倉持洋一と云う男は、強い個性揃いの青道高校野球部部員達の中でも、中々の個性の持ち主である。
学年は二年生、ポジションは遊撃手。
運動神経は青道野球部員の中では一番。足は俊足と言われるほど早く、趣味はゲームと後輩で同室である沢村をいじめること。
野球部正捕手である御幸一也とは同じクラスで何かとつるんでることが多く、言動や態度は粗暴だが、ヤンキーと言われる見た目に反して意外と周りをよく見ており、気遣い屋の空気読み。野球部の部員の中でもかなりの洞察力に優れているのが倉持洋一と云う男であった。
そんな倉持には尊敬できる先輩がいる。
特に一学年上の三年生で二塁手のポジション、共に二遊間を守備する小湊亮介に倉持は尊敬を寄せている。
いつもニコニコと笑みを浮かべ、見た目の雰囲気に対して、かなりの毒舌の持ち主で後輩からも同学年の人間からも何かしらと恐れられている存在が亮介であった。
そんな倉持が尊敬する亮介に双子で弟と妹がいると云うことを倉持は前々から話では聞いてはいたのだが、まさか二人ともが大好きな兄・亮介を追いかけて青道高校野球部に片や高校球児として、片やマネージャーとして二人揃って入部してくるとは思っていなかったため、驚いたと云うことが小湊双子に対する第一の印象であった。
尊敬する亮介の弟・小湊春市、その双子の妹・小湊ちさと
二人とも亮介と同じ髪色を持ってはいるが雰囲気は亮介とは違い、双子の兄・春市は見た目は恥ずかしがり屋ぽく、妹・ちさとはふんわりとしているような空気の持ち主だと思っていた倉持であったが、少し前に部活終わりに起こった【小湊妹による沢村調教事件】により、小湊妹の印象がガラリと変わり、やはり亮介と血の繋がった妹なのだと再認識させられたことが倉持の中で記憶に新しい出来事で衝撃的なことでもあった。
でも、そんな衝撃的な出来事に対して更にそれを超えるような衝撃的なことを倉持は知ってしまった。
いや、知ったと云うか気づいたと云うか、衝撃的と云うか、なんか気持ち悪いと云うか…何とも言葉にするのが難しく、この先色々と大丈夫なのだろうかと己と周りの未来を少し心配したくなるようなことを倉持は知ると云うか、洞察力で気づいてしまったのである。
これは、ほんの些細なことでいつもの様に揶揄うつもりで突いたら蛇じゃなくて恐ろしいものが出てきてしまった哀れな男の身に起きた話である。
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その日の昼休み、倉持はいつもと変わらず窓際の席に座りながら野球のことしか頭に無い男・御幸一也がスコアブックを眺めているのを横目に昼休みを過ごしていた。
特に用事があるわけでも無く、ただ御幸の前の席の椅子に座りながら牛乳パック片手に外を眺め、ぼんやりとする。
動けば暑く、じっとしてるには心地良い空気の中、クラスメイトの話し声や騒ぐ声が聞こえるが特に御幸と倉持との間に会話はない。
お互いがお互いにのんびりと好きなことをして昼休みを過ごしていた時だった。
外を眺めていた倉持の視界に見知った生徒の姿が目に飛び込んできたのである。
その姿は四人。皆、学校指定のジャージを着ていることから体育の授業のためにグランドへ向かっている途中なのだとわかった。
倉持はスコアブックから顔を上げない御幸に何気なく、その視界に入った四人の中の一人の名を口にした。
「御幸ー、下に沢村がいるぜ」
「へぇー」
何気なく倉持が同じ野球部で後輩の沢村が下にいるぞと教えたのに対して、手元のスコアブックから一切目を離すことなく御幸は興味なさげに返事をした。
お前、興味無さすぎだろ。そう云うところが友達ができねぇ理由のひとつだぞ、御幸。と言ってやろうかと倉持は思ったが、興味がなさげな御幸の気持ちもわからなくもないので何も言わずにそのまま「金丸もいるぜ」と言葉を続けたが「そっか」とだけ返された。
もっと興味を持ってやれ。何なら、俺と会話を続ける努力を見せろよと思わなくもないが、倉持自身、御幸と会話を続けたいのかと聞かれたら別にそうでもないので、またしても何も言わずにそのまま独り言のように話を続けた。
