あらいぐまとたぬきの話9

『ぐまもにちりんとうさんほしいです』

 その言葉を聞いた紅は、いつかは絶対に言われるだろうなぁと思っていた。

 炭治郎の勘違いで拾われてきた、他の人たち曰く自身に似ているらしい子浣熊のぐまべには耳と尻尾こそあるが、中身は、そこら辺にいる三、四歳児と変わりない子である。
 だが、元野生と云うこともあり、草木が生い茂る山暮らしだったぐまべにには今の暮らしで見るもの全てが真新しく見え、好奇心を掻き立てることもあれば、憧れを抱くことも少なくはない。いや、寧ろ多すぎて周りが困ることもあるぐらいである。
 その憧れの対象は強くて可愛い恋柱様だったり、街中で見かけた綺麗な花嫁さんだったり…時には、ムキムキねずみのムキムキ筋肉に憧れたりと様々であり、特に「どうしたらぐまは、あんなふうになれますか?」と云う質問に対しては「強くは頑張ればなれますが、私に似ていると言われているので可愛さは諦めなさい」「ぽんじろうくんのお嫁さんになれば花嫁さんにはなれますよ」「腹筋すれば良いですよ。筋肉と暴力は全て解決すると書物に載ってましたよ」と紅でも答えることができるぐらいのものだったので困ることはなかった。

 だが等々、訪れてしまった試練に紅はどうするか悩んだ。

 以前、大きくなったら何になりたいのかと炭治郎がぐまべにと炭治郎に似た子狸である、ぽんじろうに聞いたことがあった。
 その時の二匹は迷うことなく、口を揃えて「
おおきくなったらみんなとおなじ、きさつたいにはいりたい」と答えたのである。本来、非公認であり、毎日命のやり取りをする様な鬼狩りなどは子どもにお勧めできる職業ではない。出来れば違う夢を見つけて其方の夢を目指してほしいと云う気持ちと今ここでまだ何も知らないであろう幼い二匹の夢を壊すのは…と云う複雑な心に炭治郎は困った様に曖昧に笑うことしか出来ず、紅は表情こそいつもの様に変わることは無かったが無言で二匹の頭を撫でることしかできなかった。

 そのことを知っていたが故に紅は、ぐまべにがいつかは鬼殺隊の隊士が皆持つ日輪刀に目をつけ、欲しがるのではないかと思っていたのであった。
 しかも、いつもであれば、ぐまべにの隣にいつもいるしっかり者の長男であるぽんじろうがぐまべにの我儘や突拍子もない行動を止めてくれるのだが、今そのぽんじろうもちらちらと紅に視線を向けては様子を伺っているように見える姿に「あ、ぽんじろうくんもほしいんだな」と紅は直ぐに勘づいた。
 更に余計に紅は困った。一人では対処出来なさそうだと素早く判断した紅は、この問題をとある人達に豪速球で投げたのだった。

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「それで、柱の人たちか若しくは俺から許可をもらえたら紅が自分の刀鍛冶さんに相談してみるって言ったんだな…?」

 炭治郎の言葉にぽんじろうとぐまべには頷いた。
 そう、紅がこの問題を豪速球で投げた相手は己の師範を含めた柱達+炭治郎だったのである。
 紅と同じく風柱邸に居候しているぐまべには、風柱や昼間お世話になっている蝶屋敷を通して基本一緒にいるぽんじろうと共に柱の人達とは面識があった。時折り、とてとてと柱の屋敷に遊びに行こうとする姿を目撃されては善逸や他の隊士達に「小さいのに度胸あるよなぁ」と言われているぐらいには顔を合わせている。
 そのことを知っていた紅は、柱の人々とぽんじろうの面倒を見ている炭治郎に言わば、問題を押し付けたのである。
 ちなみに柱は皆、反対。紅の師範である不死川実弥からは其のことを口にした瞬間に二匹は額にデコピンを受けた為、最後の頼みである炭治郎の元へと何故か背中に挿すように手拭いで括り付けられた長葱を背負ってやってきたのだ。
そんな目の前の二匹の額はデコピンをされたであろう部分が赤く色づいており、石頭であるぽんじろうは平然とした表情をしているがぐまは、片手でぽんじろうの手を握りながらもう片方の小さな手で額を摩る可愛らしい姿に炭治郎は少し胸がきゅんとした。

 しはん、ひどいのです。ばかやろうっていってぐまのおでこさんを、がつーんってしました。っとムスッとした表情で炭治郎にあーうあーうと伝える姿に炭治郎は苦笑いし「そっかぁ、それは痛かったなぁ」と言いながら二匹の頭を撫でた。だが、何故か二匹の背中に背負われている長葱が気になって仕方がない。
 鴨がネギを背負ってくると云う言葉があるが、子だぬきと子あらいぐまがネギを背負ってきたのである。何処から其のネギを持って来たのか、炭治郎は途轍もなく気になるが取り敢えず、先に二匹の話を聞くことを優先したのであった。

