02


 着実に建設されていく船。傍らには金銀財宝……の見た目をした手作りの小道具が山のように積まれている。
 ラギーを中心に硬貨やアクセサリーを作り続けるサバナクロー生。大きな体に似合わないちまちました作業はストレスもたまりやすいのだろう。時折喧嘩が勃発しかけるが、レオナが一睨みすればすぐに収まる。
 当の本人は寮生たちの作業には目もくれず木陰に座る芽唯の膝枕で気持ちよさそうに寝ているが、現場監督の役割は果たしているからいいのかな。と、芽唯も特に気にせず彼に膝を貸し続けていた。
 休み時間や放課後を利用して続けられる設営を見守りながら本を読むのが最近の芽唯の日課だ。
 グリムは毎日サバナクローのやつらと一緒に過ごすなんてごめんなんだゾ!と、時たまどこかに遊びに行ってしまうが、大方エースやデュースにちょっかいをかけているんだろう。デュースには運営委員の仕事もあるし、あまり迷惑をかけていなければいいが、レオナの誘いを断れない芽唯にはグリムの面倒まで見切れないのが現状だ。

「メイくん。何考えてるんスか?」

 作りたてほやほやの硬貨を近くの山に積み上げてラギーが隣に腰を下ろす。
 ぼーっと見つめすぎていたのだろう。苦笑し本を閉じればラギーがこてんと首をかしげる。

「グリム、大丈夫かなぁって」
「今日も逃亡しちゃったんスか? オレ達随分嫌われたッスねぇ……」

 ラギーの声に反応しているのか、膝の上でレオナが身じろぎをするので頭を撫でる。耳の裏から後頭部にかけてゆっくりと何度か撫でれば動きが止まった。
 滑らかな髪に指を絡めながらラギーに気になっていたことを問う。

「レオナ先輩、本当に私が居ないと寮に帰っちゃうんですか?」
「半分冗談、半分本気ってところッスかねぇ。サバナクローがナメられて困るのはレオナさんも一緒なんで手は抜かねぇとは思うけど、オレらに任せて自分はのんびり……ってレオナさんならやりかねないっしょ?」
「確かに……」

 寮長として、サバナクロー寮を先導するレオナ。寮同士の意地の張り合いのようなハロウィーンを適当に流すということはしないだろうが、サボれる範囲で極力身を隠すということはしそうで困る。
 レオナが近くにいるから寮生同士のいざこざもこの程度済んでいるが、彼が現場を離れればもっと頻繁に起こってもおかしくないだろう。

「レオナさんは抑止力。群れの王様ってのは存在するだけで争いごとを牽制出来て当然なんスよ」

 そうッスよね、レオナさん。とラギーは口角を上げると作業に戻っていく。
 背を向け離れるラギーに手を振ろうとレオナの頭を撫でていた手を離そうとしたその瞬間、眠っていたはずのレオナの右手が芽唯の手を押さえつけた。

「やめんなよ」
「やっぱり起きてたんですか?」

 横向きから姿勢を変え、仰向けで芽唯の顔を覗き見るとレオナは彼女の腹に頭をぐりぐりと押し付ける。

「気づいてたならラギーなんて追い払えよ。知らないフリして人のことアレコレ好きに言いやがって」
「だって、私本当ならグリムを追いかけなきゃいけないんですもん。レオナ先輩が一人で良い子にしてられるならその方がいいなーって」
「残念だったな。俺は悪い子なんでその願いは聞けそうにない」

 レオナは身を起こすとわざとらしく耳を畳んで、けれど口元には笑みを浮かべているので説得力のかけらもない。
 けれどレオナのそんな所もなんだかんだで好きな芽唯は彼が離れても腰を上げる素振りすら見せなかった。グリムを追わなきゃというのも本心だが、レオナと一緒にいられる時間が大切なのもまた事実だからだ。

「姫さん姫さん!」

 キャンキャンとこちらに向かって声が飛ぶ。はち切れんばかりに尻尾を振って駆け寄ってきたのはイヌ科の獣人のクラスメイト。詳しい種族は忘れたが、喜びを露わにする尻尾は確かに犬のそれを彷彿とさせる。目の前にしゃがんで視線を合わせた彼はナイトレイブンカレッジでは珍しい純粋そうな瞳をこちらに向けた。

