終


 夢のような一夜は明け、いつもの学園生活が戻ってきた。
 もうどこにも手作りの装飾達は飾られていない。長いようで短いひと月。いつものように植物園で待ち合わせをしていたレオナと芽唯は昼食を食べ終えお互いの声に耳を澄ます。
 しかし、変わったことが一つだけ。

「レオナ先輩……本当に出なくて良いんですか?」
「いいんだよ。放っとけ」

 レオナのスマホからけたたましい呼び出し音が鳴りやまない。
 途切れたかと思えばまた鳴り始め、終いにはレオナは電源を落としてしまった。

「ご実家からですか? 急用とか……」
「あー……まァ、内容は想像ついてる」

 歯切れの悪いレオナの言葉に首を傾げた芽唯はそれ以上の追及をやめて手元の本に目を落とす。レオナが語ろうとしないならば、自分が首を突っ込むようなことではないのだろう。
 物言わぬ板となり果てたスマホを投げ出し、ごろりと横になったレオナは我が物顔で芽唯の膝を枕にする。慣れた様子で位置を調整して眠りに付こうと瞼を閉じた。
 秒で眠りにつくレオナの髪をゆっくりと撫で、しおりを挟んだページを開く。
 鳥のさえずり、草花が風で揺れる音。人工的に作られた空間だけれど、自然を感じるこの場所は昼寝にも読書にもぴったりだ。
 サバナクロー寮生たちの喧噪を恋しく思わないわけではないが、二人きりの時間が今は心地いい。
 ぺらりと音を立てながら何枚目かのページを捲るとどこからか慌ただしい足音が聞こえてくる
 気づいたレオナも顔を上げ、身を起こしては深く息を吐く。

「メイ! やばいって!」
「これを見てくれ!」

 ぴくぴくと動く耳を伏せたレオナは迷惑そうに顔を顰めて一年二人を睨みつける。美人が怒ると怖いと言うが、レオナの圧はまさにそれだ。
 レオナに睨まれ委縮した二人に苦笑しながら差し出されたスマホを受け取った芽唯は映し出された画面に目を丸くする。

「え、ちょ、ちょっと……なにこれ⁉」

 思わず手が震えてスマホを落としかけるが、後ろから覗き込んできたレオナがすぐに包んで難を逃れる。ククッと喉を震わす彼は訳知り顔と言ったようにニヤリと口角を上げた。

「あァ、想定以上にバズったな」

 リツイートといいねの数が尋常じゃない。ゴースト達とグリムの写真のように見ている瞬間にも次々とその数が増えていく。
 たかが数字、されど数字。対象になった投稿画像と増え行く数字を見比べては赤くなったり青くなったりを繰り返す芽唯は目の前の現実が信じられず、思わず腕に巻き付いたレオナの尻尾を強く握る。

「いって! なにすんだよ!」
「だ、だって、な、なんですかこれ!」
「実はこの投稿だけじゃないんだ」

 芽唯の手元から自分のスマホを受け取ったデュースは下に表示されたハッシュタグを押しページを変える。
 もう一度芽唯達の方に画面を向けたデュースすらも困ったように眉を下げ、隣のエースは何故かニヤニヤと笑みを浮かべてレオナを見ていた。

「もしかしてコレ、レオナ先輩の計画通り?」
「あァ? 人聞きが悪いな。俺らは単なる被写体だぜ」

 ハッシュタグ海賊と花嫁。末永くお幸せに。そんな言葉が羅列されたページにはあの日の夜のレオナと芽唯の写真が大量に並ぶ。
 恐らくあの日カレッジに来ていたゲスト達のあげたものだろう。中でも一番バズっているのはどうやって撮ったのか、芽唯を抱き上げるレオナを上から撮った物だった。

「この一枚がめっちゃ幸せそうだ〜って火がついて他の写真もあっという間にいいねを稼ぐもんだから、あの日来てた人たちがこぞって写真を上げ始めたらしい」
「なっ…なっ……」

 一躍ネット上で有名人になり果てた二人は対照的な表情をしていて、エースとデュース、そしてグリムは顔を見合わせては芽唯を見る。あぁ、これはやはりレオナの計画通りなのだろう、と。

「つーわけで、俺らは知らせたから。後は二人で話し合いなりなんなりしてくれよ」
「え、ちょっとエース! 話し合うって言っても……」

 一度あげたものは変えられない。マジカメモンスター達に困らせてられていた時のケイトの言葉を思い出す。
 呼び止めも虚しく三人はすぐに植物園を出て行った。仕方がなく、自前のスマホでマジカメを検索すれば数えきれないほどの自分たちの写真が大量のいいねを生み出していて眩暈がする。

「……まさか、さっきの電話!」
「おっと、気づいちまったか」
「気づいちまったかじゃないですよ!」

 これだけ騒ぎになっていて、写真の片割れが夕焼けの草原の王子と気づかれない訳がない。恐らく誰かがレオナの家族に写真のことを伝え、事実確認の為の電話が先ほどのアレなのだろう。

