01


 この世界でもハロウィーンはあるのだろうか。
 カレンダーを見つめながら隅に書かれたカボチャをきっかけに、まだ遠い月末のことを考えたその翌日。まさかこんなことになるとは思っていなかった芽唯は何度も大きな瞳を瞬かせては困ったように首を傾げた。
 ボロボロでも住めば都とはよく言ったもので、慣れ親しんですっかり帰る場所となったはずの我が家は少し離れている間に随分な様変わりを遂げていた。面影は残っているものの鮮やかな色の装飾が少し目に痛い。

「遊園地みたいになっちゃった……」

 大掛かりな装飾を目にする機会なんて精々テーマパークやイベント会場くらいだった芽唯にはディアソムニア寮が施した飾りに戸惑うばかり。
まるで地面を泳いでいるかのようにいくつも設置された龍の胴体部分だけでも一般家庭のどんな装飾にも勝るだろう。まさか自分の住居にこんな物が置かれる日が来るとは夢にも思っていなかった。

 ツイステッドワンダーランドという世界は芽唯の想像以上にハロウィーンというイベントを重んじているらしい。
 特にナイトレイブンカレッジは各寮が独自の飾りを施し、外部からの客に比較されたとき、自寮が最も魅力的だったと評価されたいという競争心がぶつかり合っていた。
 ハロウィーンがそんな大掛かりなイベントだとは露にも思っていなかった芽唯には寝耳に水。
 かと言って連絡不足の学園長に詰め寄ってみても適当にかわされるのがわかっているし、今更別の場所に変えて欲しいとお願いするのも迷惑だろうと芽唯は言いたいことは全て飲み込んだ。

 最初は自分と一緒に驚いていたはずの相棒はゴースト達と楽しく写真を撮ったのがたいそうお気に召したのか「ハロウィーン悪くねぇんだゾ!」と機嫌がいいのが救いだろうか。これで彼が機嫌を損ねて火を吐き出しでもしたらディアソムニア寮生との争いは避けられなかっただろう。
グリムやゴースト達が楽しんでいるのなら問題ないかと納得したし、寮内には手を加えないとのことで安心は出来た。窓の外に視線をやる度目に入る朱色にもそのうち慣れるだろう。
……そう自分たちは納得していた。

「……ったくトカゲ野郎、俺の縄張りで好き勝手しやがって」
 ぱしん、と不機嫌そうな尻尾がシーツを叩く。
「学園長が許可したらしいので、仕方ないですよ」
「それだってまずは住民に相談するのが普通だろ。お前何も聞かされてなかったんだろ?」
「まあ……大家さんには逆らえない、みたいな」

 二人で腰掛けると可哀そうなくらいギシリと音を立てるボロボロのベッドがやたら似合わない我らが王様。……もとい恋人のレオナ・キングスカラーは未だにこの状況が気に食わないらしい。
 連日飾り付けを頑張るディアソムニア寮生が引き上げる夕暮れ時。泊まる約束をしていた彼は記憶から大きく離れたオンボロ寮に愕然とし、門前で目を見開いて立ち止まっていた。なんとなく外が気になって芽唯が窓に近づかなければレオナはしばらくあそこで一人立ち尽くしていただろう。
 もしくはすれ違ったディアソムニア生達から察してマレウスに単身抗議に向かった可能性もある。

(レオナ先輩が動き出す前に気づけて本当によかった……)

 これが他の場所であれば「ここを選んだのか」くらいでスルー出来ただろうに。よりにもよって犬猿の仲のマレウスが恋人の住居を好き勝手飾り立てているとなればレオナの中の何かに火がついてしまってもおかしくない。

「何で寮の状況を早く言わなかった」
「ホームルームでハロウィーンのことは聞きましたし、一時的に外装をいじられるくらいならいいかなーって」
「よくねぇよ……。こんなことなら各寮の出展場所くらい聞いとくべきだったな……」
「そういうのって知らされないんですか?」

 ちょくちょく忘れ去られるオンボロ寮はさておき、サバナクロー寮も既に動き出しているし、寮長であるレオナがサバナクローの出し物を何にするかを決める会議に参加してないのも考えにくい。恐らく、どこの寮がどんな場所を押さえたかの情報もその時共有されているはずだろう。

「俺がンなこと聞くわけねぇだろ。今年の運営委員はジャックだ。あいつが把握してればそれでいい」
「もぉ……。絶対ジャック報告しましたよね」
「さぁ、どうだったかな」