「またその呼び方……」

 恥ずかしいからやめてほしいと何度指摘しても直らない呼び名で頬に熱が集まる。
 レオナは確かに王子だが、その恋人=お姫様とは解釈できなかった芽唯は呼ばれるたびに萎縮するばかりだ。どれだけ否定してもサバナクロー生全体にすっかり定着しているそれを変えることは今更出来ないのだろうと最近はやや諦め始めている。
 今だって「何か問題が?」「姫さんは姫さんだろ?」と彼の瞳がそう訴えていて、これ以上言葉が出てこない。

「早く話を聞いてやれよ。でなけりゃ今にも尻尾がとれちまいそうだぜ、オヒメサマ?」

 芽唯の隣で木に背を預けたレオナは「なァ?」と正面の彼に同意を求めた。

「〜〜〜っ、ど、どうしたの?」

 わざとらしく言葉を強調するレオナに羞恥心がもっと高まる。わざとだ。絶対わざと!彼らに自分をそう呼ぶように仕向けたのはレオナなんじゃないかと疑いたくなるが、以前問い詰めたら違うと否定されたのでしつこく聞くことは出来ないが芽唯はそう思っている。
 ──実際のところは芽唯とレオナが付き合う前から本当に寮生が勝手に付けた呼び名なのだが誤解が解けることはこの先一生ないだろう。
 二人のやり取りを仲がいいなと呑気に眺めていたクラスメイトはレオナに顎で促され、ようやく本来の目的を思い出す。

「寮長にも聞いてほしいんですけど、衣装デザインどうします?」
「え、もしかしてデザイン担当?」

 ぱらりと片手に持っていたスケッチブックを広げると彼は頷く。

「どうせなら寮長と並んで映える感じがいいッスよね?」
「そりゃ当然だろ。こいつを誰の女だと思ってる」
「ウッス!」

 さらさらとメモを書き込んでは別のページを開いて悩む。
 手元を覗き込んでみれば貝殻がちりばめられた如何にもな風貌の海賊衣装が描かれている。

「わ、すごい。本格的」
「こいつ、まるでポムフィオーレ生みたいだろ。ちまちまスケッチブックに描き込んでるから何かと思って聞いてみればこういうのが好きなンだと」
「へぇ……才能あるんじゃないですか?」

 まず芽唯なら思い浮かばないであろう煌びやかなデザイン。三角帽から顔を出した珊瑚や貝がただの海賊ではないのだという異様な雰囲気を見事に演出している。

「へへ、あざっす!」

 照れくさそうに頬をかき、笑みを浮かべると芽唯の顔の前にペンをかざしてうーんと唸る。
 芽唯の為の衣装なのだからモデルにされるのは当然なのだが、そんなにじっと見つめられると今度はこちらが照れてしまう。
 女海賊の案は以前レオナに否定されたのでそれ以外なのだろうが、この沈没船と宝物に似合う女性用のデザインは芽唯にはさっぱり見当がつかない。

「何かいい案は浮かびそうか?」

 欠伸を噛み殺しながらレオナが声をかけるが、返事は返ってこなかった。三人の間を沈黙が走るが小さな声がボソボソと何かを呟いている。

「死んでも宝に執着する海賊。寮長はその船長で……ってなったら姫さんはその宝?」

 唸りながら筆を走らせる彼はレオナの言葉は完全に耳に入っていないのだろう。大きな耳をぱたりと伏せては芽唯の顔や体のラインをしっかり観察する。

「あの、先輩……。これ、私動かない方が良いんですかね?」
「指一本でも動かせばキャンキャン吼え始めるぜ?」
「えぇ……」

 つまらなさそうに彼を観察するとレオナは少しだけ腰をあげスケッチブックを覗き見る。スッと細められた眼差しが何を意味するのかわからない。
 ドサリとまた芽唯の隣に腰を下ろすとレオナは木を背凭れにし目を閉じる。膝に戻ってこない所を見ると本当に動いてはならないようだ。
 腕にしゅるりと尻尾が絡みついたのでそちらを見ようと視線を動かすが、すぐに「動かないで!」と声が飛んできて慌てて元の向きに直る。びくりと揺れた身体にレオナが肩を揺らしながら笑っているのを感じながらデザイン案が出来上がるまで石像のように硬直することを余儀なくされた……。