「金丸の隣に居るのは吉川だな」
「ふーん」
「そんで、沢村の隣にいるのが…【ちい】か」
【ちい】とは小湊妹の渾名である。
「小湊家で一番小さいの【ちい】だよ」と兄・亮介がそう呼んでいるのを聞き、倉持も野球部内で増えた小湊家の長男・亮介と次男・春市と末っ子・ちさとを呼び分けるために亮介と同じように【ちい】と呼ぶようにしていた。
そんな倉持が【ちい】と呟いた瞬間、バサッと何かが置かれるような音がしたかと思うとその直後、椅子がガタンと引かれた音が騒がしい教室に響いた。
外を見ていた倉持は思わず、隣から聞こえた音の方へと目線を向けると先程までスコアブックに目を向け、一切外なんて興味ありませんと見向きもせずに返事すらも碌に返さなかった男・御幸が窓の外を覗き込むようにして視線を向けている姿がそこにはあったのである。
倉持は御幸の突然の行動に意味がわからず、キョトンとした表情を御幸に向けてたが、一方の御幸の視線は倉持に向くことは無く、キョロキョロと外へと向けられていた。
「え、いもうとちゃん居んの?」
「……え、あ、下に居んだろ…?」
「どこどこ?」
てか、沢村達と一緒に居んの?あいつら仲良すぎじゃね?とぶつぶつと呟く御幸に倉持は開いた口が塞がらないとは、このことだろうかと思考が停止しそうな脳内の片隅でそう思った。
先ほどまでスコアブックを読み、沢村の名を出しても金丸の名を出しても、なんなら新人女子マネ吉川の名を出してもうっすい反応をしていた男が【ちい】と云う名に反応を見せたのである。
しかもその反応は小さな反応ではなく、大事なスコアブックすら机の上に置き、窓の外を覗き込むようにして身を乗り出すほどの御幸の大きな反応に倉持は動揺していた。
言葉にするなら「誰だ、こいつ」と云うのが倉持の感想であった。
いや、実のところを云うと倉持は前々から気がついてはいた。
気がついてはいたのだが、まさかここまで反応するとは思っていなかったのである。
倉持の記憶にもまだ新しい【小湊妹による沢村調教事件】の直後から御幸が何処かへと視線を向けることが多くなっていることに倉持は気がついていた。
好きなものは野球。常に考えていることは野球に関すること。顔と野球関係以外のことは性格も含めて大体がクソ。
一部の人間からは、そう評価される野球しか頭にない御幸が野球以外のことに目を向けていると云うことに気がついたのは倉持が元々周りをよく見ている気遣いな一面があったからであろう。
御幸の視線がいつも何処に向いているのか、その視線の先には誰がいるのかなんて、倉持はとっくに知っていた。
とっくに気がついていたからこそ、なんかここぞと云う時の揶揄いネタにしてやろうとしていたのだが、まさかここまで大きく反応するとは…と思いながら倉持は再び、外へと視線を向けた。
相変わらず、小湊妹と沢村と吉川と金丸の四人が仲良く歩いている姿が見え、側から見れば微笑ましい光景にも見えなくはないだろう。
だが、倉持の横にいる男はお目当ての小湊妹を見つけたのか仲良しな四人の姿を見てはいつもの飄々とした表情ではなく、大層不満そうな表情を浮かべていた。
「いいなー、俺もいもうとちゃんと一緒に授業受けたい」
「良かったな、御幸。まだお前にもチャンスはあるぜ。今年留年したら一緒の学年になれるぜ」
「はっはっは!勘弁」
不満そうだった表情から巫山戯たように笑う御幸に倉持は心の中で矢張りか…とにやりと意地の悪い笑みを浮かべながら、ここぞとばかりに言葉を続けた。
「そんで?」
「ん?」
倉持の言葉に外を見つめたまま御幸は生返事をする。
その気の抜けように更に倉持は意地の悪い笑みを深めた。
「我等が野球部の正捕手様は一年のクセ強マネージャーちゃんに見惚れちゃうくらいにお熱なのかよ」
その瞬間、笑っていた御幸がピタリと動きを止めた。
二人の間に静かに沈黙が流れる。
外からは沢村の騒がしい声とそれを注意する金丸の声が聞こえる。
だが、一瞬、御幸と倉持の居る今この空間の時の流れが少しスローモーションのように感じられ、外からの声が遠くからのように聞こえた。
「……倉持はいつから気がついてた?」
静かだった二人の空気感を壊すかのように声を出したのは御幸の方だった。
