序
この世で最も曖昧で、証明が難しいもの。
不変を神に誓うというのに人の心とは移ろいやすい。
どれだけ想い合っていたとしても、些細なことで離れてしまう。
それでも、この世界にはそんな曖昧なものでしか解けない魔法が存在している。
今、これを読んでいる勤勉な読者諸君。もしくはその身の回りで稀なる奇跡を経験した者はいるだろうか。
猛毒を喰らったのに生き返った者。呪いによる眠りから目覚めた者。
まるで物語の一ページを切り取ったかのように、信じられない奇跡というものは実在している。
そういった有史に残る不可思議な現象の結末には総じてこの言葉が記されている。
『真実の愛があったからこそ成しえたのだ』と。
どんな魔法を扱うにも強いイメージが必要なことは、ここまで本書を読み解く力のある魔法士には言うまでもないことだろう。
けれど、愛に纏わる奇跡というものは、君が一人でどれだけ思い浮かべたところで成せるものではない。
私自身、愛する妻が居た身だが、彼女を失くした際にはそんな奇跡は起きなかった。
仮にも生涯をこの研究に捧げたというのに皮肉なものだ。
──だが、しかし。この魔法は実在する。
名だたる歴史家が何度見解を新たにしても『愛』の文字だけは消えることがなかった唯一のものだ。
愛を嗤うものはいつか愛に泣くだろう。
愛を軽んじるものはいつか愛で身を滅ぼすだろう。
後世、私の論文が学会で笑いの種になる日が来るのも想定済みだ。
愛妻を失くした耄碌学者の戯れだと。
誰に笑われたって良い、信じられなくたっていい。それでも、一筋の希望を求めて本書を手に取ったであろう魔法士よ。必ず、私はこれを証明してみせる。
愛の持つ力を信じる、私と道を同じくした魔法士よ。
思いがけぬところで私の名をいつか目にする時が来るだろう。
その時に、君の海馬から本書の記憶が引き出されるよう祈っておこう。
ロビー・オハラ著
『愛の証明』より一部抜粋
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