あつあつふみふみ日和

六・お話(みにふみ視点)

 お初にお目にかかる。私の名は、みにふみ。
私の目の前で猫じゃらしで遊ぶ、変な髪型のまるまるとした生物と同じく不思議生物と皆から言われている。

 本来、私には名など無かった。
いつ何処から来たのか、何のためにいるのか…
帰る場所も何も分からないまま、唯、“何か”を探し求めて彷徨っていた時にこのもち人虎と出会った。

 あの日は、ご飯を求め何処からか食べ物を盗もうとアパートの少し開いていた窓から見つからない様に忍び込み、酒瓶や食べた後の蟹缶の缶が転がる中に何故か床に置かれていた真っさらのバナナを一本捥ぎ取り、盗んだ事を覚えている。
私は何処がドブ臭い部屋を後にするとバナナを食べようと此処に来る途中に見かけた横たわるドラム缶の中へと潜り込むと丁寧にバナナの皮を剥き、ぱくりと噛り付いた。

 久々の美味しい食べ物に少し泣きそうになりながらも、もぐもぐと食していると急にじーっと何かに見られている様な視線を感じた私は、バッと視線の方へ振り向くと其処には私を見つめる不思議な生物がいた。
私は驚き、慌ててバナナを飲み込み、何者かと問いかけると「ぼくは、もちあつです」と不思議な生き物は名を名乗った。

 この時の私には名など無かった為、すんなりと名を名乗った此奴が少し羨ましく思ってしまった。
名があると言う事は名を付けてくれた人が居て、そしてその名を呼んでくれる人がいるという事である。
だから、そんな人がいない私には目の前で名を名乗った此奴が羨ましく思えたのだ。

 奴は、私に名を聞いてきたが「なまえは、ない」と答えると次に「こびとさんは、ここにすんでいるんですか?」と問い掛けてきたので「すんでいない、たまたまとおりかかっただけだ。わたしにいえはない」と言った後に奴に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さい声で“どこからきたのかも、わからない”と呟くと奴の耳に届いていたのか驚いた様に目を見開いていた。

 本当に何も覚えていなかった。
何処から来たのか、何のために自分は生きているのかも分からなかった。
それでも、お腹は空くのにご飯が手に入らなくて辛い時もあった。
死んでしまえば楽なのに其れも怖くて出来ず、訳の分からない“何か”を探し求めて、彷徨う姿は自分で冷静になって考えると凄く滑稽に思えた。

 そんな事を考えているともち人虎がじりじりと私に詰め寄り、私の油断した隙をついて私の首根っこを咥え、私はまるで猫がネズミを捕ったかの様にして奴の家へと無理矢理連れて帰られ、その後、大きな男女二人と出会い、私に似た“大きな私”ともち人虎に似た“大きな人虎”達と二人と二匹で住み始めたのであった。


 私は、もち人虎に拾われ様々な物を手に入れた。

 温かなご飯と暖かな寝床。

 そして、ずっと欲しかった…名前

 大きな人虎が私に付けてくれた私を私だと証明してくれる証…


 私が探し求めていた“何か”は、もう手に入ったのかもしれない。

 そんな事を思いながら洗濯物を畳む大きな私の横でもち人虎と大きな人虎が遊んでいるのを見ているともち人虎は私の視線に気がつき、たたたっと駆け寄って来た。

「みにふみさん‼︎ぼーっとしてどうしたんですか?たいちょうがわるいんですか?」

 ぼーっとしていた私を心配する様に眉を八の字にしながら問いかけてくるもち人虎に私は「だいじょうぶだ。きにするな」と返すともち人虎は「たいちょうがわるかったらすぐにいってくださいね!」と念を押されてしまった。

「みにふみさんのことがだいすきなので、しんぱいなんです」

 もち人虎は大きい人虎と同じく、こう言いだす時がある。(大きい人虎が言う相手は大きい私にだが)あまりにも突然で毎日毎時間…何か会話をする度にすぐに「だいすきです‼︎」や「あいしてます‼︎」とストレートに言ってくるものだから私も素直に答えるのが若干、恥ずかしいのもあるし認めたくないところがある。

 だから、私は今日も奴の言葉に自分が返せる精一杯の言葉で返すのだ。

「……わたしもきらいではない」


 私を見つけてくれた人を嫌いになどなるものか、そんな意味を込めて。