いつもの戯けた感じでも誤魔化すでもなく、静かに外を見たまま倉持に問いかけたのである。
倉持を見ない御幸の目線の先には、きっと【あの子】がいるのであろう。
倉持洋一は気がついていた。
御幸一也の視線の先には、いつも小湊ちさとがいることを倉持洋一は気がついていたのである。
それはつい最近のこと。
何度も云うが、小湊妹による沢村調教事件の後からだと云うことも御幸の目線の先にいるのが小湊妹で、そしてその瞳には【恋】という伊佐敷の好きな少女漫画に出てくる甘酸っぱくてキュンキュンとする純粋な感情なんかではなく、どちらかと云えば大人向けの作品に出てきそうな何だが、どろどろとした暗いと云うよりかは、仄暗く妖艶的な【何かヤバそう】と言えそうな感情が含まれていると倉持は気がついていた。
「野球以外全く興味がない野郎が、とある時からきょろきょろ周りを見るようになった時ぐらいからだな」
「マジ?ほぼ最初からじゃん。俺、そんなにわかりやすかった?」
「さぁな。でも、二年の中なら気づいてんのは俺ぐらいかもな」
亮さんもなんか気づいてるかもしれねーけど、ヒャハハ!と倉持が独特の笑い声をあげると御幸は自身の頬をぽりぽりと気まずそうに人差し指で掻いた。
「亮さんが一番怖えんだよ。なんたって、いもうとちゃんの【にぃに】だし」
「ヒャハハ!そう言うなら【はるちゃん】だって居んだろ。ちいの片割れだしな」
「ちくしょー」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる御幸に倉持はニヤニヤが止まらなかった。
小湊妹を手に入れるには最低、双璧(亮介と春市)を越えなければいけない。
きっと想像するに兄・亮介という壁は、めちゃくちゃ高いし分厚いし近づくだけで槍など降ってくるかもしれない。
そして、それを越えたとしても小湊妹の双子の兄・春市と云う存在もある。
下手すると何かと小湊妹に世話をされている沢村や降谷、仲良しの女子マネの吉川、ちいを可愛がっている三年生達もが芋蔓式でやって来る可能性もある。
そうなると御幸は小湊妹に簡単に近づくことが出来なくなるであろう。
いつもすかした表情の男が困り果て、四苦八苦して表情を歪める姿を想像するだけで倉持は面白くて仕方がなかった。
性格が悪いと言われるかもしれないが、それは御幸も同じであるためお互い様だろと倉持は心の中で更に御幸を笑ってやった。
でも、倉持の中で少しだけ疑問に思っていることがあった。
——御幸一也は一体、小湊ちさとの何処に惹かれるものがあったのだろうか。
御幸は清楚系美人が好みのタイプだと倉持は思っていた。芸能人で云えば【長澤ちゃん】
彼女が出ている映画やドラマ、雑誌を読んだりしていることを倉持は知っていたので好みのタイプは同じような感じだろうと思っていたのである。
だが、そんな御幸の視線を奪った少女・小湊ちさとは、どちらかと云えば清楚系美人ではなく、見た目はふんわり(中身は(小)悪魔)とした可愛らしい子である。
思っていた御幸の好みとは少し違う存在である小湊妹。
そして御幸自身、見た目は良いのでその見た目に騙された女子達が寄ってくることはあるが、中身が本当に残念であるために去っていくのが早いし自ら異性に近づいていくタイプの男ではない。
小湊妹自身も見てる限り、兄達が大好きで兄達が居ればその周りの人にも自ら近づくことはあれど用事がないのに不用意に他の選手に近づくことはないあまりしないタイプの人間である。
双方の人間性を考えてみた時、何かきっかけがあったから御幸は小湊妹を気に入ったのだと云うことが倉持の中で考えた結果であった。
だからこそ、野球以外に関することには興味がなかった御幸一也と云う男の視線を奪った小湊妹との出来事が倉持は気になっていたのである。
「で?てめぇは、ちいと何があったんだよ」
だから、倉持は聞いてみた。
今ならなんか答えてくれそうだなと思ったから倉持は御幸に尋ねてみたのである。
相変わらず御幸は外を見たまま食えない表情で倉持に視線を向けることはなかったが、倉持の質問に対して少し御幸の口角が上がったような気がした。
