終章


「あー、なるほど……そういうことッスか」

 レオナの部屋でラギーがネズミたちの声に耳を傾け、大きな耳が時折ぴくぴくと揺れ動く。
 その光景をベッドの端に座りながら、数日ぶりにちゃんと触れあえたレオナに寄りかかって見ていた芽唯が声をかける。

「ネズミさんたち、なんて言ってるんですか?」
「どうも片方の奴は仲間が変なもん食わないようにあそこに集めてたらしいッス。腐ったクッキーとかもあったんでしょ?」
「はい。だから最初は食べるために運ばれたのかも! ってびっくりしたんですけど、他はどれも食べられない物ばかりで」

 実はレオナが捕まえたネズミは最初に芽唯を攫った方ではなかったらしい。
 芽唯には見分けがつかなかったが最初に出会ったネズミは芽唯が笑いだした後から現れ、ネズミの言葉で「どうかそいつを喰わないでくれ」と懇願しながらレオナの足元に縋りついた。

「がらくた置き場って大半は食おうとも思わない物ばっかだけど、食べカスがついてたり、食うの忘れた菓子とかもたまに投げ込まれて良い餌場だったみたいッスね〜」

 そりゃ住み心地最高でしょ、と共感したラギーが「けど」と続ける。

「もう一匹みたいにあんま考えない奴とかにはボードゲームのコマとかヘルバくんの結晶とかも食いもんに見えるらしいッス」
「うーん……大きさ的な問題なのかな……」

 比較的どれも小さいものばかりで、ネズミの大きさでも余裕で抱きかかえて運べそうなものばかりだ。

「じゃあ、そっちのネズミさんは私を守ってくれたんですね」
「本人曰くそうみたいッスね。メイくんがレオナさんと一緒にいるところはよく見てた。なんで片割れが小さくなってるんだって言ってるから、あの部屋だけじゃなくうちの寮全体を縄張りにしてるっぽいなぁ」

 肩を竦めたラギーは「随分逞しいネズミちゃんッスね」と呟くとレオナに視線を移す。

「どうしますレオナさん。寮から追い出したところでまた戻ってきそうッスけど」
「………………」

 きゅっと眉間にしわを寄せたままのレオナはネズミを凝視するとため息をつく。

「食いでもなさそうなネズミなんていらなねぇよ。その辺に逃がしとけ」
「はーい。よかったッスね、ネズミちゃん。メイくんを守ろうしてくれたこと感謝してるってさ。お友達にも二度と追いかけたりしないよう、よーく言って聞かせておいてよ」
「おい、ンなこと言ってねェだろ!」

 ネズミたちを手のひらに乗せたラギーは背中にぶつけられるレオナの声を無視して部屋を出ていく。
 扉がバタンと大きな音を立てて閉められるとレオナはまたため息をついて後ろ向きに寝転んだ。
 ぽふりと横になったレオナが手を引くので芽唯も横になれば、二人の頭上で妖精たちが飛びまわる。

「まったく妖精騒がせなネズミたち。きっとアタシを襲ったのもあの二匹のどっちかね」
「それをあなたが言うの? メイを小さくして最初に問題を起こしたのはあなたでしょ!」

 大事そうに結晶を抱えて飛ぶヘルバを睨んだルタは頬を膨らませると「早くそれ持って帰りなさいよ!」とその背を押す。

「そうね。もうここにいる理由もなくなったし……」

 そう言って一度瞳を伏せたヘルバは少しだけ首を横に振ると芽唯に引っ張られながら身を起こしたレオナの正面まで飛び頭を下げた。

「……大切な人を小さくしたこと、今まで謝らなくてごめんなさい。メイも怖い思いをしただろうし、迷惑かけてごめんなさい。どうしても、誰かに助けてほしかったの」
「……あァ、とんだいい迷惑だ。おかげでやらなくてもいい大掃除をさせられて疲れちまったぜ」
「もうレオナ先輩!」
「だからとっととソレを持ってどっかに行けよ」

 シッシッと手を振るレオナは心底邪魔だとアピールするように芽唯の手から逃れるとベッドにまた横たわってしまった。
 芽唯は自分の体に少しだけ絡んだ彼の尻尾を擦りながらヘルバに向かって笑顔を向ける。

「『私たちのことはいいから、早くそれを直してもらいに帰ったら?』って言いたいみたい」
「おい」

 グルルと威嚇するようにレオナの喉が鳴るが、無視して笑えばそれ以上は何も言ってこない。

「私たちのことは大丈夫だから。落ち着いたらまた遊びに来てね」
「勝手なことばっか言ってんじゃねェぞ。二度と来るな。……二度と来なくていいからな!」

 わざわざまた身を起こしてそう言ったレオナは芽唯の身体を引っ張ると、腰を引き寄せ無理やり膝を枕にする。
 ぐりぐりと頭を押し付けられる感覚に苦笑しながらヘルバに向かって手を振れば、ヘルバも苦笑しながらようやく旅立った。

「もうレオナ先輩ってば、ちゃんと挨拶しないとダメですよ」
「先に礼儀を欠いたのは向こうだろ」
「『お願いします、助けてください』なんて頭下げられてたとしても絶対協力なんてしないくせに」
「当たり前だろ、なんでンな面倒なことしなきゃならねぇんだ」

