星が散りばめられた夜空を背景に七夕だから…と云う理由で蝶屋敷の中庭に設置された色とりどりの七夕用の飾りが付いた笹が、夏特有のぬるい風によってふわりと揺れる。
 そんないつもとは少し違う夜の光景に紅の手によって甚平を着せられ、蝶屋敷へと連れて来られたぐまべには紅い瞳でじっと見つめていた。
 今日の昼間は青い空が広がり、暑さでぐまべにもぽんじろうも比較的まだ涼しい蝶屋敷の廊下で大の字になって寝転ぶ程であった。だからなのか日が沈み夜となった今は雲ひとつない空に満点の星空が広がっている。しかも珍しい天の川さえも肉眼で見えるほどである。
 そんな豪華な星空を背景に彩り豊かな飾りと「嫁が欲しい」「てんぷらたべたい」「みんなが元気に健康で過ごせます様に」「珍しいこけしと出会えます様に」などと一部欲望が混じった願いが込められた短冊を付けた笹が揺れる光景を初めて見たぐまべには、無表情ながらにも瞳をキラキラと輝かせた。

——…きれい、きれい。とってもきれい。

 関心のない者からすれば、それは色紙と笹が揺れているだけなのだが、小さく幼いぐまべにとっては其れがとても美しく見えたのである。思わず、じっと見惚れてしまい、いつもならきゅっと結ばれている小さな口がぽかんと開き、尻尾が左右にゆらゆらと揺れている姿に側にいたぽんじろうは、ぐまべにの横顔を見つめては同じように自身の尻尾をゆらゆらと揺らした。

「ぽんじろうくん、ぐまべに」

 静かな声色で名を呼ばれた二匹は直ぐに自身の背後を振り返ると其処には赤い浴衣に身を包んだ紅と緑の浴衣を纏った炭治郎が立っており、炭治郎は二匹の目線に合わせるかの様に屈むと手に持っていた緑と赤色の短冊を二匹へと差し出した。

「これは、ぽんじろうとぐまべにの分の短冊だぞ」

 「お願い事書いて、笹に吊そう」と微笑みながら告げる炭治郎から渡された赤色の短冊をぐまべには、ふくふくとした小さな手で受け取り、手にした短冊をじっと見つめた。

 おねがいごと…かく。なにかこう?なにかこう?たべもののこと?けんこう?あそびのこと?なにしよう、なにかこう?
 
 うーん、うーんと悩むぽんじろうを横目にぐまべには静かに短冊を見つめたまま、きゅっと口を結ぶとそのまま炭治郎に短冊を突き返すように小さな手を差し出した。勿論、短冊には何も書かれていない。それなのに無表情だが何処か満足げな表情をしたぐまべには小さな手で渡された短冊を炭治郎へと突き返す。そのことに炭治郎は驚いたように目を見開くと「書かないのか?」と不思議そうに首を傾げた。

「きゅー?」
「??」

 ぽんじろうも紅も静かにぐまべにの行動を不思議そうに見守っているとぐまべには、きゅっと結んでいた口を小さく…ほんの小さくだが、ゆるりと緩ませた。

「あーぅ」

——…ぐまは、いま、しあわせさんなのでおねがいごとしなくてもまんぞくさんなのです。

 でも、それをぐまべには敢えて口にはしない。いつもと違う自身の表情にぽかんと口を開けたまま固まる炭治郎と紅とぽんじろうを余所にぐまべには唇を緩ませたまま、五色の短冊が揺れる夜空を静かに見上げたのだった。