 

 肩が痛い。首が痛い。背中が痛い。
 不動のまま数十分、いや数時間だったかもしれない時間を過ごした芽唯は漸く解放されて動かした体が悲鳴を上げて少し涙目になった。
 じゃあ、後はお楽しみに!とどんなものを描き上げたのかを見せてもらうことも出来ず。立ち去るその背中を見送ったのが数分前。ニヤニヤと笑みを浮かべているレオナは終盤にもスケッチブックを覗き込んでいたので彼ならどんな風になっているのか知っているはずだが、尋ねたところで教えてもらえる気はしなかった。

「……ンな恨めしそうな顔すんなよ。当日の楽しみにとっとけ」
「そんな顔してないです……」
「そういうことにしといてやるよ」

 クク、と喉で笑うレオナは芽唯の頬を指先で数度つつく。芽唯は頬が膨らんでいる自覚があったので逃げようとするが、リーチの長さで勝てるはずもない。
 機嫌の良さそうなレオナは触れていた人差し指を離すと手を広げ、包み込むようにその頬を撫でる。
 愛おしいものを愛でていると言わんばかりの動きに恥ずかしさがこみあげてきた芽唯は諦めてレオナに近寄るとその胸にぽすりと顔を埋める。
 コロシアム内は既に水も引かれ、陽も落ちてきているので気温はだいぶ低いはずだ。
 それなのに火照る身体はどう考えてもレオナのせいに違いない。

「意地悪……」

 頬に触れていた手が後頭部に回される。数度往復した後、身体のラインを伝って腰に落ち着いたその手は帰路へ着くことを促すようにその背を押す。

「そろそろ、ラギーのやつが狸を捕まえてるはずだ。今日は寮に帰るんだろ? 受け取ったら送ってやるから」
「……はい!」

 立ち上がり、歩き出した頃には芽唯の頭から衣装デザインのことなど抜け落ちていた。
 もとより、レオナが任せた生徒が考えてくれるならきっと素晴らしいものが出来るだろうと心配なんて一つもしてない。
 数週間後のハロウィーン本番がまた待ち遠しくなった芽唯は言われた通り、ラギーの元へと向かった。

◇◆◇

「なぁ、子分。そのレオナ達が作ってくれるって衣装はいつ着るんだ?」
「本番当日じゃないかなぁ。私も詳しくは聞かされてないの」

 洗いたてふわふわの毛をブラッシングする。腕の中に納まっているグリムは時折気持ちよさそうに耳を揺らしては目を細めていた。
 サバナクローと常に一緒になど居たくないと逃げていく癖に芽唯の衣装のことは気になるのか、風呂に入れている間もやたらと進捗を聞いてきた。

「オレ様もかっけー衣装作ってもらいてぇんだゾ!」
「うーん……グリムの分はどうだろう……」
「なんでだ⁉ オンボロ寮の面倒見るってんならオレ様も混ぜるべきだろ!」
「それはそうなんだけど……。だってグリム、いなくなっちゃうじゃない? 今日一緒に居てくれればデザインも一緒に考えてくれたのかも」
「んぐ……ぐぐ……」

 タオルに身を包まれたグリムはその中でバタバタと暴れていたが少し考え込むように唸ると大人しくなる。
 その間に水分をしっかりとり、ドライヤーを可動させて残ったものも風で飛ばす。
 音がうるさいのかぺたりと耳は伏せられ。それでも何かを考え込むように唸り続けるグリムは珍しく芽唯にされるがままだ。
 いつもこうなら楽なのになぁ……とぼんやり考えていた芽唯は最後の仕上げにもう一度ブラッシングするとグリムの身体を隣の席に降ろす。

「しかたねぇオレ様、明日からはちゃんと一緒に居てやる!」
「衣装、作ってほしいならちゃんとレオナ先輩に『お願いします』って言うんだよ?」
「わかってるんだゾ!」
「ほんとかなぁ」

 息を荒くする相棒に肩をすくめた芽唯だったが、きっとグリムもとても可愛く飾ってもらえるのだろうと楽しみがまた一つ増えた夜だった。

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