 絶対言ってた。それを右から左に受け流したに違いない。

「そんなことより、オンボロ寮はどうするんだ?」
「どうするって……何をですか?」
「お前らのとこだけ参加しないってわけにもいかねぇだろ」
「あぁ……」

 するりと腕に絡んだ尻尾を撫でながらレオナの肩に頭を乗せる。引き寄せるように後頭部に回されたレオナの手が自分の髪の間を通り抜けるのを目を閉じ甘受しながら連日考えていたことを口にする。

「寮、って言っても生徒は私とグリムだけですし。スタンプラリーも関与してないのでお客さん寄りの参加でいいのかなぁて思ってます」
「ま、二人だけじゃ他の寮並みの飾り付けは無理だろうしな」

 各寮がそれぞれ思い思いの装飾を施して学園内のあちこちがゆっくりと変わり始めている。
 レオナと昼食を楽しんでいた植物園もハーツラビュルが使用するとのことで、最近はサバナクローが出展場所に定めたコロシアムの片隅を使わせてもらっている。
 体力自慢が多いサバナクロー生は資材を運び入れては着実に船の建設を進めていた。魔法を使っていたディアソムニア生とは違い全て手作業で、トンテンカンと釘を叩く音があちこちから小気味よく聞こえる空間は割と居心地がいい。
 サバナクロー寮生しかいないのでレオナが芽唯の膝を堪能しようと、彼女を抱き枕のごとく抱え込んで二人そろって眠りにつこうと誰も気に留めることはない。自分たちの王様が恋人と仲睦まじく過ごしているのに茶々を入れ、機嫌を損ねる勇気のある者は一人もいないからだ。
 一方芽唯は魔法も使えなければ腕力もさして無い。他の寮に唯一勝る部分があるとすれば女性としての感性くらいだが、美的センスでポムフィオーレに勝てる気がしないのでそれすらも微妙な所だ。
 人員的にも寮としての特色的にもオンボロ寮が出展側にまわるのはほとんど不可能に近いだろう。

「なら俺の寮にお前も混ざるか?」
「え? いいんですか?」
「どうせクロウリーのやつはお前らのことなんて放置で、別の寮に混ざってようが気にしねぇだろ」

 確かに、あの学園長がオンボロ寮に対して必要以上のことをするイメージがない。運営委員の話をなんとなく聞いたところ予算がどうのと言っていたが、オンボロ寮はそれすら組まれていないだろう。
大がかりな出し物どころか自分たちの衣装も用意出来なさそうなことに漸く気づいた芽唯はレオナの肩から頭を離して目をぱちくりと瞬かせる。

「私も海賊?」
「それは……後で考える」
「あ、今似合わなさそうって思ったでしょ」
「ンなことねぇよ」

 ごろんと枕目掛けてベッドに横になるとレオナは芽唯の腕を引き寄せた。大人しく従い一緒に寝転がった芽唯はレオナの胸元にすり寄ると伸ばされた腕を枕にして目を閉じる。
レオナの匂いに包まれると気分が落ち着くようになった今ではすっかり自然な流れでこのポジションに収まるようになっていた。

「ねぇ、レオナ先輩」
「ん?」
「夕焼けの草原でのハロウィーンはどんな感じなんですか?」

 目を開いて顔を覗き込みながら尋ねればレオナは少し思案するように目を泳がす。
リリアがどの国も内容に差は有れどハロウィーンが存在すると言っていた。レオナの母国、夕焼けの草原ではどのような祭りが行われるのか気になるのは当然だろう。

「さほど変わらねぇよ。飾って騒いで、菓子配って……」
「ふふ、チェカくんにおねだりされて大変だったんじゃないですか?」
「あいつが物心つく前に学園に逃げ込んだからな。毎年電話はかかってくるが直接強請られたことはねぇよ」
「チェカくんおじさん大好きなのに可哀そう」

 どこがだよ、とため息をつくレオナは足を芽唯に絡ませると面倒そうに瞼を下ろした。
 旨味が消えたからと実家を離れたレオナだが、なんだかんだで連絡を取っている辺り関係は悪くはないのだろう。ファレナのからまわる愛情も、チェカの寄せる憧れも、レオナは煩わしいと口では言うが、芽唯から見ればどれもレオナに欠かすことの出来ないものだと思えた。

