終
揉めている間に授業はすっかり始まっていて、大泣きして顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった芽唯は教室に向かう気にもならず、二人は揃ってサボることにした。
気持ちを伝えあったからか、自然と指が絡み合う手を繋いだまま、植物園へと向かう足は少しだけ軽く感じる。晴れやかとまではいかないが、手紙を書き終えたときよりも、もっともっと心が軽い。
「今日はこのまま全部サボるか」
「ダメですよ先輩! またラギー先輩が悲しみます!」
ぺたんと伏せた耳が可愛いけど可哀そうなラギーの姿を思い出す。果たして彼の努力は実るのか。来年にはもしかしたら同級生になるかもしれない自分たちの王の姿に肩を落とす姿はどこか哀愁漂っていた。
「お前の為を思って言ってんだよ。出れるのか、その顔で」
途中、水道で洗ったものの、乾いた涙の跡を消すことは出来ても腫れあがった瞼だけはどうにもならない。今の姿をヴィルに見られたら彼は目をひん剥き怒り狂うだろう。
レオナが魔法で用意してくれた氷を瞼に宛てながら想像したヴィルの何倍も実際の彼は恐ろしい。かくいうレオナも、芽唯が泣き腫らす原因を作った主犯として今度は尻どころか全身を叩かれかねない。
ぺたりと芽唯がいつもの定位置に腰を下ろすとレオナは我が物顔でその膝の上に頭を乗せた。
「先輩⁉ 何してるんですか⁉」
「あ? 俺の女の膝を枕にして何が悪い」
「お、おれ、俺の女ぁ⁉」
顔を真っ赤にする芽唯を見上げながらレオナの唇は楽しそうに弧を描く。あぁ、これはまたからかわれる流れだ。散々泣かされながら弄ばれた芽唯はなんとなくだがレオナのノリがわかってきた。
「お前は俺のものだろ」
「私はものじゃありません!」
「だけど言ったよな、俺のことが好きだって」
レオナの言葉に芽唯は口を真一文字に結ぶ。先ほどまであんなにも真剣な声音で囁いてくれた彼はどこに消えたのだろうか。
「そして俺もお前が好きだといった。そら見ろ、やっぱりお前は俺の女だろ」
「な……ぐっ……うぅ……」
何も言い返すことが出来ずに顔を真っ赤に染め上げた芽唯を一瞥すると、その太ももを堪能するかのように頬を擦り付ける。その度に彼の長い髪が肌を掠め、くすぐったさに身を引こうとすれば、腰を押さえつけられ動けなくなる。
「逃げるな」
「そんなこと言われても……」
逃げ腰になる身体をどうにか抑え、空いていた方の手で彼の頭をゆっくり撫でる。さらさらと指の間を通り抜ける髪が光に反射してキラキラと輝いた。
こんな美しい男の隣に本当にいてもよいのだろうか。美貌だけじゃない。彼には立場だってある。何も持たない自分がその寵愛を受けることに難色を示す者もいるだろう。
結局のところ、元の世界に帰る・帰らないだけじゃない。自分たちの間に障害と呼べる問題は山のように存在する。やっとの思いで一つを切り崩したところでまた別の問題が顔を出しただけに過ぎなかった。
なんとも前途多難な恋に、この先が不安になって芽唯はため息を零した。
「そうだ、タコ野郎の店の新メニュー。あれお前の世界の話か?」
「え、あぁ……。もしかして、もう取り扱ってるんですか?」
珍しい。レオナは磯臭いと嫌っているのにモストロ・ラウンジに行ったのだろうか。
自分の世界の物語に触れた感想が聞きたくなった。あれだけ詳細に話したのだろうから、さぞかし付属させると言っていたカードは文字だらけになったに違いない。
「それは知らねぇがアズールの野郎、厭味ったらしい顔しながらこれを渡してきたんだよ」
ポストカードサイズのそれには芽唯の予想通り文字がびっしりと敷き詰められている。裏と表を使ってどうにか一枚に一つのお話を収めたようだ。
レオナが胸ポケットから数枚それを取り出すのと一緒に自分の手紙が見え、出来ればそれも渡して欲しいという言葉をなんとか芽唯は飲み込んだ。恐らくだが、どんなにお願いをしてもレオナはあの手紙を手放すことはないだろう。
「お前、もっとまともな話は出来なかったのか?」
「そんな、私の世界ではとても有名で親しまれてるお話なんですよ!」
日本で生まれた子供なら誰でも一度は見聞きするだろう。個人の好みは置いといて有名な話には違いない。
渡されたというより無理やり押し付けられたであろうそれは、真面目に読み込んだのか少し端が痛んでいた。
「なら、それは嫌味か?」
「なんでそうなるんですか?」
よくもまあ上手いこと一枚に収めたものだと感心しながらポストカードを見つめているとレオナの視線を感じた。
「月に帰るだの、一年に一度しか会えないだの別れ話ばっかり読ませやがって」
「あぁ……」
確かに、日本の童話と言うのは恋にまつわるものは悲恋が多いかもしれない。特に意識していなかったが、星や月から連想されるものは恋の話が多かった。