 フンッと鼻を鳴らしたレオナが上を向くので前髪を梳きながら頭を撫でれば気持ちよさそうに目を閉じる。
 たった数日触れあえなかっただけで、こんな当たり前にしていた交流すら愛おしくて心地いい。

「残ったお家どうしましょうか」

 机の片隅に置かれたドールハウス。
 小さくなっていた時はあんなに大きく感じていたのに、元のサイズに戻ったらその小ささに驚いた。
 手のひらでしっかり掴めたドアノブも今では指先でつまむのがやっと。全身で浸かれた湯船も指が数本入るかどうかだ。

「ルタは……お花って立派なお家があるから使わないか」

 買った時、イデアがイグニハイドに引き取り手があると言っていたが少しの間とはいえ暮らした場所を手放すのはなんだか惜しいし、せっかく片付いたがらくた置き場にしまってしまうのもなんだかな……という気持ちになるのでどうにかできないかと案を考える。

「うーんうーん……ねえレオナ先輩」
「……なんだよ」
「レオナ先輩を小さくしたのはルタなんですよね」
「あァ、……それがどうした」

 あの時、その姿を見たのは一瞬だったが間違いなくレオナも同じサイズまで縮んでいた。
 理由を聞けば山のような荷物をどかすよりも、芽唯を攫ったネズミと同じ経路から追いかけた方が早いと判断したレオナはルタに自分を縮ませることは出来るかと問いかけた。
 元々ルタは小さな芽唯を守るためにレオナが同じサイズになってくれたらいいのにと考えていたらしく、ヘルバがかけたのと同じ魔法のかかったクッキーは声をかけたらすぐに出てきたらしい。

「だったら、またルタに……今度は二人とも小さくしてもらってあのお家で過ごすのもいいんじゃないかなー、なんて」

 冗談です、と付け加えながら下を見れば耳をピンと立てたレオナが目を丸くしてこちらを見つめている。

「あの、えっと、えっと……」

 慌てた芽唯は両手を広げてあたふたしながら言葉を探すが上手い言い訳が見つからない。

「くっ……ハハッ!」
「えっ⁉」

 笑いながら芽唯の膝から勢いよく起き上がったレオナは顔を手で隠すとそのままくつくつと笑い続ける。

「そうかそうか、俺のベッドよりおもちゃのベッドの方がよかったと」
「ち、違います! ちょっといつもと違う場所にお泊りみたいで楽しいかなって……!」

 お互いの部屋に飽きたとまでは言わないが、新鮮な気分になるのは間違いない。
 別荘やホテルの疑似体験、とまではいかないし、レオナにしてみれば普通にそうした施設を利用した方が早いと思うだろう。

「お部屋の中にいるのに窓の向こうにレオナ先輩のお部屋が見えるのとか、すごい不思議な気分だったんです!」
「はいはい、そりゃ楽しかったなァ」
「もう! バカにしてるでしょ!」
「してねェよ。こっちは心配続きだったってのに随分と満喫してたことを感心してるだけだ」

 はぁ、とようやく笑うのをやめて息を吸ったレオナはドールハウスを指差す。

「そんなに大事な家ならオンボロ寮にでも置いておけ。気が向けばお前の言う『お泊り』ってやつをしてやってもいい」
「それ絶対しないやつじゃないですか……。でも、持って行っていいなら談話室にでも置いておこうかな。グリムに壊されないよう気を付けよう」

 もしもグリムがぼうっと火を一噴きしようものなら木製のお家は見るも無残な姿になってしまうだろう。
 まあ、今のところ同じく木製のオンボロ寮も無事なのだから大丈夫だと信じたい。

「……それで?」
「はい?」
「今日はどこに泊まるんだ。俺の部屋かお前の部屋か……。それともさっそくあちらのお屋敷をご所望で?」

 わざとらしく目を細めて聞くレオナの問いかけに芽唯はちらりとドールハウスを見ると静かに首を横に振る。

「レオナ先輩と一緒に寝られるならどこでもいいです。固いプラスチックのベッドでも、ふかふかのベッドでも、なんだっていいんです」

 自分の膝の上に放置されていたレオナの手を取った芽唯は自ら指を絡める。普段レオナがしてくれるのと同じように隙間ができないようぴったりと。
 小さな体じゃ絶対に出来なかった触れ合いをしながら「ね?」と問えばレオナはゆっくりと息を吐く。

「…………そうだな」

 強く手が握り返されたかと思えばぐっと体が引き寄せられる。
 芽唯を腕の中に閉じ込めたレオナはそのまま後ろに倒れるとぐるりと尻尾を芽唯の身体に絡めて顎を頭の上に置いた。

「とりあえず今日は俺のベッドで我慢してくれ。流石に疲れた」
「ふふ、でもグリムのお迎えに行かなきゃだから起きなきゃですよ」
「毛玉なんてツンツン頭どもに預けとけばいいだろ……」
「もう……」

 絡まる腕の力は強くないのに抜け出す気にならないのは芽唯もしばらくこのままで居たいと思っているからだろうか。
 分け与えられる温もりを噛み締めながら芽唯はそっと目を閉じた。

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