08


 レッスンを続けたレオナと芽唯。そしてジャミルとカリム達はついに本番を迎えていた。
 ラギーとグリムを加えた一同はカリムのおかげで全員が翻訳機を手に入れ、なんとか会場への潜入に成功した。
 ちなみに芽唯が持っていた翻訳機は感情に重きを置く妖精であるフュシャとグラジオの里に伝わる人間と自分達を繋ぐためのもので、怪しまれる材料になりかねないので事前に彼らにお返しした。

「よかったわね、メイ。あとは本番を待つのみじゃない」

 芽唯の肩の上で両足をぶらつかせていたフュシャは潜入メンバーを見渡し笑う。

「バレないように祈ってるわ。ね、グラジオ」
「あぁ、そうだな」

 レオナの肩から飛びだったグラジオがフュシャの手を取り、二人は寄り添いながら空を飛ぶと芽唯とレオナの上を旋回する。

「わたし達、特等席で見てるから」
「それってどこ?」
「女王様のお隣さ」

 まさかの位置に全員思わず顔を見合わせる。「ってことは」と口を開いたラギーは不安そうな声をしている。

「あんたらはオレがすり替える瞬間めちゃくちゃ近くにいるってことッスか……」
「えぇ、そうよ!」
「うっわ、ほんと最悪! 絶対オレの方は見ないこと、変に意識を逸らすのも無し。自然にふるまうんスよ!」

 相当やりにくいに決まってる。慌てて詰め寄るラギーに妖精二人はくすくすと笑うだけだ。

「さぁ、それはどうかしら。ステージが盛り上がってれば自然とそうなるかもしれないわ」
「そうだよな! ラギーがやりやすいようにオレらが頑張ってやらないと!」

 頷くカリムの隣で神妙な面持ちのジャミルが息を吐く。言っていることは正しいはずなのに妙な不安に駆り立てられる。
 思わずレオナを見上げれば、ちょうどこちらに振り向いた彼と目が合う。口元を緩ませたレオナは芽唯の肩を軽く抱き「魅せてやりゃいいんだろ、なァ?」となんなく言い切る。芽唯の頭に頬を寄せたレオナは機嫌が良いのか尻尾まで彼女に巻き付けニヤリと笑う。

「やけに自信満々なんだゾ、レオナのやつ……」

 腕の中でグリムがレオナの態度に不信感を募らせるが、レオナとの距離の近さに軽く混乱状態に陥った芽唯にそんなことを気にする余裕はない。

「う、ひあ……は、っはい!」

 声が上ずる芽唯にますます不安になるグリムだったが、この場で彼と同じ気持ちなのはジャミルだけだった。

◇◆◇

 華やかなステージに次々と春を呼ぶために妖精が登壇する。
 ものづくりの妖精が彩った鮮やかな飾り。どこから摘んできたのか咲き誇る花々。
 まだ蕾のモノも多いけれど、女王を中心に植物園には確実に春が訪れ始めている。

「これがフェアリーガラ……」

 気候の安定しない校舎や寮に比べて植物園は温かく、冬が終わったと言われれば誰もが頷くだろう。

「俺達の出番は……次の次か」
「じゃあ、グリム。お願いね」
「任せたぞ!」

 グリムの首からストラップを付けたスマホを下げる。
 地面に降ろして彼をカリムと共に見送った芽唯はそれぞれの配置に付く。
 今頃ラギーは女王の近くに潜伏し、グリムは会場全体を見渡せる場所へと移動している。
 準備は万端。後はステージを成功させ、イミテーションのティアラとすり替えるだけだ。
 ここまで来るのにとても長い時間が経ったと思ったが、練習を始めてからまだ一週間も経っていない。
 あと少し、あと少しですべてが報われる。
 出番まで少し早いがレオナの腕に手を絡める。過度な触れ合いを嫌う彼には嫌がられるとも思ったが、振りほどかれることはなく。それどころかもっと近づけと言わんばかりに腰を引き寄せられた。
 メイクが触れないよう気を付けながら彼の腕に顔を寄せれば満足そうなレオナの尻尾がまた腰に絡む。

「……すみませんが、レオナ先輩。イチャつくのであれば本番後でお願いします」
「なに言ってんだ。夫婦って思われてるんだから寄り添っておかないと不自然だろ」
「……まったく」

 ため息をつくジャミルとは反対にカリムは「二人は仲がいいな!」と満面の笑みを浮かべる。

「夫婦……」

 慣れない言葉を口で転がす。
 あちらからの勘違いとはいえ、どうしてこうなってしまったのだろうか。
 話は入場直後に遡る。



 妖精から好意で鈴を貰った一同は意気揚々とステージへの参加登録へと向かった。
 何を置いてもまずは登壇権利を得るのが最優先。周りの小さな妖精達と比べると大きさがかなり違う芽唯達はかなり注目を集めてしまった。
 受け付けは筒がなく終わったものの気が付けば妖精達に囲まれ、どこの国の妖精だ、なんの妖精なのかと質問攻めにあう羽目になった。
 あまりの勢いに怯えた芽唯をレオナが背に隠せば二人の関係性に注目が集まる。紅一点というのもよくなかったのかもしれない。

