「マスターの指は、とても綺麗ね」

 ある日の静かな午後。
 マスターである天音とそのサーヴァントであるマリー・アントワネットは談話室の一角のスペースで小さな二人きりの御茶会を開いていた。
 「良い茶葉を頂いたの。マスターもきっと気にいると思うわ」と花が咲き誇るかの様な笑顔でマリー自らがお気に入りの薄い水色のティーカップに淹れてくれた温かな紅茶に口を付けた天音はホッと安心した様に小さな吐息を漏らしたそんな時だった。

 突如として自身のサーヴァントであるマリー・アントワネットの艶やかな唇から紡がれた言葉に天音は思考がついて行けず、紅茶から視線をマリーへと移しきょとんと呆けた表情を見せた。
 呆けた表情を見せる自身のマスターである天音に対しマリーは何時もと同じ、百合の花が咲き誇ったかのような可憐で誰もが見惚れてしまいそうな笑みを浮かべていた。

「と、突然どうしたんですか…?」

 ゆっくりと紅茶を置き、眉毛を八の字にしながら何かあったのだろうかと言う様に不安げな表情で尋ねる自身のマスターにマリーは、ふふっと吐息を漏らすかのような笑みを浮かべると自身の白い手袋を外し、机の上に置かれた天音の左手の甲を自身の細く柔らかな指でするりと撫でた。
 その手つきは優しく、何処か何とも言えない感情が篭っているような気がして天音は何故か胸が少し締め付けられるような気がした。

「何でもないのよ。唯ね…前からマスターの指は綺麗だと思っていたの」

 うふふと笑うマリーに天音は戸惑った。
 自身のサーヴァントであるマリーアントワネットは唐突にこのような如何、対処すれば良いのか分からない行動をする時がある。
 其れは本当に不意に訪れる為、天音は毎回、どうすれば良いのか分からず困り果てる事しか出来ないのだが、マリーはそんな天音を見ては嬉しそうに微笑むのだ。
 今だって戸惑い、どう返事をしようかと迷っている天音を見て、目の前のサーヴァントは微笑んでいる。しかも、心なしか左手の薬指を執念に撫でている気もするが困惑している天音は、そんな事など気にも留めていない。

「えっと……至って普通の指だと思うのですが…」
「そんな事ないわ!とぉーっても綺麗よ!」

 天音が素直に自身の考えを伝えるがマリーはにこにこと笑みを浮かべるばかりである。
 自身のサーヴァントとは言え、考えている事までは把握出来ない為、更に天音は眉を八の字にさせる事しか出来なかった。
 そんな天音にマリーは撫でていた手を止めると今度は自身の両手で天音の左手を掬い上げ、両手で包み込む様に握った。
 天音は困った表情のままマリーに視線を向けるとマリーは天音のラピスラズリのような瞳を見つめ、悲しさと寂しさが入り混じったような笑みを浮かべると艶やかな唇をゆっくりと開いた。

「いつか、マスターにも素敵な殿方が現れるのでしょうね」
「…?マリーさん?」

何処となく様子がおかしいと感じ取った天音は戸惑いながらマリーの名を呼んだ。マリーは天音の声に静かに目を閉じると握っていた天音の左手を自身の白い頬に当て、擦り寄るように触れた。
 マリーの頬の温もりが指先から感じられて天音は自身の頬が熱を持ったかのようにじわじわと熱くなるのが分かった。

「好きよ、マスター」
「ほあ⁉︎」
「私が男性だったらマスターをすぐにでもお嫁さんにしたわ」
「へあ⁉︎」

突然のマリーの言葉に天音は変な声を上げてしまったのだが、マリーは気にする事無く少し不貞腐れたように言葉を続けた。

「マスターに綺麗な白いドレスを着せて、この綺麗な指に似合う指輪を嵌めたのに」

どうして私は男性じゃなかったのかしら、と呟くマリーに天音はオロオロとしながらも直ぐに自身が揶揄われていると思い、むむむっと困った表情をしながらも「揶揄ってますね⁉︎」と言うとマリーは悪戯がバレた子供のようにうふふっと微笑んだ。

「うぅっ…ちょっと心臓に悪い冗談でしたよ…」とため息を吐く天音の手からマリーは手を離すと「あらあら、まあまあ!」と微笑みを絶やす事無く、自身の前に置かれたティーカップを持ち上げ、ゆっくりと口をつけた。
 天音は自身の話を笑顔で流すマリーに諦めたように溜息を吐くと自身も少し緩くなってしまったティーカップへと再び、唇を寄せた。

 天音は気付いていなかった。
天音の「揶揄ってますね⁉︎」と言う言葉にマリーはハッキリと「そうだ」と伝えていないことを…。
 その事に気がついていない自身のマスターにマリーは心の中で無邪気に笑った。