あらいぐまとたぬきの話6

 ここ最近、ずっと雨続きである。
 外に遊びに行くこともできないし、温かな太陽の光を浴びてぽかぽかと日光浴することもできない。しかも、屋敷の中で出来る遊びも限られているために飽きもやって来る。その為、子狸であるぽんじろうと子あらいぐまであるぐまべには体力を持て余していた。
 おとなしくて真面目なしっかり者であるぽんじろうも落ち着きなく、蝶屋敷内をうろうろとしたりしており、ぐまべにに至っては蝶屋敷内を走り回っては、飛んだり跳ねたり転がったり…また、近くの屋敷の柱や棚などによじよじとよじ登ったかと思うと下りられなくなり震えていたりと二匹とも何処となく忙しないのである。
 そんな二匹に…特に屋敷を走り回るぐまべにに対して炭治郎も紅も「気をつけないと人にぶつかるぞ」「自分が痛い目に遭いますからね。泣いちゃいますよ」と注意をしていた。それなのにも関わらず、毎回騒動を起こすタイプであるぐまべには炭治郎や紅の注意など我関せずと言いたげにぴこぴこと三角の耳を動かすだけで気にも止めていなかった。

 だから案の定…ぐまべには見事にすっ転んだ。
 ぐまべには今日も有り余る体力の行き場のないもどかしさに蝶屋敷内を走り回った。「危ないから止めるんだ」と言いながら、ぐまべにを抱き抱えようとした炭治郎の腕を小さな身体でぱたぱたとくぐり抜け、背後から「コラッ!!」と叱る声がする中をぐまべには走り抜けた。
 そして畳のへりに小さな足を引っ掛けたことにより、見事にすっ転んだのである。
 しかも、すっ転んだ身体は走り回っていたスピードの勢いを殺しきれず、そのまま宙を舞った。そして運が悪いことに少し先でおとなしく座っていたぽんじろうの額にぐまべには頭突きをしてしまったのである。
 ごぉぉぉぉんんっと除夜の鐘をついたかの様な鈍い音が響き渡る。
 ぽんじろうへと頭突きをしてしまったぐまべにの小さな身体は畳の上にぽてんっと音を立てて仰向けのまま倒れたのである。そのことにぐまべには余程驚いたのか、紅と同じ紅い瞳をまんまると見開き、きょとんとした表情をしていたのだが、ぽんじろうの額とぶつかった額は真っ赤に腫れている様に見える。

 仰向けのまま、鳴き声も上げずに動かないぐまべににぽんじろうも炭治郎も慌てて駆け寄ると畳に沈んだままの小さな身体を抱き上げた。
 ぽんじろうは炭治郎に似た子狸である。その所為なのかは分からないが、炭治郎と同じく石頭の持ち主なのだ。しかも炭治郎達の石頭はそこら辺の石頭とは訳が違う。人が受けると脳震盪を起こしたりする程の威力なのである。だから炭治郎もぽんじろうも畳に沈んだままの小さなぐまべにに焦り、慌てた。
 そして、炭治郎が抱き上げたぐまべにの顔を覗き込むとぐまべには炭治郎と炭治郎の背中をよじ登ってきたぽんじろうと目が合った瞬間、きょとんとした表情から徐々に痛みからか、ぷるぷると震え始めた。そして、小さな唇をキュッと噛み締め、ぽろぽろと涙を流し始めたのである。
 泣き声も上げず、唯、ぷるぷると震えながら涙を流すぐまべにに炭治郎もぽんじろうも困ったような表情を見せた。

「きゅ、きゅぅーん…」
「ぐまべに、よしよーし痛かったなぁ」

 炭治郎は抱き上げたぐまべにを優しく抱きしめながら背中をぽんぽんと叩く。ぽんじろうはぽんじろうでぐまべにの頭をよしよしと撫でるが、ぐまべにはぷるぷると震え、涙を流すだけだった。

 ぐまべにはまだ、子どもである。
 しゃっくりひとつ上げずに静かに痛みに耐えるかの様に泣くその姿に炭治郎もぽんじろうも胸が苦しくなった。
 ぐまべには元野生でもある為、ずっと一人でこんな風に怖さや痛みに震えながらも声を上げずに泣いていたのかもしれないと思うと思わず、炭治郎もぽんじろうも泣きそうになる。
 どうしたら良いのか。炭治郎が脳内で一生懸命考えているとふっと視界に紅い羽織がチラついたのである。そして炭治郎の視界の端から伸びてきた白い手は炭治郎の腕の中にいるぐまべにの頭へぽんっと置かれたかと思うと静かに手の持ち主である壱師紅は、ぐまべにに言った。

「泣くなら、きちんと声を出して泣きなさい。誰もそんなことで怒りませんよ」

 静かにぐまべにに言い聞かせるかの様に告げられた言葉に静かに泣いていたぐまべには炭治郎の羽織を小さな手でぎゅっと握った。ぷるぷるた震える身体は徐々にしゃっくりをあげ、嗚咽を漏らしたかと思うと盛大に声を上げて泣いたのだった。