「織姫と彦星は七夕の日が雨だとその年は会えないって言われてるんですよ」
「んな補足話誰がしろっつった」
牙をむきだして芽唯を睨むとレオナはふんっと鼻を鳴らして目を閉じた。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「で、でもあの二人は互いに夢中になって仕事をしなかったのが原因で引き裂かれただけで、ちゃんと日ごろから真面目に……」
真面目に授業を受けない目の前の男はまさにあの話当て嵌まるではないか。意外な共通点に気付いた芽唯は思わず口を閉ざす。本当に、まったく意図していなかったことだが、自分と距離を開けている間に好いた女が当てつけのようにこんな話を他者に聞かせていれば当人からしてみれば相当な嫌味に聞こえたのだろう。
かぐや姫も求婚を迫る帝──を確か国の王と説明して──を残し自分の世界へ帰ってしまう女性の話……。今更ながら、オクタヴィネルの三人が芽唯の語りを楽しんでいた理由が純粋に物語を気にいったからではないのかもしれないと背筋に冷たいものが走る。
「あの、ですね。これにはまったく他意はなくて……偶然といいますか……」
ごにょごにょと言い訳を始める芽唯をジッと見つめるとレオナは芽唯にばれないように静かに口元を緩める。
「なら、他の話を聞かせろよ」
「他の話……ですか?」
「まさか、お前の世界にはそれだけしか物語がないなんて言わないだろ」
確かにまだまだこの世界にない物語は存在するが、どんなものがレオナのお気に召すか全くわからない。
「じゃ、ジャンルは……?」
「任せる」
「それが一番困るんですけど……」
レオナはきっと夕飯のメニューを聞いても同じ答えを返すタイプだなと芽唯は肩を落とした。
「あぁ、でも一つだけ条件がある」
「条件?」
芽唯がレオナの顔を見ると彼は今日一番の笑みを浮かべた。
「とびっきり幸せになる恋の話を聞かせろよ」
「……っ、はい!」
◇◆◇
拝啓、レオナ・キングスカラー様
改めて手紙を書くとなるとなんだか気恥ずかしいですね。
気持ちが通じ合った今でも、自分の選択が正しかったのか、少しだけ悩んでしまう時があります。
でも、それは仕方がないことなんです。私たちが真剣に向き合う限り、避けて通ることの出来ない問題だから。
手紙を読まれたと知った時『またか』と思ったし、『酷い、意地悪!どうしてそんなことをするの!』そんなありきたりの言葉で頭がいっぱいになりました。
レオナ先輩の言う通り、あの手紙は全て貴方に宛てたものです。私の気持ちを、想いを、全部込めました。
正直、読まれることになるとは本当に思っていませんでした。だからこそ、レオナ先輩が私のことを本気で想ってくれているんだと改めて気づかされた。レオナ先輩、私が捨てようとした気持ちを掬いあげてくれてありがとう。今なら素直にそう思います。
だけど、言わないで欲しかった私が心のどこかに居ます。意地悪で、酷い人。それでも、やっぱり貴方が好き。
レオナ先輩、自分の気持ちに素直になるって難しいですね。オーバーブロットした皆さんのことを今後は強く言えないかもしれないです。
いつか必ず、私は、私達は選択を迫られる日が来るのでしょう。
かぐや姫の様に永久の別離かもしれない。都合のいい結末かもしれない。先の見えない未来の不安が消えたわけじゃないのに、こんなにも胸が温かくなるのはレオナ先輩の傍に居ることが許されたからでしょうか。
想いを告げたのに、もし元の世界に戻ることとレオナ先輩を天秤にかける日が来た時、貴方を選ぶと断言出来ない私は酷い女だと思います。
でも、お相子でしょう?
私の大好きな人は、意地悪で、横柄で、私の気持ちを知っているくせに自分を選ばせると宣言する人なんだもの。あの時の言葉、そういう意味ですよね。言葉にされなくてもわかりますよ。ずっと、レオナ先輩を見ていたから。
もし願いがなんでも叶うなら、お母さんや友達みんなに会えて、レオナ先輩ともお別れしなくて済む、そんな結末を私は迎えたい。
元の世界にあったお話ではないですけど、私が考える『とびっきり幸せになる恋の話』はきっとそんなハッピーエンドを迎えるんです。
大好きな人といつまでも、大切な人達に祝福されて……。
『──そして、いつまでも幸せに暮らしました』
私の世界での幸せな物語はその文言で締めくくられるんですよ。
レオナ先輩、もしいつか別れなければいけない日が来ても、それでも私も貴方の傍に居たいです。
敬具
P.S
雨が降った年は織姫と彦星は会えないって言ったけど、七夕の日に降る雨を出会えたことに喜ぶ二人のうれし涙とする説もあるんですよ。
私は、そっちの方がロマンチックなので好きなんです。
レオナ先輩もきっと好きになってくれますよね。
白藤芽唯より
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