「怒られたんだよ」
「………はぁ!?ちいにか!?」
御幸の言葉に少しの沈黙の後、倉持は目を見開き驚いたように声を荒げた。
御幸は倉持の驚きようにニヤッと笑いながら外から視線を外し、窓枠に肩肘をつきその手に顎を乗せて倉持の方へと視線を向けた。
「あの沢村に向けてた黒い笑顔でさ、俺、怒られたの」
「……あの、亮さんスマイルで?」
「そ、あの亮さんと同じスマイルで♡」
ニヤニヤと笑う御幸に倉持は思わず、手に持っていた空の牛乳パックを机の上置くと片手で額を抑えた。
なんだが、少し頭が痛いような気がしたが、それよりもなんとも言葉にし辛い感情が胸に広がった。
亮介と同じスマイル。そしてこの間見た小湊妹のスマイルを思い出し、倉持の背筋がヒヤリとした。
何をどうしたらそうなったと聞きたくなったが、聞くよりも先に御幸が言葉を続けた。
「この間、沢村と降谷に追いかけられてた時にいもうとちゃんのところに逃げたんだよ。それで、その時に仕事の邪魔して怒られた」
「そりゃそーだろ。アイツ、マネージャー業真面目にしてんのに」
倉持が御幸の言葉に呆れたように視線を向けていると御幸は、その時のことを思い出すかのように話を始めた。
「だってさ、あまりにも俺に興味なさげでちょっと意地悪したくなったの。そんで、構ってほしくてぐいぐいしてたらあの黒い笑顔を向けられた挙句…」
——せんぱいは、人なのに【待て】も出来ないんですか?
「待てもできないのかって叱られて」
——それとも…せんぱいも【待て】が出来るように犬と同じで身体に教え込まないとダメなのでしょうか?
「教え込まないとダメなのかって言われて…」
——いいこ、だから”待て''ができますよね?
「待てができるかって聞かれたんだよ」
その時のことを思い出すだけで御幸の背中は堪らなくぞくぞくした。
熱い熱がまたしても腹の底に溜まっていきそうな感覚に思わず口元が緩んでいくのを感じ、肘をついた手で何気なく口元を隠しながら倉持から視線を逸らし外を見る。
「そんで、出来るって答えたら褒められた」
そして、また思い出す。
——ちゃんと理解できて、いいこですね。
——御幸せんぱいは、おりこうさんですね。
「いいこだね、おりこうさんだねってほめられた」
あの時の小湊妹のとろりとした自分を褒める笑顔と声色を思い出して御幸は熱い吐息を漏らした。
思い出しただけなのにゾクゾクとした快感とも呼べる感覚とあの体の中に溜まる熱の感覚が御幸の身体に襲いかかり、静まっていた心がざわざわと音を立てながら、ぎゅーっと締め付けられる。
【いいこ】【おりこうさん】小湊妹からのその言葉だけで今の御幸の心は喜び、満たされ、歓喜する。
だが、それと同時にもっと欲しいと云う欲も湧き上がる。
あぁ、きっと小湊ちさとと云う存在は短い時の中で御幸の中の喜びのひとつとなり、また御幸を虜にする毒ともなってしまっているのであろう。
元々、御幸は自分のことも他人のことも客観的に見れる男である。
だから小湊妹と云う存在が自分の中で強く根を張ってしまっていることに気がついており、野球以外に興味がなかった自分がひとりの人間にここまで情けなくなってしまっていることに驚きながらも何処か楽しんでいるところもあった。
もっと、怒ってほしい。叱ってほしい。見てほしい。褒めてほしい。触れてほしい。
御幸の中の欲は小湊妹を思い出すだけで強くなっていく。
——野球に対する感情と同じでもっと【貪欲】になっていくのだ。
口元がニヤけるの隠しながら外を見る御幸に倉持は、ひくひくと口元を引き攣らせた。
言葉にするなら「何こいつキモい」である。だが、それを口に出すことができないぐらい倉持の心はドン引きしていた。
喜んでいる。
この目の前の男・御幸一也は後輩の仕事を邪魔して怒られて、叱られて、お前は犬以下か?と言われて、褒められて喜んでいるのである。
ドMにも程があるだろ‼︎気持ち悪いと叫びたくなるがそんな感情が倉持の中で吐き出されずに胃の不快感、むかつきへと変わる。
ただ、目の前の男を揶揄ってやろうと思って突いた薮からとんでもないものが出てきてしまったことに対して倉持はゲンナリとした表情を見せた。
