——最近、肩が異様に重たい。
そんな風に炭治郎が感じる様になったのは暦が八月となり、お盆も終わりを迎えた頃だった。
お盆を過ぎれば涼しくなるなどと言うが、お盆前もお盆明けも暑さにこれと云って差はない。夜は昼間よりは涼しいが寝付くには時間を有するぐらいには寝苦しい夜が続いていた。だからなのか、炭治郎も最初は寝苦しさで眠りが浅くなっており、任務による疲労が回復出来ていないから肩が重たいのかもしれないなどと思っていた。
だが、この肩の重さは、ちょっとやそっとでは軽くなることはなかったのである。肩を揉んでもダメ。叩いてもダメ。何をやっても鉛が乗っている様な…いや、常に米を担いでいるかの様ななんとも言葉に言い表せない異様な重たさに炭治郎は頭を悩ませていた。
「肩が重い…」
ポツリと呟かれた言葉に元気はなく、また異様な肩の重さに頭痛までもを感じ始めた炭治郎は片手で頭を押さえながら形の良い眉を顰めた。
ズキズキと脳の中からくる鈍い痛みに炭治郎は重い溜息を吐くと目を閉じて、ぐりぐりと自身の顳顬を揉み始めた。
目を閉じたことにより、ちゅんちゅんと鳴く鳥の声もざぁーと云う風の音も全てがいつもより敏感に聴こえ、それが炭治郎の脳内に響くと鈍い痛みへと変わってしまう。いつもなら風流だなぁ、綺麗だなぁと感じらるのにそれが今は重くて苦しくて負の感情だけがじわじわと滲み出てきそうになるのである。
体調が悪いから仕方がないかなぁ、でも嫌だなぁなんて少しマイナスに感じてしまう自身の感情に嫌気を感じた時だった。
——…ふっと炭治郎は自身の膝の上に小さな重さを感じたのである。
それは最近、よく感じられるようになった小さな重さで炭治郎にとって大きな暖かさでもあった。
目を瞑っていても何なのかがわかる重さと温もりに炭治郎は肩の異様な重さによって引き起こされていた頭痛によって寄せられて眉間が無意識にふっと優しく緩んだのがわかった。そして、ゆっくりと目を開くと温もりと重さを感じる己の膝の上には炭治郎が思ってた人物がちょこんとお行儀良く、ふわふわな尻尾を揺らしながら座っていたのであった。
「ぐまべに」
「あーう」
炭治郎の膝の上には子アライグマである、ぐまべにがちょこんと座っていたのである。炭治郎に名前を呼ばれたぐまべには、炭治郎が想いを寄せる紅と同じ色の紅い大きな瞳をチラリと炭治郎へ向けると小さくひと鳴きした。
すると、今度は炭治郎の背後から「きゅー!」と云う可愛らしい鳴き声が聞こえ、炭治郎とぐまべには声の方へと視線を向けると其処には、ぐまべにと同じぐらいの大きさである子狸のぽんじろうがにこにこと笑顔を浮かべながら炭治郎とぐまべにの元へとやって来たのである。
「ぽんじろう、どうしたんだ?」
ちょこちょこと歩いて来たぽんじろうは再び炭治郎達に「きゅー!」と鳴くと自身が歩いて来たであろう方向を小さな手で指差した。
【誰かが自身を呼んでいる】そのことをぽんじろうの仕草と匂いから察した炭治郎は呼びに来てくれたぽんじろうに「ありがとう」とお礼を言いながら頭を撫でると膝の上に座っていたらぐまべにを退かすのも可哀想だと思い、抱き上げようとした。だが、ぐまべには炭治郎の手が動くよりも先にぴょこんと炭治郎の膝から降りると再び、ふわふわの尻尾をふりふりと動かしたかと思うと片手を上げて「いってらっしゃい」と云う様に小さな手を振った。
「あれ?一緒に来ないのか?」
「あーう」
——ぐま、いまからぽんじろうくんとあそびます。
そう云う様に三角の耳をぴくぴくと動かすぐまべにとニコニコと笑顔なぽんじろうに炭治郎は、ふっと笑顔を見せると二匹の頭を優しくなでた。
「仲良くするんだぞー?」
「あーう」
「きゅーぅ!」
「いってらっしゃいさんです」「いってらっしゃい!」と手を振る二匹に背を向けると炭治郎は、その場を後にした。
——誰が呼んでるんだろうか?禰豆子か?…いや、今は昼間だ。きっと禰豆子は寝ている時間だろう。ならば、善逸か伊之助かの何方かが暴れたか、もしくは両方が喧嘩でもしたのだろうか?それとも紅が何か用事があって俺を探しているのだろうか?
などと考えながら炭治郎は蝶屋敷の廊下を歩いた。ギシギシと長い廊下の床板が鳴る。だが、頭の中に鈍い痛みは響くどころか、痛みひとつ感じ取ることがなくなっていた。
そして、あんなに異様に重たかった肩は、いつの間にか軽くなっていることに炭治郎は気がつかなかった。
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ときどき、みかけるくろいかげ。
【おぼん】ってやつがすぎさったのに、やさしいたんじろうくんにべっとりさんしようとするわるいかげ。
ごしゅじんのことがこわいのか、ごしゅじんがいるときは、とおくからみてるだけ。
やさしいたんじろうくんをねらってる。ずーっとずっとこのあいだから、ねらってたのです。
やさしいたんじろうくんなら、がぶりんちょできるとおもいましたか?おいしーおいしーさんできるとおもいましたか?
ざんねんさん、そうはとんやさんがおろさないのです。みせじまいさんなのです。
ぐまのおめめがくりくりなうちは、そんなやつは、ぐまがおこおこさんのめっめ!なのです。
ぐまは、おこおこさんです。ぽんじろうくんもおこおこさんです。わるいこなくろいかげは、ぐまがじまんのしっぽでべしべしして、かぶりんちょしてやるのです。
「たんじろうくんにてをだすのはゆるさないぞ‼︎」
「ぐまたちは、たんじろうくんみたいにやさしーさんではないので」
——だいじなものにてをだすなら、ようしゃはしないぞ。
——にどとちかづけないようにして、ふかいふかいあなのそこにつれてってやるのです。
二匹は光のない瞳で目の前でゆらゆらと揺れる黒い影を見つめ、小さく呟いた。
「さよなら」
「さよならです」
二匹は、ふわふわな尻尾をふるりと揺らしたのだった。
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