「おまん、ひようないんか?」

カルデアの談話室で天音は、ひとりで本を読んでいた。
何時もならば誰かしら天音の側にサーヴァントが居るのだが何故かこの時は姿が無く、いつも楽しい話し声が聞こえる談話室は静かだった。
そんな時、コツコツと聞こえた足音に天音は本に向けていた視線を静かに足音の聞こえる方へと向けると其処には天音の召喚したサーヴァントの中でも数少ない男性サーヴァントである岡田以蔵の姿があった。
以蔵は本を読む天音を気にする事無く、キョロキョロと何時もより静かな談話室を見渡した後、視線を天音へと向け真剣な表情で言った。
天音は以蔵の口から出た土佐弁に自身に問いかけられているのは分かるのだが、土佐弁が分からず、頭を悩ませていると以蔵は「おまんは寒うないんか」と分かりやすくもう一度、問い掛けてくれた。

「え…?」

以蔵の問い掛けに天音は不思議そうに首を傾げた。
カルデア内の気温は快適な温度に調整されている。外が雪に覆われた白が広がる世界でもカルデア内に居れば寒くは無いのだ。
其れを以蔵も知っている筈なのに「寒くは無いのか」と問い掛けてきた以蔵が天音は不思議で仕方がなかったが取り敢えず、問い掛けられてるので答えようと口を開いた時であった。

「マスター、こんなところに居たのね‼︎」

突然、背後から聞こえた自身のサーヴァントであるマリー・アントワネットの声に天音は吃驚した様に肩をビクつかせると以蔵から視線を外し、背後を振り返った。
マリーは天音と視線が合わさった瞬間、華が咲いた様に微笑み「マスター、探していたのよ。会えて良かったわ」と天音の背中へと飛びついた。

「ん、ひようないなら良いぜよ」

以蔵が小さく呟いた言葉が聞こえた天音は背中でマリーを受け止め前のめりに傾きながらも視線を以蔵へと移すと以蔵は鋭い夕日の様な瞳を細めた。そして、天音が以蔵の名を呼ぶ前にくるりと踵を翻し去って行き、天音は不思議そうに去り行く以蔵の背中を見つめる事しか出来なかった。

また、別の日…少し皆より昼食を食べるのが遅かった天音はタマモキャットからケチャップで描かれたハートのオムライスを受け取り、食堂の隅に置かれたテーブル席で食べていた時だった。ふらりと以蔵が現れ、天音と目が合ったかと思うとゆらりと近づき、オムライスを食べる天音に「ひようないんか」と問い掛けてきた。
天音はゴクリと口に入れていたオムライスを飲み込み、以蔵の問い掛けに答えようと口を開こうとしたのだが、食堂にヒョコっと現れたニトクリスが天音の名を呼んだ事により言葉にならなかった。
「…ひようないんなら良いんじゃ」またしても去って行く以蔵に天音とその場にやって来たニトクリスは首を傾げた。

またしても次の日、一人でいた天音に以蔵は同じ問い掛けをした。
そして、少しの沈黙の後、天音は気になっていた事を以蔵へと言った。カルデアの中は快適な温度で寒くは無いのだが以蔵から見れば自身は寒そうな程、体が弱そうに見えるのだろうか…以蔵に言いたかった事を伝えると以蔵は天音から視線を逸らす事無く、静かに口を開いた。

「おまんも置いていかれたことがあるじゃろ」

静かに呟かれた言葉に天音は、はっと息を飲んだ。以蔵が何故、その事を知っているのか分からなかった。
そう其れは遠い昔、忘れていたい過去、母国から離れた遠い異国の地…此処で良い子で待っててねと言われ待ち続けた寒空の下…頭を過る光景に天音は体が冷たくなる様な感覚にふるりと体を震わせた。

「ひとりでおるんは、ひやい。置いてかれたなら余計にじゃ…わしもその寒さは、よぉ分かっちょる」

—だからのぅ、同じ置いてかれた身としてちっくと心配なんじゃ—

「おまんがひようないんかって」

真剣な表情でそう言った自身を心配する以蔵の言葉を聞いて少し冷たい自身を落ち着かせる様に天音は大きく深呼吸をした。

そして、以蔵の問い掛けに天音は静かに答えた。

「以蔵さんや他のみんなが居てくれるから、今は昔より寒くは無いですよ」

その言葉に以蔵は「そうか」と静かに返事をした。