終


 芽唯達が無事ステージを終えた後、運悪くスコールに降られたラギーとグリムを逃がしたり、アンコールを求める妖精達に捕まって再度ステージに上げられるなどハプニングは続いたが、機嫌を良くしていたレオナが全てを万事解決し、『視線もティアラも独り占め大作戦』は大成功のまま幕を下ろした。
 無事に鏡の間に魔法石が戻り、学校中の室温は平常通り過ごしやすいものへと戻っていった。
 冬眠寸前だったサバナクロー寮生達も今では元気に尻尾を振りながら授業に参加しているし、スカラビアの砂漠からは雪が消えた。

「じゃあ、フュシャとグラジオは郷に戻るんだ」
「あぁ、おれ達は元々おまけで来てただけだから」
「本物の人間の男女、最高だったわ」

 祝祭はまだまだ続くようだが一足先に郷へと帰ると二人がオンボロ寮を訪ねてきた。
 なんでも、二人は実際に恋する男女を見るのを兼ねて郷から送り出されていて、レオナと芽唯に出会ったことでその目標が達成されたから帰還が許されたらしい。
 春先に旅立てば恋する男女を見かけやすいという彼らの郷長の目論見はだいぶ見当外れだったが、実際にナイトレイブンカレッジで自分達に出会ったのだから悪運だけは強いのかもしれない。

「寂しくなるね」

 会場に潜入する際入手した妖精達の声と同じ綺麗な音色を奏でる鈴は手元に残るが、使う機会はめったにないだろう。

「そうね。でも思い出を振り返ればわたしはいつでもそこにいるわ」
「もちろん、おれも」
「うん。そうだね……!」

 フェアリーガラ。魔法石が盗まれたと知った時にはどうなることかと気を揉んだが、終わってみれば最高の思い出だけが残された。

「ねぇメイ。わたしたち、もう会うことはないかもしれない」
「けど忘れないで、おれたち恋の妖精はいつだって誰かを愛して、信じる人の前に現れる」
「二人とも……」

 きっとフュシャと出会わなければ芽唯はきっと自分を信じることができなかった。
 ステージなんて無理だと断って、歓声を浴びるレオナ達を遠目に見ていたに違いない。

「メイの恋が難しいものだってのはわかってるけどさ、レオナだって……っと」

 グラジオが何を言いかけて口を押さえる。

「危ない危ない。レオナに言うなって言われてたんだ。今のは無し!」
「レオナ先輩……?」

 慌てるグラジオはこれ以上口を滑らす前にと背を向け飛び出した。
 フュシャと違って彼はレオナと共にいる時間の方が長かった。男同士で何か芽唯には言えないようなことを共有したのかもしれない。
「あぁ、もうグラジオってば!」ダンっと足踏みをしたフュシャは名残惜しそうに芽唯に背を向けると宙を一回転。きらりと光ったピクシーダストがオンボロ寮の談話室へと降り注ぐ。

「ねぇ、メイ。わたしの言ったこと覚えてる?」
「なに?」
「妖精は祝福を贈るの。わたし離れていてもメイの恋を応援してるわ」

 部屋の片隅で何かが光る。

「あれは贈り物。きっといつか役に立つ。あ、今は触っちゃダメよ。だってこの間かけた魔法がまだ残ってるんだもの」
「もしかしてステージに立った時?」

 自分に反応するように咲き乱れた不思議な花。そして溢れ出した妖精の粉。
 どちらも妖精の力だと見当をつけていた芽唯が問えばフュシャはすぐに頷く。

「メイ言ってたでしょ。レオナのお姫様になりたいって。だから、あの場で彼の雄々しさに負けないような可憐なお姫様にわたしの魔法でしてあげたの」
「……ありがとう。おかげでステージも凄い盛り上がった」

 会場の妖精達はすれ違うたびに口々に「お似合いだね」「流石夫婦だ」とレオナと芽唯を褒め称えた。
 満更でもなさそうなレオナの様子に芽唯も思わず口角を上げていたのは彼には内緒だ。