 紅は二匹に柱か若しくは炭治郎から許可が出れば己の担当鍛治師に掛け合っても良いと言った。だが、それはきっと柱の人達も炭治郎もこんな小さな子達に鬼を斬るための刀…況してや鬼以外の命をも狩取ることが簡単に出来てしまう危ない物を帯刀する許可など絶対に出すわけが無いと理解しているから出た言葉なのであろう。そのことを炭治郎は理解していた。
 でも、きっと頭ごなしに「駄目です」「貴方たちには不要です」と紅一人が伝えたところで聞き分けの良いぽんじろうは聞くかもしれないが、自身に似ていると周りから言われているぐまべには微妙なところであったのだろう。

 だからこそ、どうしたものか…と炭治郎は困った様に笑うことしか出来ず、最後の希望とばかりにくりくりのお目目で自身の許可の言葉を待つ、ぽんじろうとぐまべにに炭治郎は少し胸を痛めながらも「ごめんなぁ、危ないからそれは駄目だ」と帯刀反対の言葉を口にした。

 その瞬間、ぴしゃーんっと二匹の小さな身体は雷が落ちたかの様な衝撃を受けた。ぽんじろうの耳飾りの付いた耳はぺたんと伏せられ、尻尾もへにょんと地面に垂れ下がる。
一方のぐまべには、衝撃のあまり尻尾も耳もぴーんっと立ち上がり、小さな口がぱかーんと開かれている。
 まさか炭治郎にまで駄目だと言われるとは思ってなかったと言いたげな二匹の表情に炭治郎は苦笑いをすることしか出来ずに静かに次の反応を見守っているとぐまべにの両頬がむむむむむっも膨らんでいくのが炭治郎にはわかった。
 怒っているか、拗ねているか…いや、もっと云うなら両方を混ぜ込めた表情のぐまべにとしょぼんと落ち込むぽんじろうのご機嫌を取るべく、炭治郎は二匹を抱き上げようとしたのだが、それよりも素早くぐまべにが動いたのである。

 シュバっと音が聞こえて来そうなほど、素早く自身の背中に背負っていた長葱を片手に取るとそのまま炭治郎をぺしぺしぺしぺしぺしぺしと長葱で叩き始めた。
 しかも、炭治郎の優れた嗅覚を攻撃するかの様に重点的に鼻に当たる様にぺしぺしぺしぺしと長葱を振るう姿は喧嘩や戦いで素早く相手を地へと沈める為に異様に相手の弱点や顔面を透かさず狙う紅を彷彿とさせるほどの動きであった。

「こ、こら‼︎ぐまべに、やめ、止めるんだ‼︎」

 炭治郎が慌ててぐまべにを止めようとするが、ぐまべには素早く己を静止しようとする炭治郎の手をするりとすり抜けては、ぺしぺしと葱を振る手を早めた。
その姿に隣でぐまべにの突然の行動に呆気にとられて固まっていたぽんじろうもハッと我に返るとぐまべにを背後から羽交締めするかの様に抱きつくが、暴れ出したぐまべには、ぶんぶんっと葱を振るう機械の様に止まることはなかった。

 みんな、だめだめだめーっていいます‼︎‼︎だめーって‼︎‼︎

 今日一日、訪ねる人達に「駄目」と言われ続けた不満が一気に溢れたのであろう。ぷんすこぷんすこと怒るぐまべにに炭治郎は困りながらも「葱で人を叩くのは止めるんだ!てか、何処で其のネギを貰ってきたんだ⁉︎」と云うとぐまは怒りながらも「れんごくさんがくれました‼︎」と答えた。
 だが、手は止まることはなく、ぺしぺしと云う音は偶々騒ぎを聞きつけた紅がぐまべにの頭に拳骨を落とし、首根っこを掴み上げるまで収まることはなかったのだった。



 ちなみに長葱については落ち着いてから二匹に話を聞くと「れんごくさんからもらったのです」「ほんとのにちりんとうさんは、きみたちにはまだはやいっていわれたから」と答えた。
 無限列車での大きな任務の際に重症を負った炎柱・煉獄杏寿郎は、なんとか一命を取り留めたものの柱を辞職。その後、やさぐれた心を入れ替えた父親と優しい弟と共に育手として鬼殺隊に席を置いている。
 そんな人のところにまで帯刀許可をくれと言いに行ったぐまべにとぽんじろうは案の定、他の柱と同様に反対を受けたのである。
 「また、だめっていわれました」「しょぼん」と肩を落とす二匹に煉獄家も少し胸を痛めたが、こればかりは仕方がない。
 だが、やはり何かしらしてやらないと可哀そうだと思った煉獄杏寿郎は、最初は竹刀を渡そうとしたのだが、竹刀の方が二匹よりも大きかった為に持ち運びし辛そうだったのだ。
ならば、二匹にちょうど良いものを…と探した結果、夕飯のために弟・千寿郎が買っていた長葱が二匹にぴったりだったので日輪刀の代わりにと手渡したのであった。
 しかも、更に千寿郎が背中に背負える様にと手拭いまでつけてあげたのである。

 そして最後、手繋ぎながら煉獄家から出て行く二匹の姿を見送りながら父・煉獄槇寿郎は思った。

「長葱を背負う姿が異様に似合っているな…」

 父の言葉に杏寿郎と千寿郎も頷いたのだった。