろんいつかは……、と望んでいるがまだその時じゃない。
俺はあのせっかちな野郎と違って狙った獲物が自ら飛び込んでくるまで泳がせる。
急いては事を仕損じる。そんなこともわからないほど馬鹿な捕食者に成り下がるつもりはない。
自分は自由なのだと、どこまでも泳いでいけると信じている少女はいつだって俺の手の中にいるのだから──。
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