09


 ちゅ、っと時折鳴くネズミの足取りには迷いがなく、住み慣れていることが伝わってくる。
 手入れが行き届いていないのはわかっていたがまさかネズミが住んでいるなんて、思っていたよりもがらくた置き場の状況は深刻なのかもしれない。

「どこに連れてくつもりなの……?」
「ちゅ?」

 巣穴がどこかにあるのだろうか。
 思わず問いかけてみれば立ち止まったネズミは首を傾げた。
 トレインの使い魔として飼われているルチウスや、オンボロ寮の周りに住んでいて交流を重ねた動物たちとは違う反応に芽唯はため息をつく。
 なによりもあまりにも普段彼らと接している時の自分とは大きさが違いすぎる。
 今のところネズミにこちらを捕食する意思はないようだが、鋭い前歯や尖った爪を武器として向けられたら芽唯はこの小さな命にすら勝つことは敵わないだろう。
 たったっ、と軽やかな足音で隙間を駆けるネズミは芽唯を捕まえたまま器用に壁を登ると小さな穴の前へとたどり着く。
 穴の中には千切れた雑誌のページがベッドのように固められていて、その傍らにいくつものよくわからないなにかが転がっていた。
 のしのしとゆっくり歩きだしたネズミは芽唯をそこに放り投げると鼻をひくつかせながら入口へと戻る。

「……もしかして、これってあの子の宝物置き場……とか?」

 自分の下敷きになったものを拾い上げれば何を基準に拾ったのかはわからないものが沢山出てくる。ボードゲームのコマらしきもの、カビの生えたクッキーの欠片に小さな瓶。
 ただ目についたものを集めているだけなのか、何か意図があるのかはわからないが、齧られた形跡はないので少なくとも餌置き場ではないのだろう。
 何故ここに運ばれたのかもわからないがネズミは既に穴から出て行き、いつでも抜け出せる状況のおかげで気分はだいぶ落ち着いてきた。

「ん? なんだろう……よ、いしょっ」

 とりあえずネズミの宝物置き場から立ち上がった芽唯は自分が座っていた場所の下にきらりと光る何かが見えた気がして思わず手を伸ばす。
 一部しか見えていなかったそれを、周りの物をどけて掘り起こしてみれば紫と翠が綺麗なグラデーションを作った結晶だった。

「えっ、これって!」

 その結晶を片手にさらにがらくたを掘り起こせば同じ大きさの結晶が見つかった。少し欠けてしまっているが、ヘルバが言う通りなら彼女の友人がきっと直してくれるに違いない。

「よかった……!」

 思わず両腕で欠片を抱きしめた芽唯は慌てて口を手で塞ぐと穴の外の様子を覗き見る。
 ネズミが帰ってくる気配ないが、ここに連れてこられた意図がわからない以上こっそり抜け出す方がいいに違いない。

「結構遠くまで来ちゃったよね……」

 荷物の向こうで自分を探す声はなんとなく聞こえるが、こちらの声はどうやっても向こうに届けることはできないだろう。
 どこからか安全に帰れないかと道を探してみるが、少なくとも床に降りるには壁を伝って降りなければいけない。見下ろせば近い所に荷物の山もあるが、仮にあそこに飛び移ったとして下に降りるための足場はない。

「どうしよう……」

 二つの結晶を失くさないようエプロンドレスのポケットにしまい込んだ芽唯は試しに壁に足をかけてみる。
 けれど、鋭い爪を持つネズミと違ってひっかかる箇所の少ない芽唯の手足では石造りのサバナクローの壁を上り下りするのは不可能そうだった。
 ずる、っと手足が滑ってしまう状況にすぐ壁を伝うことを諦めた芽唯は遠くを見渡す。
 目の前にはダンボールに入った荷物の山々。この遙か向こうにきっとレオナたちは居る。
 幸い、芽唯がネズミに連れ去られるのはレオナが目撃している。
 きっと物の分別は後回しにして最優先で自分を探してくれているに違いない。
 けれど、どこに潜り込んでいるかわからない状況で、潰してしまうかもしれないと慎重に作業を進めているとなれば彼らが自分のところに辿り着くのはいつになるだろうか。

「困ったな……」

 どうにかここにいると、自分も髪留めも無事だから魔法を使ってどかしても大丈夫だと伝える手段を見つけなければ。

「チリン、チリンリンリン!」
「なに……?」

 探し物が見つかった安堵と絶望が入り混じる中、ぼーっと遠くを見ていると鈴の音が鳴る。

「っ、ヘルバ⁉」

 音の出所を探してきょろきょろと辺りを見渡せばいつのまにか芽唯の隣にはヘルバが居た。

「チリリリ、チリン!」
「ご、ごめん……。何言ってるかわからないよ……」

 必死に何かを伝えてくれようとしているヘルバだったが芽唯の翻訳機はレオナが持っていた。
彼の手から零れ落ちて床に転がるところまでは見ていたが、どちらにしろ今この場にはない。
 ヘルバがどれだけ言葉を口にしても、芽唯には鈴の音にしか聞こえないことを伝えようと困った顔で芽唯は手でバツ印を作り首を横に振る。
 するとぱちぱと瞬きしたヘルバは言葉が伝わらないことにがっかりしたのか肩を落とし、少し大人しくなったかと思えばネズミの巣穴を覗き込む。

