「マスターにとってWドクターと云う男Wは、どの様な人物だったんだ…?」.

それは、天音がマシュ達とW大切な、ある人Wとの思い出を語り合った後の事だった。

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 話を終えた天音はマシュ達と別れ、アスクレピオスと共にノウム・カルデア内の廊下を歩いていた。
 静かな廊下を歩きながらアスクレピオスが天音の体調を尋ねたり、面白い病状のサーヴァントやスタッフはいないのかと問い掛けたりなどをしながら歩いていると不意に少しの沈黙が訪れた。
 先程迄廊下に響いていた二人分の足音がひとつしか聞こえてこなくなった事に気がついた天音は隣に視線を向けたが隣に居たアスクレピオスの姿が無く、静かに後ろを振り向くとアスクレピオスは天音の数歩後ろで歩みを止めていた。
 天音は不思議に思い首を傾げながらアスクレピオスの名を呼ぶとアスクレピオスは真剣な表情でじっと天音を静かに見つめているだけで、止めた足を動かそうとはしなかった。

 何も言わないアスクレピオスに天音は不安になり、再びアスクレピオスの名を呼ぶと「何処か体調でも悪いですか?」と心配そうに眉を八の字にしながら問いかけるとアスクレピオスは「僕は医者だぞ。自身の体調ぐらいきちんと管理している」と言った。
 帰ってきた返事に天音はアスクレピオスの体調に異常は無いと理解するとほっとしたように胸を撫で下ろし、再度「どうかしたんですか?」と問い掛けた。

 再び二人の間に沈黙が流れ、またしても天音が不安そうな表情を浮かべ自身の右手を胸の前でぎゅっと握ったその時、アスクレピオスはゆっくりと閉じていた唇を開いた。
 
「マスターにとってWドクターと云う男Wは、どの様な人物だったんだ…?」

いつもと同じ低い声で少し聞き辛そうに…何か思い詰めたような感情が篭っているように天音は聞こえたのと同時に自身を静かに見つめるアスクレピオスの瞳から目を逸らすことが出来なかった。

 アスクレピオスは前任者のデータを読み取る際、そのデータの中から自身のマスターである遠い日の天音の姿を見た。
 幼い姿で今の泣き虫で弱気な表情とは違い、無表情で濁った瞳をした自身のマスターが前任者の側にいる姿を見たのだ。
 全てのデータを手に入れた後、開かれたお茶会の中…自身のマスターである天音がマシュや同じくマスターである藤丸達が前任者であるWドクターWの話をしているのを静かに、でも何処か懐かしむように聞いていた事に気がついていた。
 自身のマスターである天音の姿を見ていたアスクレピオスは天音が何かしらWドクターWに特別な感情があったのだと察した。

 其れを察した瞬間、自身のマスターがドクターとどの様な関係でドクターをどの様に思っていたのかをアスクレピオスは知りたくなったのだ。
 唯の好奇心。ただ、それだけの筈だ。

「マスターには、ドクターと言う男が如何見えていたのか教えてほしい」

静かに問い掛けるアスクレピオスに天音は驚いた様に眼を見開くと困ったように優しく微笑んだ。
 天音が困ったように笑うところを何度も見たことはあった。
 だが今、アスクレピオスの前にいる天音は慈愛に満ちた瞳で困ったように笑っている。
 これ程迄、憂い・慈しみが篭った瞳をする自身のマスターを見たことが無く、アスクレピオスの瞳はこぼれ落ちそうな程、見開かれた。

「かけがえのない人でした」

——あとね、多分…初恋の人でした——

 そう言って、ふふっと笑う天音にアスクレピオスは何も言えなかった。
 弱気で泣き虫な自身のマスターがまるで知らない女性の様に見え、微笑む姿にアスクレピオスは一瞬、はっと息を飲み込んだ。

 そして、一瞬…今は居ない男に『嫉妬』した自分がいた事にアスクレピオスは驚きを隠せなかった。
 自身が問い掛けた質問に対して答えた、天音の言葉に何も返す言葉が見つからず、戸惑い、焦り、その先で出た言葉は「そうか」と言う短い言葉だけだった。

「今の私が居るのもドクターが居てくれたからだと思います。だから、ずっと…この先も私はドクターを忘れはしません」

 天音から視線を外し、少し斜め下を見るアスクレピオスに天音は、ゆっくりと近づき、再びアスクレピオスの名を呼んだ。
 アスクレピオスは逸らした目線を再び天音へと向けると天音のラピスラズリの様な瞳と視線が重なり合う。

「私の大切な人を…家族を…知ろうとしてくれてありがとうございます、アスクレピオスさん」

——私もアスクレピオスさんと一緒に受け継ぎますよ、あの人の思いを——

「だから、これからも末長く宜しくお願いします」

 アスクレピオスの思いを見透かしたかのように微笑む天音にアスクレピオスは小さくため息を吐いた。

 そして、天音を見つめ、小さく不敵な笑みを浮かべた。

「流石は、僕の認めたパトロンだ」

——僕と共に受け継ぐと言うのであれば…——

「我がマスターには、いつまで健康で居てもらわねばな」

 何かを含んだアスクレピオスの言葉に天音の口元が少し恐怖で引きつったのを見て、アスクレピオスは意地の悪い笑みを浮かべた。