「……夫婦だ。あまり俺の妻にちょっかいかけんな。せっかくフェアリーガラに来たって言うのに春を祝う前に国に帰るって言い出したらどうしてくれる」

 わざとらしく大きなため息をついたレオナに手首を掴まれ前へと出された芽唯は、レオナの視線の圧に負け「そ、そうです。妻です」と数度頷いた。

「ぜ、是非女王様の為にも春の訪れを祝ってから帰りたいので、そっとしておいてくれると嬉しいです……」

 ごにょごにょと尻すぼみになる言葉はなんとか妖精達に伝わった。よく頑張ったなとレオナがそれらしく腕の中に芽唯をしまい込めば妖精達はキャッキャウフフと興奮しながらレオナ達から離れていく。
 ステージに上がるメンバーが注目されるのは悪くない。だが、まだその時はラギーとグリムも一緒に居てあまりいい状況とは言えなかった。
 レオナと芽唯の機転により、妖精達からある程度の距離を取ることに成功したと言ってもいいだろう。
 自分達に興味あるものの、奥方が恥ずかしがりやだから……と妖精たちは常に遠巻きに見てくる程度に収まった。




「いきなり夫婦とか言いだすからびっくりしたけど、メイもレオナも芝居が上手いな!」
「機転が利いたいい対応だったと俺も思います」

 手放しで褒める二人に益々委縮した芽唯は縋るようにレオナの腕を握る力を強めた。
 このままでは恥ずかしさからステージに登る前に気絶してしまいそうだ。気をしっかり持たなければ。
 こういう時はどうするのがいいんだったか。人という字を手のひらに書いて飲む。観客を皆野菜だと……思うのはヴィルを思い出してなおのこと緊張してしまいそう。
 そわそわとし始めた芽唯を見かねたのか、レオナが彼女の頭を反対側の手で軽く小突く。

「いたっ」
「何不安そうな顔してんだよ」
「だって……」

 ステージに、大勢の前に立つなんて経験はほとんどない。
 しかも、この作戦成功には全生徒の学生生活がかかってる。
 数多のプレッシャーが重なり芽唯の胃はもう限界寸前だ。
 きりきりと痛む胃を意識した芽唯が唇を噛みしめればレオナが親指の腹で唇に触れる。

「俺を信じろ」
「…………!」

 ぽんと放り投げるように、けれど軽すぎず、重すぎることもなく。優しく芽唯に投げ渡すような声。

「もう一度言うぞ。俺を信じろ。俺が失敗させねェって言ってんだ。不安がる必要がどこにある?」

 レオナを信じる。
 数日前のラギーの言葉が脳裏を過る。そして妖精の言葉も。

「レオナ先輩を信じて、自分も信じて。……信じる心はいつだって、未知への扉を開いてくれる」

 ぎゅっと目を一度閉じてから、レオナを見上げる。
 色とりどりの灯りに照らされる会場の中でレオナの瞳がなによりも綺麗だ。

(信じて、そして素直になる……)

 華やかなステージに、レオナのパートナーとして立つ。そんな機会もう二度と訪れないかもしれない。
 王族であるレオナはこれからも何度も素敵な衣装に身を包み、いつか本当の意味でのパートナーを隣に沿えてたくさんの人の前に立つこともあるだろう。
 けれど芽唯は違う。
 学園の外に出てしまえば身分もなければ戸籍もない。どこにも居場所がない異世界人が王子様の隣に居ていいわけがない。
 今だけだ。自分がレオナの隣になんの気兼ねもなく立つことが出来るのは、今この瞬間だけ。

「……作戦を成功させるのはもちろんなんですけど」

 きっと、もっと大事なことがここにある。それに素直に手を伸ばして、つかみ取りたい。

「楽しみたい。せっかく先輩とステージに立てるのに、緊張して何も覚えてませんでした……なんて絶対いや……」

 例えるなら、そう、あの日、魔法石が盗まれていたあの夜見た光のように、思わず顔を上げてしまうような思い出を残したい。
 いつ振り返っても、なんど思い返しても、光り輝く夢のような思い出を。

「みんなで最高のステージにしたいんです!」
「ハッ、よく言った……!」

 コツンとレオナが額を合わせる。レオナの横髪が頬に触れくすぐったくて思わず笑みがこぼれる。

「お遊戯会を楽しんでる妖精共に格の違いってやつを見せつけてやるぞ」
「はいっ!」

 頷けばレオナの顔が離れ、正面を向く。ちょうど出番が回ってきたらしい。
 振り向けばカリムとジャミルも力強く頷いた。
 盗まれた魔法石を取り戻すため『ティアラも視線も独り占め大作戦』の幕がついに上がる。

