やさしいうそ

「ほら、早く寝ないとサンタさんがきてくれないぞ?」

 にこにこと笑みを浮かべながら、そう言った炭治郎にぽんじろうとぐまべには少し困ったような表情を浮かべた。

 今日は世間では、クリスマスイブ。
 大人も子供も何処かふわふわと柔らかな空気を感じられる気がする日である。街も様々な装飾に彩られたクリスマスツリーやイルミネーションが飾られては大いに賑わいを見せ、商業施設などでは多くのクリスマスプレゼント商品に溢れており、忙しそうに働く店員が見られた。
 そんな中、商店街にある街のパン屋さん・かまどベーガリーも例外では無く、12月に入ってからと云うものシュトレンやホットパイなどが作っては売り切れを繰り返すほど大忙しな日々を過ごし、イブである今日も昼間は料理の付け合わせに…とパンを買う客で店の中は一時溢れかえり、短期バイトである紅を横目に襧豆子が素早くレジ打ちを行い、自称バイトリーダーぐまべにが目にも止まらぬ速さで商品を袋詰めする一部の人間が見たらこれが修羅場…?と思わせる光景が広がっていたほどだった。
 そして何とか無事に閉店作業を終えた竈門家はバイトを終えた紅を引き留め、今年もクリスマスパーティーを行った。
昼間、何とか山場を乗り切ったぐまべにも沢山焼くのを頑張ったぽんじろうも今年は大好きな人が増えたパーティーは一段と楽しいものとなった。
 あの頃は、クリスマスなんてまだまだ浸透していなかったしなぁなんてちょっとしみじみしていたのは、ぽんじろうとぐまべにしか知らない秘密の話である。

 そう、本当に楽しかったのだ。本当に…でも、それはお風呂に入る迄の話であった。

 パーティーを終え、帰宅する紅を少し寂しい気持ちになりながらも見届けたぽんじろうとぐまべには、それぞれお風呂に入って温まった。何気なくついているテレビをぼーっと見ながら尻尾をふりふりと揺らしていると炭治郎がぽんじろうとぐまべにの名を呼んだのである。
 名を呼ばれた二人は炭治郎へと静かに視線を向けるとニコニコと笑みを浮かべながら炭治郎が冒頭の言葉を言ったのであった。

——…こまった。すごくこまったさんなのです。

 ぽんじろうとぐまべには見た目は幼児のような姿をしているが実は長年生きている。しかも最初は唯の狸と浣熊(頭に化けが付くが)であったが、それがいつの間にか長い時を得て竈門家を守る守護神と化していた。
 本人達も特にこれとして何かをした訳ではない。ただ、大好きな人達が再び生まれてくるのを見守りながら待っていただけ。その思いがいつの間にか性質を変化させてしまったのである。だから、見た目は子供、でも生きて来た年齢は遥かに歳上!故に幼い言動や行動が目立つが生きてきた時間も経験も炭治郎達、下手をすればキメツ学園の用務員さんである鱗滝さんより豊富なのである。
——…だから、ぽんじろうもぐまべにも知っている。
 この世の真理と言っても過言では無いことを知っているのである

——…さんたさんは、いないのです!!

 知っている。知っているのだが、自身たちが守護神として住み着いている竈門家には幼い子が多い。そしてまだ、サンタが存在すると信じている子が多いのである。いないなど言えない。
 しかももう一つ問題がある。それは、長男である炭治郎がぽんじろうとぐまべにもサンタクロースが存在していると信じていると思っているのである。
 こまった。すごくこまったのです。いえない、いえないなぁ。ぽんじろうとぐまべには何度も言うが竈門家の守護神である。守護神としとの役割は守護する対象が悲しむことなく、平和な日常を過ごせるようにすることである。もし「さんたさんなどいない」「しってるのです」などと言ってしまった時には今、ニコニコと笑みを浮かべている炭治郎が悲しむかもしれないと考えてしまうとそのことが口には出せない。
 だから、ぽんじろうとぐまべには居ないとわかっていながら嘘をつくことにしたのである。

 だが、ここでまた問題が発生するのである。
 ぽんじろうは炭治郎と同じく、素直で真っ直ぐな性格の持ち主である。そして、これまた炭治郎と同じく嘘が苦手なのである。しかも、これまたまたと炭治郎と同じく真っ直ぐすぎる性格故に嘘をつくのが苦しくなり顔に出てしまうのである。

——…うそがぽんじろうくんのおかおにでちゃうのです。

 長い時を一緒に過ごしてきたぐまべには、そう素早く判断するとぽんじろうの顔が嘘で苦しい顔になる前にぽんじろうのふわふわ尻尾を小さな紅葉の手でこれでもか‼︎と言わんばかりに鷲掴みにして引っ張った。
 「きゅうっ!?」と驚きと痛みで声を挙げたぽんじろうの尻尾を鷲掴みにしたまま気にすることなく、炭治郎へ「ぐまとぽんじろうくん、ねんねします。おやすみなさいです」と言うと尻尾を鷲掴みされたことにより力が抜けてしまい、地面に倒れ込んだぽんじろうをずりずりと引きずり、自分達の布団がある寝室へと入って行く小さな背中を炭治郎は満足げに見送った。

 そして、その様子をぽんじろうとぐまべにがサンタクロースなど居ないと云うことを知っていることを知っている、竈門家の母・葵枝は苦笑いしながら見守っていたのだった。