——それは突如として訪れた。
ポートマフィア・白い死神と喫茶うずまきにて対峙した直後、探偵社の医務室で目を覚ました片割れである龍之介は全ての探偵社員からいいねカードの判子が押されたカードと織田が手に入れた妹・銀の居場所の情報を引き換えた後、その騒動は起こった。
捜し求めていた黒衣の男であるポートマフィア首領・太宰治とふみ達の妹であり現ポートマフィアの首領秘書である銀の居場所の情報を知った龍之介は探偵社員達が引き止めるもその静止を振り払った。
そして、双子の片割れであるふみが去り行く背に手を伸ばしたのだが、その手は片割れには届かず、龍之介は振り返る事無く行ってしまったのだ。
ふみは伸ばした手を下ろし崩れる様に床に座り込むとその眼から光を消し、全ての感情が消えたかの様に無表情を見せた。
ナオミが心配する様に「ふみさん…」と名を呼ぶが返事も視線すらナオミに向けなかった。
——あぁ、あの時と同じだ——
ふみは、ひとり心の中で呟いた。
龍之介が探偵社を飛び出し、ポートマフィアへと正面から単独で乗り込んで行ってしまってからと言うもの社長に呼ばれ、調査員達は会議室に集められ緊急会議が開かれた。そこで聞かされたポートマフィアの白い死神から届けられた手紙の内容が虚ろ状態であったふみの耳に届いた。
其れは、妹・銀の処刑を知らせる手紙であった。
差出人はポートマフィア首領・太宰治からであり、ふみはその手紙の内容に急な吐き気を覚えた。
息をする事が辛くなり頭の中はグチャグチャぐるぐると回り、視界が霞み意識が遠退きそうになった時、優しく背中を摩る優しい手があった。ふみは驚き、その手の持ち主へと視線を向けるとナオミが心配そうにふみを見つめ、背中を摩ってくれていた。
その優しさとナオミの視線がふみは苦手だった。
ナオミの黒い髪と優しく笑う仕草が妹・銀と重なり、この二人は違う人物だと分かっていてもそう見えてしまうのだ。
ふみは、あの日、繋いでいた筈の手を見て血が滲み出る程、唇を噛み締めた。そんなふみを気にしながらも話は続けられた結果、ふみは谷崎と共にポートマフィアへと乗り込む事になった。
いつもより青白い顔のふみを心配しながらもナオミは兄とふみを見送り、二人は其れを横目に探偵社専用貨物車へと乗り込んだ。
助手席に座るふみの顔色は矢張り悪く、谷崎は運転しながらふみに「大丈夫…?気分悪い?」と問い掛けるとふみは「私の事は気にするな。今は龍之介だけに集中してほしい」と静かな声色で谷崎に呟いた。
谷崎は少し眉を顰めながらふみに「無理はしないでね」と言ったが、ふみは頷かなかった。
数十分後、見えて来たポートマフィアの本部である巨大なビルの近くに谷崎は貨物車を止めるとふみと共に走り始めた。
向かった先は、ポートマフィア正面入り口。
だが、その正面入り口は破壊されており、夥しい数の死体が転がっていた。
谷崎は目の前の光景に驚きながらもハッとふみの存在を思い出し、視線をふみへと向けた。ふみは谷崎の心配を他所に転がる無残な死体を虚ろな瞳で見つめていた。
黒く光の無い目は、ただ目の前の死体を見つめるばかりでふみは片割れがしたであろう行いに泣きも喚きもせず、唯、虚ろな瞳で見つめるばかりであった。
谷崎は、ふみの様子に声を掛けようとしたのだがふみは非常階段と書かれた案内板に視線を移すとその方角へと歩き始めた。転がる無残な死体を気にする事なく、まるでゴミが転がっているだけの様な足取りであった。
谷崎の異能力である“細雪”を使用しながら谷崎とふみは敵に警戒しながら階段を上がり、ポートマフィアの正面入り口に入った時から聞こえる破壊音と悲鳴と銃声音が階段を上る度に近くなって行く事に谷崎は緊張していたが、ふみの表情は変わらず無を纏っていた。
三階の階段に差し掛かった時、ふみはピタリと足を止めた。
突然のふみの行動に谷崎は「ふみさん?」とふみの名を呼ぶとふみは少し先に見える三階へ行く扉に視線を向け「龍之介が居る」と呟き、凄い速さで階段を駆け上がった。
谷崎は、ふみの素早さに驚きながらも必死に彼女の背中を見失わない様に追いかけた。
目の前を走るふみはポートマフィアの拠点に始めて足を踏み入れた筈なのに迷う事無く走り抜け、そして曲がった先に二人の少年少女が片割れと対峙する様に手を繋ぎながら立って居るのが見えた。
谷崎は龍之介と対峙する少年と少女を知っていた。
白髪の少年はポートマフィアの白い死神で白虎の異能者・中島敦
その隣に居る少女は三十五人殺しでポートマフィアの暗殺者・泉鏡花
鏡花は異能者でありながら自身の異能を制御する事が出来ず、その首から掛かっている旧式携帯の声にしか異能が反応しない事を谷崎は此処に乗り込む前に読んだ資料により知っていた。
ならば、やる事はただ一つ。
谷崎は細雪の力を強くさせるとゆっくりと鏡花達にバレない様に近づき、その携帯の電源を切り落とし、ふみはその光景を虚ろな瞳で見つめていた。
その時だった。
