私が目を覚ましたのは、藤丸さんや同い年であったマシュがオルレアンにレイシフトした後であった。
 私の目覚めに気づいたダ・ヴィンチちゃんが私の身体の検査をした後、私の身に何が起きたのか世界は今どうなっているのかをいつもなら笑顔のダ・ヴィンチちゃんが何とも言えない様な表情を浮かべながら私に教えてくれた。
 元々、マシュと同じく幼き頃よりカルデアに所属しており、カルデアの職員でありマスター候補であった私は人類絶滅の原因を探るためのレイシフト実験を前にカルデア管制室で起きた謎の大爆発と火災に巻き込まれたのだった。
 そして瓦礫の下に埋もれながらも何とか運良く、同じBチームのメンバーだった藤丸さんとデミ・サーヴァントとなったマシュに助けられた私は意識不明の重体のまま今日までを過ごしていたらしい。
 私が意識不明の重体となっていた間、人類は姿を消し、世界は終わろうとしている。それを止める為に生き残った職員達で人類を脅かす敵と共に世界を元に戻すための戦いを始めたと言うではないか。
 突然の大きく重い話を聞き終えた後、ダ・ヴィンチちゃんが言い辛そうに眉を寄せながら、私が目覚めてからずっと感じていた違和感について話をしてくれた。

「君の片足の傷なんだけど…」

そう、起きた時からその違和感には気づいていた。
 何処となく気のせいかな。なんて思いながらも何処かずっと話を聞いている間も気になって仕方がなかった。目覚めてから感じていた違和感。
 それについてダ・ヴィンチちゃんは顔を顰めながら話をしてくれた。
 とても言いづらそうに私が爆発に巻き込まれた際に左足が瓦礫の下にあり潰れる事は免れたものの深い傷を負っており、少し神経にまで達していたのだと言う。膝から下は麻痺、それより上から太腿までには大きな傷による引き攣れと痛み。
 歩くことに支障は無いかもしれないが、走ると激痛を伴うかもしれないと告げた。
 傷を負った私より辛そうな表情のダ・ヴィンチちゃんに対して、普段泣き虫で弱気な私は泣きも喚きもしなかった。

 うん、多分そうだろうなとは思っていたからだ。
 だって先ほどから違和感を感じた足に触れても触られている感覚がなかったから直ぐに気がついていた。
 違和感。触られても感じない違和感。つねっても引っ掻いても感じない痛み。なんだか変で、片足だけが何か強化されたみたいに無敵な感じがした。
 痛みについては走ってないから、今の時点では自覚がない。
 そんな当の本人である私は特に悲しむ事も嘆く事もせず、何処か他人事の様に考えていた。
 私は気が弱くクズで鈍間だけど人類の危機が関わっているのなら如何にかするしかない。
 自分の事などでウジウジしていては、いけないのだ。

 そんな事を考えていた時、病室の扉が開きドクターが現れた。
ドクターは、私の姿を見るなりホッとした様な表情を見せると「良かった…無事で」と笑うとぽんっと頭を撫でられた。
 そして、ドクターからマシュと藤丸さんがオルレアンに行っている事を聞いた私は、頭を撫でるドクターの手を掴むと一つのお願いをした。

「私を戦場に連れて行ってください」

そう行った私にダ・ヴィンチちゃんとドクターは、驚いた様な表情を見せた。

「だって君は、片足が…」
「感覚は鈍いけど歩く事も走る事も出来ます。
それにマスターとしての能力は一応あります」

“戦場に行く兵は、多い方がいい”

 真剣な表情で言う私にドクターは悲痛な表情を見せた。横では泣き虫で弱気なクズの私しか知らないダ・ヴィンチちゃんが驚いた様に目を見開き、目の前に居るのは誰だと言いたげな表情をしている。
 きっと今の私をダ・ヴィンチちゃんは見たことがなかったからだからだろう。
 泣き虫で弱気でノロマなクズ。それが私だけど、私の中には、もう一つの私が居て、其れが今顔を出しているのだ。

 そんな私を横目にドクターは綺麗な瞳を憂う様に伏せると苦しそうに悲痛に頷き、言った。

「わかった」

「だが、今回は行かせない。
天音ちゃん、君は先程目覚めたばかりだ。
体力を回復させ、今、分かっている事を全て頭に叩き込みなさい。
 それが完了したとき。僕は…」

——君の戦場行きを認めよう。

 そう言ってくれたドクターに私は頷いた。


少しだけ、首元が寒く感じた気がした。

    ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

其れから数日後、ドクターの出し条件を全てクリアした私は白い礼装に袖を通した。
 胸を締め付けるベルトが少し苦しいけれど、足に感じる違和感よりはマシだった。
 ドクターとダ・ヴィンチちゃんには同じくして生き残った藤丸さんやマシュには私の足の事は内緒にしてほしいと頼んだ。
 あの二人は優しいから絶対、私に気を使うと思ったからだ。
 戦場に出れば、他人を気にしていれば判断が遅くなる。少しでも彼らの足手纏いにはなりたく無いと云う自身の我儘でもあった。
 大きく息を吸い込み、大きく吐いた。ふらつく片足に気を抜かない様に、パシンっと平手で叩くと気合を込め歩き出した。

———そう、此れが私の全ての始まり。

 泣き虫で弱気でクズで鈍間な癖に、戦場に向かおうとする【矛盾した存在】である、天音と云う名の私の始まり。