「帰りにはきっと立ち寄るから」

安珍様はそう云って私に嘘をついた。

その言葉を私は信じていたのに彼の方は現れる事無く、私は彼の言葉に騙されたのだと知った。
怒りが自分の心を支配した、だが、まだ彼を信じていたい心も片隅にはあった。
 だから追いかけて追いかけて…彼の方が私を受け入れてくれたなら、この怒りは収まった筈なのに彼の方は更に嘘に嘘を重ねたのだ。

嘘は嫌いだ。
 その嘘の真実を知った時の代償が大きい、その人を信じていれば信じているほどに…
だから、来世で出会うなら嘘をつかない人が運命の人が良いとすら思っていた。

誠実で嘘をつかず、私から逃げない人…そんな事を思っていたのに私には来世など無く、英霊として生きることを義務付けられてしまった。
ならば、仕える方は嘘をつかない人が良い、そう思いながら私は眠りについていた。

 深い深い長い眠り、見るのは生前の記憶の夢…そんな私は一度だけ不思議な夢を見たのです。
遠い異国の地で雪が降る中、小さな少女と母親らしき人が手を繋ぎ歩く夢…
小さな少女は未だ、五歳ぐらいで手を引き、早歩きで歩く母親の後ろ姿を必死で追いかけていた。人気の無い、建物の軒先の下で母親はピタリと足を止めると少女の両肩に手を置き、しゃがみ込むようにして少女の顔を覗き込み少女の名を呼んだ。

「なぁに?」と返事をする少女に母親は黙ると少女に言い聞かせるかの様に口を開いた。

「ちょっと出掛けてくるから此処で良い子で待っててね」

—直ぐに迎えに来るからね。

そう言うと母親は少女の両肩から手を離し、その場を去った。
少し先には見知らぬ男性の姿があり、母親が親しげに寄り添う姿を幼き少女は静かに見ていたのだ。
その瞬間、私は母親の「直ぐに迎えに来るからね」と言う約束は守られない嘘だと理解した。それでも、この幼き少女は母親の言葉が嘘だと気づく事無く、大人しく良い子で待とうとしていた。
雪が降る寒空の下、空が暗い夜を迎えても頭に雪を積もらせながらずっと待ち続けていたのだ。
寒そうに体を震わせ、立っているのも辛くなったのだろう冷たい雪の上に座り込み、白い息を吐く幼き少女に私は心が痛くて仕方がなかった。

何度も何度も母親が去って行った方向を視線で辿る幼き少女…母の背中を本当は追いかけたかったのだろう。

それをしないのは…

「や、くそく…まも、る…」

小さな消えてしまいそうな幼き少女の呟きに私は涙がが溢れた。
 母親が言った嘘を幼き少女は必死に小さな体で守ろうとしていたのだ。多分、少女は母親の言葉が嘘だと気付いていたのかもしれないでも、其れを必死に守ろうとする姿は脆く儚く…美しいと私は感じた。
この子は必ず約束を守る子…どんなに酷い嘘をつかれても守ろうとする子…

私が求めていた理想の人…
でも、此れは夢、私が作り出した理想の都合の良い夢…

 いや、違う。あの子は現実に存在するのだ。だって…目を閉じればこんなにもハッキリと私を呼ぶ声が聞こえるのですもの…

現実にあの子が居て…そしてあの子にお仕え出来るなら…
私は、この命を貴女様に捧げましょう…

「はじめまして、清姫さん」

声に応える様に進んだ眩い光の先…目の前の彼女は幼き少女の姿では無く、立派な少女へと成長をしていた。

彼女は安珍様の様に嘘はつかない、私の理想の人…

「マスター、私は貴女に絶対に嘘はつきません。何があっても貴女を置き去りになどしません」

——だから、貴女も私に嘘をつかないでくださいね。

「苦しかったら苦しいと言ってくださいね…」

自分に嘘をつかないでくださいまし。
 寒さなど私の炎で吹き飛ばして差し上げますから。