御幸一也の視線の先には小湊ちさとがいる。
それも、ドロドロとした厄介な感情を秘めた双眸を向けている。
怒られることにも叱られることにも罵られることにも褒められることにも小湊妹から与えられる全てにおいて、喜び、欲しがる厄介な貪欲な男。
だが、小湊妹も厄介さと云えば負けてはいないだろう。
ドロドロとした感情を持つ厄介な男に言葉と笑顔で【待て】をさせることができる女なのだ。
それにあの野球部の裏番ともまことしやかに囁かれている小湊亮介の妹でもある。
きっと御幸の視線が自分に向かれていることなんてとっくに気がついているだろう。
それでも知らぬふりをして「待てができる」と答えた男を見ては試し、楽しんでいたりもするのかもしれない。
とりあえず、倉持は目の前の外を見ている男に一言告げたい。
「てめぇは、厄介なやつに惚れたな」
「はっはっはっ!」
——そして、ちいは厄介なやつに惚れられたな。
声には出さなかったが、同時に倉持は小湊妹を心の中で憐れんだ。
厄介なやつに惚れ、厄介なやつに目をつけられた。
どちらも一筋縄ではいかないもの同士の恋。きっと御幸は自分から逃げ出すことはないし小湊妹も自分から逃げ出すことも動くこともないだろう。
厄介と厄介が絡み合うとめんどくさいことが起こる。
それに今後は巻き込まれないようにと倉持は心の中で祈ることしかできなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「あれ?…あれって御幸先輩と倉持先輩?」
体育の授業のためにグランドへ向かっていた時、小湊妹の隣を歩いていた春乃が不意に校舎を見上げ呟いた。
その言葉に小湊妹も自身の前を騒ぎながら歩いていた同じクラスの沢村と金丸の背中から校舎へ視線を向けると春乃の言った通り、御幸と倉持が教室の窓からこちらを見下ろしている姿がそこにはあった。
不意に御幸と小湊妹の視線が、ぱちっと合ったかと思うと御幸は嬉しそうに小湊妹にひらひらと手を振った。
「ちーちゃん、御幸先輩が手を振ってくれてるよ。振り返さなくていいの?」
「うん、大丈夫」
小湊妹は春乃の問いかけに答えると御幸の隣に居た倉持に視線を移してペコリと会釈した後、再び御幸へと視線を移した。
そして、ゆっくりと口角を上げて亮介に似たあの黒い笑みを浮かべながら小湊妹は艶やかな唇を薄く開いた。
——【いいこ】にしてますか?、御幸せんぱい
隣にいる春乃にはバレないように声には出さず、口パクで御幸に問いかけた。
すると御幸は目を見開いた後、口元を片手で押さえたかと思うと顔を真っ赤にしながら何度もこくこくと頷いた。
——御幸せんぱいは、おりこうさんですね。
またしても口パクで小湊妹が御幸に向かって告げると今度は真っ赤な顔をしたままぷるぷると御幸の身体が小刻みに震え始めた。
そして、ゆっくりとずるずると窓枠の下へと御幸が姿を消したのを見て、小湊妹は満足そうに微笑んだ。
「御幸先輩どうしちゃったのかな?」
「さぁ?お腹が痛くなっちゃったのかもね」
「え⁉︎…あれ?ちーちゃん、なんだか楽しそう?」
「ふふっ、そうかな?さぁ、のんちゃん行こう。授業に遅れちゃうよ」
「あ、待って!ちーちゃん!」
少し間が空いてしまった沢村と金丸の背中を追いかけるように小湊妹と春乃が小走りで走り出したのを見送りながら倉持は自身の隣で顔を隠しながらしゃがみ込む男へと視線を向けた。
「……お前さ」
「待って、今、色々とダメージを食らってるから」
「なんのダメージだよ!?つか、キモい‼︎」
「酷くね?」
「情けねぇー」
「うるせー」
倉持の言葉に反応はしているが、それでもしゃがみ込んだ御幸の顔は上がらない。
だが、髪の隙間から見える耳が赤く色づいていることからきっと隠された顔も真っ赤になっているのだと予想ができた。
「アイツすげーわ…」
いつも飄々として顔色ひとつ変えない食えない野郎を笑顔と言葉でここまで情けなくさせる小湊妹に倉持は亮介とは別の意味で恐怖を感じ、小湊妹をあまり怒らせないようにしようと心に決めた倉持だった。
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