大奥で敗れたカーマは天音のサーヴァントとしてノウム・カルデアにやって来た。
 
 別に此方に来るならマスターなど誰でも良くて偶々、英霊召喚をしようとしていたのが天音で尚且つ、自身の愛で直ぐに堕落しそうだと思ったからである。この、気弱な泣き虫女を簡単に堕落させた後、藤丸や他のマスターにでも手を出してあの女…自身の大嫌いなパールヴァティーの苦痛に歪む顔を拝んでやろうと企んでいた。
 そうならば善は急げと言わんばかりにカーマは自室で寛いでいた天音の元を訪れ、身動きを取れない様に押し倒したのである。
自身に組み敷かれて驚いた様に藍色の瞳を見開きながら唖然とする己のマスター・天音にカーマは優位に立った気分になり、口元を満足気に緩ませた。

「だめですよぉ、マスターさん。私は、ついこの間まで敵だったのに…隙なんて見せたら…私の様に炎で焼かれてしまいますよ?」

にこにこと何処か黒い笑みを浮かべるカーマに天音は眉を八の字にさせて、視線を右往左往させると困った様な表情を見せた。

「警戒心の無い、駄目駄目なマスターさん 普段から沢山の女性サーヴァントの方々から愛を寄せられている駄目駄目マスターさん。今度は私の愛を受け取って貰えますよね?」

自身に組み敷かれながらも抵抗もせず何も言わない天音にカーマは面白くないと思いながら天音の首元に唇を寄せようと顔を近づけた、その時、微かに天音の唇が動いているのか分かった。
カーマはピタリと動きを止め、天音の唇へと視線を向けた。声は出ておらず、微かに動くだけの唇を見てカーマは天音の言葉になっていない言葉が分かった。

—あなたは、かんちがいしている。

「は…?貴女は何を言っているんです?」

天音の首元に寄せようと近づけていた顔を離し、顔を上げると天音の顔を見てカーマは目を見開いた。
先程までの戸惑った様な怯えた表情は何処に行ったかの様に藍色の瞳から光が消え失せ、何処か虚ろな深い海の底の様な冷たい瞳をしていた。思わず、カーマは天音の豹変振りに戸惑い、何と言えば良いのか言葉が出なかった。

「貴女は勘違いしています」

—サーヴァントの皆さんは私を愛しているわけでは無い。

「弱くて泣き虫で能無しのクズで出来損ないの私を皆が愛するわけないのです。優しくしてくれるのも私がクズで面倒くさいからややこしくならない様にしてくれているだけです。
本当は、サーヴァントの皆さんも私じゃなくて藤丸さんや他のマスターの方々が良かったと思ってる筈です。こんな、役に立たない人類のゴミがマスターで最悪だと思ってるはずです。えぇ、私には分かります」

—だから、貴女は勘違いをしています。

「皆さんが私なんかに愛を寄せる筈がない」

息継ぎなしに淡々と語る天音にカーマは、驚く事しか出来なかった。
他人が自身を愛する事など絶対にあり得ないと語る天音にカーマは自身の眉間に皺が寄るのが分かった。
愛の神を前にして何なんだ、この少女…カーマはイラつく程に自己評価が低過ぎる天音に嫌悪感を感じた。
多数のサーヴァントを召喚しているマスターなのに愛されているなどあり得ないだと?皆が自分を愛するわけないだと?何を言っているのか分からない。でも、其れが当たり前だ、普通なのだと語る天音に何処かカーマは恐ろしく感じた。

気が弱く、唯の泣き虫だと思っていた少女の心の奥底に深い闇が潜んでいた事を天音を慕うサーヴァント達は知らないのである。