「あ、そうだ。これ……!」
「チリリリ!」

 ポケットにしまい込んでいた二つの結晶を手渡せばヘルバが目を潤ませて羽ばたいた。
 金色の粉が羽から飛び散るのを見つめた芽唯は喜んでいる姿を噛み締めながらハッとする。

「ねえ、ヘルバ! 私、下に降りたいの。あなたの羽根なら私を運べるよね……!」

 結晶を大事に握りしめたままのヘルバの手を取れば言葉が通じていないため彼女はきょとんと瞬いた。

◇◆◇
 
 身振り手振りでどうにか意図を伝えた芽唯はネズミの巣穴からロープのようなひも状の何かを探し当てるとヘルバと自分をそれで繋いだ。
 きっと元のサイズなら糸くずでしかないそれが、小さな今は大事な命綱にしか見えない。
 芽唯を抱えたまま彼女が飛べることは実証済だが、もしもに備えてなるべく強く糸を結ぶ。
 ぎゅうぎゅうと締め付けられるそれにヘルバは怒るかとも思ったが、意外と彼女は大人しく……結晶を見つけたことで気分が落ちついているというのもあるかもしれないが、結び終えると芽唯を静かに抱きしめ少しずつ宙へと浮かんだ。
 足場のある所で飛びあがってくれたヘルバはまず少しだけ今いるところよりも低い所にある荷物の山を目掛けて飛ぶ。
 芽唯だけでもジャンプでギリギリ届くであろう位置だったが、芽唯を抱えて談話室を飛び回ったことがあるヘルバは流石というべきか余裕で天辺に降り立った。

「チリチリン?」
「次は……あそこの角に飛ぼっか」
「リンリン!」

 まだ数分しか経っていないが、チリンチリンと鈴の音のような返事をするヘルバとの意思疎通にも慣れてきた。
 芽唯が指定した場所に飛んでくれるヘルバが迷わないよう、芽唯は彼女に身を任せながら少しずつ下に高度を落とせる段差を探しては指をさす。
 一番下まで降りれれば、その後は声がする方向へと耳を澄ましながら向かえばいい。
 そんなことを考えながら慎重に降り、途中で蜘蛛の巣に覆われていて飛べない方向もあったもののようやく床が見えてきた。

「次はこっち……って⁉」

 もう飛び降りても大丈夫そうな高さだったが、念のため床まで運んでもらおうと目的地を指差そうとした芽唯はとっさにその手を引っ込める。

「チリン?」
「へ、ヘルバ飛んで! あっち……ううん、こっちでもいいから!」
「リリリン⁉」

 芽唯が慌ててあちこちを指差すと緊急事態だと察したヘルバは先程までの安全飛行が嘘のようにスピードを上げて飛び始める。
 風を切る音と共に後方から「ちゅちゅ!」と鳴き声がする。カツカツと床と爪が当たる音を立てながら駆けるそれは二人を追いかけることにしたようだ。

「ちゅー!」
「さっきのネズミ⁉ それとも違う子⁉」

 首だけを後ろに向けた芽唯は駆けるネズミを見つめるがよくわからない。

「リリンリリリン⁉」

 迷路のような荷物の隙間を必死に飛び回ってくれているヘルバが「そんなことを考えている場合⁉」と叫んでいる気がした芽唯は前方に注意を向けると道が二手に分かれている。

「えっと……とりあえず右!」

 思わず勘で進行方向を決めれば、ヘルバは壁にぶつかりそうになりながらも芽唯の指示通り右折する。

「っ⁉」

 けれど、ここでついに運が尽きたのか、芽唯とヘルバの選んだ道は袋小路になっていた。
 本来隙間があるはずの場所には何かが詰め込まれた袋が無理やり押し込まれ、歪な形で完全に隙間を塞いでしまっている。
 急がなければネズミは後ろから追いかけてくる。しかし、ヘルバの体力はかなり消耗していて今から高度を上げて飛んでほしいというのは無茶なお願いだ。

「どうしよう……」

 逃げ道を探すためきょろきょろとするヘルバと一緒に芽唯も視線をあちこちに向けるが道はない。
 いっそネズミとすれ違う覚悟で道を戻るべきなのか。

「ヘル……っ」
「──平服しろ! 王者の咆哮(キングス・ロアー)!」

 ヘルバの名を呼ぼうとした瞬間、背後で袋が急に砂に変わる。
 雪崩込んできた砂を避けるようにヘルバが少し高度を上げれば杖を構えたレオナがまるで波のように砂に乗って二人の横をすれ違う。