「ど、どうするんですか⁉」
「どうするって、なにがだよ」
「だ、だって、私達お付き合いしてることまだご実家に……」

 ただでさえ異世界人という負い目があるのに相手は王族。ご家族に挨拶なんてまだ行ってない。
 それなのに、プライバシーも何もないネットという大海原は芽唯とレオナの関係を勝手に彼の国まで届けてしまったに違いない。
 まだ見ぬチェカの両親ことレオナの兄夫婦。そして国のお偉い方になにを言われるかを想像した芽唯の胃がきゅっとなる。
 青ざめていく芽唯の姿に喉を震わせたレオナはニヤリと笑ってその頬に手を伸ばす。

「近いうちにご挨拶・・・に向かわねぇとな?」

 髪を梳いた手はそのまま後頭部を引き寄せ額を合わせる。
 スマホの中の自分達と全く同じ構図だが、あの時と違い自分の顔はひどく青ざめていることだろう。

「それよりも、なぁ……俺はまだあの恰好を褒めてもらってないんだが?」
「い、今更そんな……」

 かたりとスマホが手から滑り落ちる。
 海賊衣装で身を包んだレオナが笑う。芽唯のお気に入りのホーム画面だ。ロック画面と共にこの画像がマジカメで拾ったモノに代わるのはそう遠くない日だろう。

「褒めてくれねぇのか?」
「人ってびっくりすると言葉がでなくなるんですよ……」
「なんだよそれ」

 くつくつと喉元で笑うレオナは芽唯を見つめては満足そうに笑みを浮かべる。いつものニヤリとしたあの笑みじゃない。ふわりと頬を緩ませ、愛おしいものを見る……芽唯だけ知る笑みだ。

「もう……どこから計算してたんですか?」

 衣装のない恋人を哀れに思っての言葉だと信じていたのに。レオナの掌の上でひたすら転がされていたのがわかって恥ずかしい。

「お前だって言ってただろ。何事も良し悪しは使い方次第だ、ってな。俺は俺なりにマジカメを正しく使っただけだよ」
「他人の投稿を利用するなんて思ってもみませんでした……」
「そりゃ、王ってのは他人を使ってこそのもんだろ」

 レオナが片手でスマホ画面をスワイプすればまた一件投稿が増える。
 増え続けるそれと比例してレオナの実家からの連絡もきっと増えていくのだろう。

「今度、ちゃんとご挨拶させてください……。こんな形じゃなくて……」
「あァ、兄貴にもそう言っておく」

 だが、その前に。そう言って芽唯と額を合わせたレオナは頬を染めた芽唯を見つめて目を閉じた。
 応えるようにゆっくりと瞼を下ろす芽唯は自分のスマホが鳴り響くことをまだ知らない。



 ──数年後。
 誰の記憶からもあの時のハロウィーンが薄れたころ。
 どこかの国の王子がなんの後ろ盾もないただの少女と式を挙げた。
 兄やその妻、そして甥っ子は歓迎したが、お偉方にはその結婚を良しとしないものも居ただろう。
 けれど、そんな陰口もすぐに止む。

「ねぇ、あの写真の二人どっかで見たことない?」

 そんな誰かの呟きがきっかけだった。
 一度載せた画像は二度とインターネット上から消えることはない。
 情報と時の流れに埋もれたそれも簡単に掘り返された。

「あぁ、やっぱり。あの時の海賊と花嫁だ」

 どれだけ時間が経って、衣装も変われど、純白に袖を通した二人の幸福そうな笑みは変わらない。
 他国の王族の結婚など普通はそれほど興味を持たない層も、時の人となれば話は別だ。
 あの時ナイトレイブンカレッジに足を運んだ者。たまたまマジカメで写真を見た者。
 理由は違えど、あの日の二人が記憶に焼き付いていた者達は声を揃えてこう言った。

「末永くお幸せに」

 自国のみならず。他国の民衆からも祝いの声が寄せられる夫婦の仲を引き裂けるものなど誰もいない。
 文句を言いたげだった家臣達は口を噤み。ネット上では顔も知らない者たちから祝いの声が次々と寄せられている。
 数年越しの計画が想定通りの結果をもたらし、満足そうにスマホを伏せた獅子は漸く正式に自分のモノになった花嫁の頭を撫でた。

「言っただろ、俺は俺なりに正しく使っただけだって」

 キングサイズのベッドで横になる花嫁は何も知らずに寝息を立てる。
 式を挙げる直前まで不安がっていた大事な番は目覚めたら、あの日のように青くなったり赤くなったり忙しくなることだろう。
 隣に寄り添うように横になった獅子はそんな姿を想像しては目を細める。
 ハッピーエンドはいつだって自分たちの手で掴み取るものだと教えてくれた愛しい花嫁の待つ夢の世界へ自分も行こう。
 旅立つ時間は三秒あれば十分だ。

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