◇◆◇

 レオナと芽唯が先行し、その後ろをジャミルとカリムが従者のように歩く。
 ヒラヒラと二人のストールが風を受け舞い始めるのを合図に後方ではダンスが始まった。
 芽唯の手を取り歩くレオナは雄々しい表情で客席を見下ろす。不敵に笑うレオナに妖精達の視線は自然と引き寄せられる。
 そしてジャミルやカリムが厳しい特訓で極めたダンス技術を見せつければ会場はすぐにヒートアップする。
 妖精達の世界にはきっとないであろう鮮やかなステップに派手な大技。
 ダンスはソウルだと力説していた通りジャミルのダンスはきっと妖精達の魂ごと心を掴んだ。

「もっと近くで見よう!」

 引き寄せられるようにステージに近づいてくる妖精達、女王すらもこちらに注目し始めている。

「ようし、もう一息……っ!」

 カリムが次の技を見せようと前へ出ようとしたその瞬間だった。

「お前ら、どけ」
「!」
「さっきも言っただろ。格の違いってもんを見せてやるよ」

 カリムを押しのけるように前へ出るレオナと共に芽唯もステージ前方へとおどりだす。

「妖精ども……ありがたく、俺のショーを目に焼き付けろ!」

 歩みを止めずにランウェイをただ歩く。ただそれだけなのにレオナはオーラだけで妖精達を魅了する。負けじと芽唯も笑みを浮かべればレオナは満足そうに口角を上げる。

「女王がこっちを見てるぞ!」
「視線を独り占め≠ノするまで後一息……!」
「仕上げだな。癪に障るが……ヴィルも認めたとっておきの決めポーズ≠見せてやる」

 芽唯から手を離したレオナが羽織っていたケープを掴む。

「これで『ティアラも視線も独り占め大作戦』を成功させてやるよ!」

 レオナが目線で合図を送る。芽唯が頷けば続いてジャミルとカリムも会場を盛り上げる為に客席へと語りかける。

「さあ、座ってないで。手を叩いて、歌って、春を祝おう!」

 ランウェイの先端でレオナがケープを片手に大きく足を広げて雄々しくターンをすれば妖精達から悲鳴のような歓声が上がる。

「お願い! あなたの鱗粉振りかけて!」

 妖精達がレオナに懇願すれば、彼はそれに応えてケープをバサッと振り回す。
 決して鱗粉が出ることはないが、興奮しきった妖精達は気にしない。

「ふふ、盛り上がってる」

 その傍らで会場を盛り上げるため手拍子をする芽唯が笑えば彼女の傍にどこからともなく舞い降りた蕾が赤く色づく。

「⁉ な、なにっ」

 目を丸くした芽唯だったが、視線の先。女王の隣でフュシャが手を振る。
 粉を振りまく真似をするレオナに手を引かれた芽唯が彼の腕に引かれてドレスの裾を風で膨らませながら回転すれば、その周りでパッパッと小さな蕾が花開く。

「すごい! あっちの妖精は花を咲かせる力があるのね!」
「春だ! 春の訪れだ!」
「確か、あの子はあの妖精の奥方だって話だぞ!」

 芽唯の戸惑いをよそに盛り上がっていく妖精達は芽唯の周りに咲き乱れる花々に夢中になっていく。
 レオナと共に歓声の中心になった芽唯の頬が同じように赤く色づくと満足そうなレオナはケープを手放し芽唯を抱き上げた。
 いつのまにか、レオナと芽唯。双方のストールからは金の粉が舞い落ちている。
 レオナに抱えられたまま額をコツリと合わせることになった芽唯が自分達から舞い落ちる粉に視線を奪われていると、くるくると回転し始めたレオナに合わせて自分達の周りを光の粉が包み込む。
 まるで一本の糸のように二人に絡みつくそれは金糸のように煌めいて、レオナと芽唯を結びつける。
 朝日を浴びてメイクが、服の刺繍が、そして妖精の粉が光り輝く。
 漸く満足したレオナが芽唯を下ろすと手をつないだ二人はランウェイを折り返す。
 二人の背を追うように続いたカリムがストールから放たれる妖精の粉に驚きかけたが、なんとかジャミルが止めて難を逃れる。
 堂々とランウェイを歩き終え、ステージから降りていく二人の小指に妖精の粉が作り上げた金糸が巻き付いたように見えたジャミルは己の目を疑った。
 だが隣のカリム、そして客席の妖精達から上がる歓声に気のせいではなかったのだと空を仰ぎ見た。

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