——お前は勝てない。僕には鏡花ちゃんがいるが、お前は一人だ。誰もお前の味方をしない。
鏡花の隣にいた敦の言葉がふみの虚ろな心に重くのし掛かった。
自分が言われた言葉では無いのにふみの心に敦の言葉と目の前で寄り添う敦と鏡花の姿にふみは自身の心が更に闇の中に落ちていくのが分かった。
意識が朦朧として息をする事すら辛くなった。
あぁ、ダメだ。
もう、息ができない。
この場から離れないと…
そう、ふみが考えていた時、谷崎が叫ぶのが聞こえた。
「芥川さん!“床を落とすんだ!逃げるよ!」
その声と同時に鏡花の後方から人影が現れた。
その人影を認めた瞬間、龍之介は異能を使い、床を削りながら飛翔し、谷崎は咄嗟にふみの手を掴むとその無数の閃光に紛れ姿を消した。
震動がマフィア本部ビルを包んだ直後、非常装置が作動し、建物内に警報音が鳴り響く。マフィアの構成員達が混乱し走り回る音を横耳に聴きながら廊下をそっと歩いて移動すると建物の端、掃除用具室へと谷崎と龍之介とふみは逃げ込み、室内に監視装置が無いのを確認すると入口を施錠した。
床に座り込んだ谷崎が龍之介に大丈夫?と問いかけると龍之介は咳をしながらも軽傷だと応え、龍之介の異能で拘束され、連れてこられた意識の無い鏡花も見た目から軽傷である事が分かった。
暗い部屋の中で谷崎と龍之介が会話をするが、ふみは一言も話さなかった。
——…鏡花を何故連れて来たのか。谷崎が何故駆け付けて来たのか。妹・銀の処刑の話…。
その間でもふみは、一言も話さなかった。
谷崎はふみの様子がポートマフィア内に足を踏み入れた時からおかしい事に気がついていた。双子の兄である龍之介は、ふみの異変に気付いていないのか、将又、気付いているが構っている暇がないのか、ふみに声をかける様子などない。
とにかく、ふみの体調や精神面が心配だと谷崎は考えているとふっと探偵社を出る前にナオミが言っていた言葉を思い出した。
“兄様、ふみさんのこと、気を付けて見ていてくださいね”
“何だか、ふみさんの様子がおかしくて…”
“今ここを出たら…帰って来ない気がしてならないの…”
——ナオミの言葉が現実になるかもしれない。…いや、もうなっているのか…?
谷崎は、ふみにちらりと視線を向けると龍之介に分からない様に異能を使い、ふみの姿を見えない様に消した。愛しい妹・ナオミとの約束を守るために。
それからと云うもの、ふみは矢張り感情を見せなかった。
それは身を隠していた掃除用具室の扉が爆散して破砕された扉の向こうに銃を持ったマフィア戦闘員が十名以上おり、その中心に敦が現れても何も反応を見せず、鏡花の携帯から鏡花の異能である夜叉白雪を操り、鏡花自身の命を人質に龍之介が敦を脅している時も敦が頭を抱えた直後、白き死神と化した時もふみは唯、虚ろな瞳でその光景を眺めていた。
——それは、まるで心の無い人形の様であった。
其の後、谷崎は龍之介から気を失っている鏡花を受け取り、肩に担ぎ自身の姿も異能である細雪で隠した。そして、ふみの手首を掴み、部屋から出て行く敦と龍之介の姿を追ったのであった。
「ボク達は、この階段で一階まで降りるよ」
二人が非常階段まで来た時、それまで姿を消していた谷崎が現れてそう告げた。
谷崎は運んでいた鏡花を肩に担ぎ直しながら、龍之介に気をつける様に忠告する。その時、敦は異能を解いた谷崎と共にふみの姿が現れた事に対して驚いた様に目を見開いた。
谷崎がポートマフィア本部ビルに潜入してがらずっと、異能力でふみの姿を必死に隠していた為、この時に初めて敦は、ふみがこの場にいることに気がついたからである。
…何故?
何故、貴女が此処にいるんですか?目の前の双子の兄を追って来たんですか?
それとも妹の銀さんを取り戻すために?…確かに僕は、また会いたいと言いました。
………だけど……今じゃない。こんな時じゃない。
駄目だ。駄目なんだ。今は駄目だ。
貴女を見ると全てが如何でも良くなってしまう。
駄目だ。それは駄目だ、太宰さんの命令には逆らってはいけない。鏡花ちゃんを守らないと…
『守れない者に生きる価値など無い』のだから
鏡花ちゃんの命を脅かす卑劣な男の血縁者である彼女を許してはならない。
……彼女は敵だ。
……其れを頭に叩き込むんだ、僕。
でも…でも、
脳が、心が叫んでいる。
彼女が、彼女に、彼女で、彼女は、彼女の…
——彼女の腕を掴み、今すぐにでも抱き寄せたくて堪らない——
白い死神は自身の中で募る想いを抱えながら視線を虚ろな少女へと向けた。それでも虚ろな少女は何も反応を示さなかった。
白い死神は少女の異変に気づきながらもその手を伸ばす事が出来なかった。己の心に重くのし掛かる“自身の犯した罪”と“とある男の言葉”が敦を無力にさせ、虚ろな少女を見ないふりをしたのだった。
其れが、二度と少女に逢えないかもしれない事態を産むとは知らぬずに…
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