「……変わらないですね。私の世界と。みんな家族でハロウィーンを楽しんでる」

 元の世界で母親と過ごしたハロウィーン。手作りの飾りにこの時期限定のお菓子のパッケージ。そんなに昔のことではないはずなのに、どこか懐かしさすら込み上げてくる。
 お母さん、元気かな。声が聞きたい。また会いたい。思い出は芋づる式に故郷の記憶を呼び覚ます。
 芽唯は少し潤んでしまった瞳を隠すようにレオナの胸板に顔を埋める。

「…………お前は?」
「え?」
「お前の世界のハロウィーンは具体的にどんな感じなんだ。聞かせろよ」

 不意の問いかけに顔をあげれば眉間に皺を寄せたレオナが静かな声音で尋ねてくる。まるで芽唯の気持ちを全て察して、その苦しみを共有しているかのような表情に別の意味で胸が詰まる。
 伸びてきた褐色の掌が頬を撫でる。芽唯の顔にかかった前髪を後ろに流しながら優しく触れ、その唇を親指がゆっくりなぞる。

「だから、変わらないですよ。こっちみたいに魔法はないけど……」
「良いから、聞かせろ。家族とどんなふうに過ごしたとか……たまには思い出に浸ってもいいんじゃねェか」

 額を寄せ、擦り合わせながらレオナは視線だけでもう一度芽唯を促す。
 サマーグリーンの瞳は何を思っているのだろうか。ただキラキラと輝くだけの宝石ではないことだけは確かで。覗き込めばその奥に柔らかい何かが包容されていることはわかる。
 暖かくて、優しくて。少しだけささくれ立ってしまった芽唯の心をそっと溶かす。

「なら、少しだけ。……楽しくなくても怒らないでくださいね?」
「俺はいつでもお前に優しいだろ?」
「うーん、そういうことにしておきます」
「あァ?」

 確かに今は優しいかもしれない。
 いつもは意地悪な恋人の優しさに甘えて、少し感傷的になった心をさらけ出しながら静かな夜を二人で過ごした。

 ◇◆◇

 思い出話を語りながら眠りについた芽唯の身体を抱き直したレオナはゆっくりと息を吐いた。
 似ているようで異なる文化で育まれてきた芽唯。珍しくハロウィーンは共通のイベントだったようだが、そのせいで少し彼女に故郷を、……家族を思い出させてしまったようだ。

(……寂しい、ンだろうな)

 自分にはない感情だ。実家なんて煩わしいだけで良い思い出はない。方向性を間違えた過干渉の兄とその嫁。憎たらしいのにやたら懐いてくる甥。あぁ、けれどこの少女と引き離されれば自分にもそんな感情も芽生えるかもしれない。
 獅子の腕の中で安堵し眠る馬鹿な女だが、もうレオナの世界に欠かすことの出来ない存在。愛だのなんだの、甘ったるい気持ちも今では心地よさを覚えてしまった。芽唯と過ごすことで変わっていく自分が案外嫌いじゃないレオナは口の端を緩ませてはその額にキスを贈った。
(こいつに合う衣装を考えさせて……、面倒だがハロウィーン期間も一緒に周ってやるか)
 いつもなら自寮の出展場所で惰眠を貪るところだが、今芽唯に必要なのは家族との思い出以上にこちらの世界のハロウィーンを満喫させることだろう。
 ならばその手を引くのは自分でなければならない。いつか学生時代のハロウィーンを振り返った時、彼女が口にする名がトランプ兵や火を吐く魔獣などでは未来の自分が機嫌を損ねることがわかりきっているからだ。
 ナイトレイブンカレッジのハロウィーンは日ごろ世話になっている賢者の島に貢献するため開催される。けれどレオナは今年のハロウィーンは大切な恋人を楽しませることに注力しようと胸に誓う。
もとより慈善事業なんてお断りだ。
 レオナの躾の行き届いた寮生達がスタンプラリーを問題なく運営すれば誰に文句を言われることもない。今年はあのジャックが運営委員。多少の助言は必要だろうが、あの生真面目な狼がサボるとも思えない。
 本番まであと一か月。それだけ時間があれば計画を練るなどレオナにとっては朝飯前だ。とびっきりのハロウィーンを過ごさせてやろう。
 腕の中ですやすやと眠る芽唯を見つめる獅子が優しい笑みを浮かべていたことはレオナ自身すら知らない……。

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