「レオナ先輩⁉」
「先に行ってろ!」

 声をかければこちらに何か投げつけてきたレオナは向かってくるネズミに向かって魔法を放つ。

「スピード出すわよメイ!」
「えっ、あっ、ちょっと……!」

 慌てて受け止めればヘルバの声が急に翻訳されレオナが渡してきたのが翻訳機だと悟った芽唯だが、一人ネズミに立ち向かうレオナに再度声をかける前にヘルバは彼の作った隙間から脱出を図った。
 レオナが通った道はわかりやすく砂が散らばっていて、彼がかなり荒い方法で自分たちを探してくれていたことがわかる。

「けど、なんでレオナ先輩まで小さくなってるの⁉」
「知らないわよそんなこと!」

 先程までより荒っぽく、何度か荷物にぶつかりながら飛んだ二人はやっと明るい場所へとたどり着く。
 まるでスライディングしたかのように床をすべりながら着地すれば必死に荷物を切り崩していた寮生たちが一斉に二人を取り囲む。

「寮長は⁉」
「怪我はねぇか⁉」
「妖精! 姿が見えないと思ったら姫さんを探しに行ってたのかよ!」

 一斉にいろんな言葉を浴びせられて困惑した芽唯だったが、すぐにそんな寮生たちをかき分けてラギーが顔を出す。

「メイくん無事ッスか⁉」
「っあ、はい! でもレオナ先輩が……!」

 一瞬面を喰らってしまって黙ってしまった芽唯だったが、ラギーの手のひらに乗せられると慌てて状況を報告する。

「ヘルバの探し物は見つかったけど、レオナ先輩がどの辺りにいるかわからないから……」

 荷物の山を振り向けばレオナが居ないことに気づいた寮生たちは慌ててその山に手を伸ばす。
 元々崩れかけている荷物がぐらりと揺れ、いつ倒れてもおかしくない。そんな状況に息を呑みながら見守っているとラギーが「探しもん見つかったんスか⁉」と驚いた。

「え? えぇ、まあ……」

 目を見開くラギーにヘルバが結晶を二つ取り出して見せれば「なぁんだ」とラギーは安心したように息を吐くとそのまま大きく息を吸い込む。

「それなら……レオナさ〜〜〜〜ん! メイくんは無事だし、目的の物も見つかったみたいッス〜〜!」

 部屋中に響くラギーの声。そして何故か寮生が慌てて荷物から離れだすと芽唯もラギーの手に乗せられたまま壁付近まで逃がされる。

「なっ、何が……、っ⁉」

 何が起きるのか、そう聞こうとした瞬間バシャッと大きな音を立てながら荷物の山がすべて砂に変わって崩れ落ちる。
 あーあーと嘆く寮生たちは次第に舞い上がる砂ぼこりに耐え切れず、そしてラギーも芽唯を連れて室外へと逃げ出した。
 ぽかんと開いた口がふさがらなくなった芽唯は舞い上がる砂塵の中に浮かび上がるシルエットに気が付いて瞬いた。
 その人物は何かを握りしめているようで、拳を前に突き出したまま「あ゛〜」と放たれる声が少し機嫌が悪いことを伝えてくれる。
 なんとなく読めてきた状況に芽唯がくすりと笑えば、みんなの注目を浴びている人影はもう片方の手に握りしめた杖を一振りすると砂も埃も全部まとめて窓から風で吹き飛ばす。

「くそっ……全身砂だらけで最悪だ。ブルルッ!」
「やっ、ちょっとレオナ! わたしに砂飛ばさないで!」

 ブルブルと身を震わせてまとわりついた砂をまき散らせば、彼の傍らに飛んでいた妖精が両腕で顔を守りながら文句を言う。

「ったく相変わらずうるせぇな……さっきまでメイが喰われるって半泣きだったくせに」
「そ、それは仕方がないでしょう⁉ あっ! メイ、大丈夫だった⁉ あのネズミに齧られてない⁉」

 レオナの言葉を受けて頬を染めた妖精──ルタはこちらまで飛んでくるとラギーの手のひらに乗って芽唯の手を握る。
 そのままくるくると身体を回され全身くまなく確認された芽唯は、一瞬で空っぽになってしまった部屋とレオナの手の中で困惑し続けているネズミ。なにより、そんなネズミを握りしめてるレオナの姿がおかしくてけらけらと笑いだす。

「ふふ、あはははっ、いくらなんでも力技すぎじゃないですか?」
「緊急事態だったんだから仕方ねぇだろ……。助けられた奴が文句を言うな」
「はーい。ふふふっ、あはははっ!」

 どうしても笑いが止められない芽唯の声を聴きながら、砂にされるのを免れた荷物たちがまたがらくた置き場に戻された。

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