「でもあれは魔法だけの力じゃない。メイが頑張ったから得られた結果なの。これからも自分を信じて、レオナのことも信じてあげて。大丈夫、あなたたち本当にお似合いだわ! 妖精達のお墨付きなんだからもっと胸を張って!」
「……頑張ってみる」

 夢のような時間が終わりを告げて、いつもの学生生活が戻ってくる。
 きっとまた、自分は日記に秘めた想いを綴るようになるだろう。それでも心の片隅でレオナとの未来を願うのもやめられない。一度見てしまった夢を人は忘れることが出来ないから。

「ふふ、それじゃあ本当にさよならね。もう外で寝ちゃだめよ」
「わかってる」
「あと、それから。お部屋の鍵はしっかり閉めて。あれじゃ妖精だけじゃなく悪いものまで招いてしまうわ」
「それもわかってる」
「あと、それから。それから……」
「フュシャ」

 指折り伝えたいことを考えるフュシャに芽唯が声をかけると彼女は顔を上げて芽唯を見る。
 決してこれは今生の別れじゃない。
 難しいかもしれないが、またいつかどこかで会える可能性はどこかにある。
 だって、信じる心はいつだって、未知への扉を開いてくれるのだから。

「またね、フュシャ」
「! えぇ、また。またねメイ!」

 遠くで待つグラジオを追うようにフュシャはオンボロ寮の窓から旅立った。
 何度も何度も振り返り、別れを惜しむ妖精の姿が空の果てに消えて見えなくなっても芽唯はしばらくその空を見つめ続けた。

◇◆◇

 校舎でレオナとすれ違う。
 頻繁に起こることではないが、滅多にないわけでもない。ようは偶然による出会いに芽唯は思わず声を上げた。

「あっ」

 そんな芽唯の小さな声を拾った獅子の耳がぴくりと動き、レオナが気怠そうに足を地面に擦りながら向かってくる。

「おはようございます。レオナ先輩。今日もお昼は中庭でいいですか?」
「あァ……。ったく、あいつらいつまで祭りを続けるつもりなんだか」
「ふふ、植物園に早く戻りたいですね」

 未だに続く後夜祭のおかげでレオナは縄張りを取られ、仕方がなく中庭で昼食をとる日々が続いている。
 フェアリーガラ以前と変わったのはそれくらいで、レオナの歩き方は見慣れたものに戻ったし、フュシャとグラジオのかけた魔法も効果を失っていた。
 いつも通り、平和な日常。
 この時間を取り戻すために頑張ったというのに、あの頃を懐かしむようになるなんておかしな話だ。

「今日の飯は……肉か」
「お肉以外を出すと先輩怒るじゃないですか」
「当たり前だろ」
「たまにはちゃんとお野菜も食べてください。おかずにいっぱい用意してきましたから!」
「余計な事しやがって……」

 今はまだ、この関係でいい。
 素直になれる自分はあの日に置いてきてしまった。日記のページはどんどん増えるし、言えないことも募っていく。
 けれど、レオナとの未来を諦めている一方で信じ続けている自分もまだそこに居る。
 信じる心があればいつだって、恋を応援する妖精が助けてくれると芽唯はあの日知ったから。
 枯らしてしまおうと思っていた恋心に少しだけ水を上げ、蕾を付けるのも悪くない。
 もしかしたら、道を見失ったあの日のように獅子の王子がその蕾を見つけ、優しく花開いてくれるかもしれない。

「もうすぐ予鈴が鳴るころだから、私行きますね。レオナ先輩もちゃんと授業に出てくださいよ」
「ラギーみたいなこと言うんじゃねぇよ」
「そのラギー先輩の頼まれてるんですっ!」

 あー、もう、わかったよ。うんざりと肩をすくめたレオナは芽唯とは反対側の校舎へ向かう。
 レオナに背を向けた芽唯もまた建物の中へと戻れば彼女を待っていたマブ二人とグリムが合流する。
 春が訪れた学園で、芽吹いたばかりの恋はまだまだ成長途中だ。
 けれど、その恋心が花開くのもそう遠い話ではないのかもしれない。

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